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10.検定


 翌日、検定当日。


「ロイド……様、昨晩はありがとうございました」


 おれを発見するや否やクリスとカミーユがよそよそしく礼を伝えてきた。


「そう身構えないでください。身分を振りかざすのは悪人を取り締るためです。皆さんにはやりませんよ」


 子供相手に、おれがそれをしてしまったらアウトだよな。精神年齢はもう三十歳ぐらいだし。


 おれは子供に気を使われる居心地の悪さを、少しでも緩和しようとできるだけ愛想よく、無害アピールをした。


「そ、そうか」

「それにこの試験で合格すれば中等科で長い付き合いになるかもしれませんから気軽に接してください。仲良くしましょう」

「……そうだな!」

「……ロイド君、大きくなったらお姉さんと結婚してください」


 アピールしすぎたか?


 貴族の家の娘だけあって、快活ながらもしっかりとした印象のカミーユ。誰が見ても認める可愛らしい整った容姿をしている。好意はうれしいが、当然少女は恋愛対象外である。

 それに横でクリスが微妙な顔をしているぞ。

 

「結婚できるまでにあと八年待ってたらカミーユが行き遅れになりますよ?」

「じゃあ私なら大丈夫。歳近い」

「ジーナが積極的だ!」


 ジーナも可愛らしいが、むしろ娘だったらと考えるぐらいの年齢差だ。

 一先ず愛想笑いで受け流した。

 いつの間にか迷宮の前で緊張感のない会話をしていた。そこにロンドンとヘイリーも加わる。


「ロイド卿にはぜひ私の兄のいる研究室に一度ご招待したいですな。面白い魔術や解明されていない古い魔術もありまして、ロイド卿なら復活できるかもしれません」


 なに! 古い魔法? 超気になる!


「魔法と言えば昨日の悪漢たちをどんな魔法で拘束したんだい? 光魔法の幻惑系かな?」

「私も知りたい。教えてくれたら結婚してあげる」


 彼女は結婚が何か知らないのかもしれない。結婚の安売りはやめるように教えてあげて欲しい。おれはまだ少女との距離感に困惑しているので無理なのだが。

 光魔法にも暗示の効果で意識を朦朧とさせるものがあるが、おれがやったのはもっと単純な魔法だ。


「いや、あれはかなり単純な方法です。ちょっと皆さんで考えてみてくださいよ」


 答えをすぐ教えるのはちょっと……

 考えることが重要なこともある。魔法とは発想の実現だ。考えて、より良い方法を実現することが最良の魔法への道となる。

 特に彼らは魔法の才能に恵まれた天才、ジーナは神童、ヘイリーは超天才と言われている。少し話し合えば答えにたどり着くだろう。


「「「「「う~ん…………」」」」」


 彼らが悩んでいるうちに試験官が迷宮から出てきた。準備が終わったらしい。


「それでは、今期初等科卒業検定を行う。内容は先に説明した通り、この迷宮の一階層の奥までたどり着き戻って来ること。持ち時間は一人2時間。1時間以内の者は100点、一時間を超えた者は10分ごとに10点ずつマイナスされる」


 つまり、2時間ピッタリなら40点か。ん? 合格ラインは40点か?


「また、迷宮魔物を倒すとその分加点される。配点はどれでも10点だ。倒した迷宮魔物の魔石を回収することを忘れないように。落したり、なくしたりして迷宮の外に持って来られなければ加点はしない」


 なるほど、早さと力を同時に評価するのか。


「合格は100以上。一人ずつ10分おきに入ってもらう。途中他の受験者を妨害したりすれば当然不合格となる。また、続行不可能になった場合は自力で戻るように。助けられた場合はその時点で不合格となるのでそのつもりで」


 結構厳しいな。毎年けが人が出るというし。


「何か質問は無いか」


「助けられたら不合格ということは、受験者同士でパーティを組んでも不合格ということでしょうか?」


「いや、不合格は、護衛の騎士に助けられた場合のみだ。受験者同士で協力した方が良いと判断したのならそれで不合格になることはない。ただし、複数人で協力して魔石が手に入ってもその魔石の加点は一人にしか与えられない。一つ忠告すると、集団で即席のパーティを組んでも大抵上手くはいかないものだ。暗闇の中、一歩の大きさが違うだけで進行は思うようにいかない。毎年合格するのは一人で進んだものだけだ」


 例えば3人が内部で出会って一緒に進むことになった場合、最低でも20点の開きがあるということになる。同じ道を10分で進める者と30分かかる者とでは最終的なゴールまでの進行スピードが大幅に違ってくる。

 それに迷宮魔物に見つかる率も集団の方が早い。パーティを組んで進むと迷宮魔物の加点で稼ぐのが必然となる。


 遠回しに言ってるが個人を計る検定で集団戦法を使うなということだろう。


「では、他になければ成績上位順に入ってもらう……お待たせしました、ロイド卿、どうぞ」

「え? 私からでいいんですか?」

「皆、異論はないかと……」


「「「「「「…………」」」」」」


 皆が黙って頷く。


「でも、学院内においては皆さんが先輩になりますし私は最後で構いません。横入りは良くない」


「なんと、思慮深いことでしょう。分かり申した。ではロイド卿は最後ということで、5時間後になります」


 おれは何も思慮深くて遠慮したわけじゃない。やることがあるのだ。


「私はそれまで適当に時間を潰してきますから、失礼します」

「ロイド君、戻ってきたら正解を教えてくれよな! 考えておくから!」

「ええ! 答え合わせしましょう!」


 試験官と学生に見送られおれはその場を後にし、駐屯騎士の衛兵詰所に向かった。


 地下牢には昨晩捉えられた冒険者がいる。


「準備は進んでいますか?」


 衛兵の一人に話しかける。


「はい、ロイド卿の言う通り、バラバラに尋問して、他の二人が話したと伝えたらペラペラと話しました。」

「やはり、こいつらは山賊と通じていたようです。こいつらが護衛についている馬車は襲わないという契約だそうです。また襲いやすい馬車や襲うよう指示する印があるそうです。人数と根城も吐きました。それから他の契約している冒険者にも心当たりがあるそうです」


 迷宮都市に至る街道で山賊による待ち伏せが断続的に続いているらしい。


 長らく捕まらずに勢力を拡大しているその山賊は、標的に〈通行料〉として一人銀貨数枚を要求する。大抵の迷宮都市帰りの者は財布が潤っているので支払って穏便に通っているというのだ。死傷者が出ないため大きな問題にならず、また街道で行方不明になった馬車があっても、魔獣の可能性があるため大規模な山賊討伐には至らなかった。

 それでもこれまで何度も討伐に入った冒険者が居たらしいが、その度に討伐隊より多くの人員に囲まれ銀貨を支払わされたというのだ。まるでその編成や作戦内容を知っているかのような用意周到さ。


 それもそのはず、冒険者の中に山賊と通じている者たちがいるからだ。そして襲いやすい馬車、護衛の少ない馬車を見繕わせることで確実に〈通行料〉をせしめる。

 ネタが分かれば大したことではない。


「ご苦労様です」

「それでこいつらどうしますか。名目は不敬罪ですが……」

「山賊と契約しているらしき冒険者に護衛をさせましょう」

「なるほど、まず冒険者の方を一網打尽ですね。山賊にも襲われないですし」


 だがそれでは山賊が野放し。なので……


「動かせる兵を集めてください。別の馬車を山賊に襲ってもらい根こそぎ捕らえましょう」

「は、はいっ! すぐに準備に取り掛かります!」

「大がかりな仕事だぞ!」

「非番の奴もかき集めろ!」

「ロイド卿、信頼できる冒険者に助力を!」

「そうですね、当てがあったらお願いします」


 こうして、迷宮都市街道での大捕り物に向けて着々と進められた。


「おっと、そろそろ戻ります」


 おれもやることがある。

 事情を説明し、王都からも増援を回してもらえるように連絡しなければ。

 おそらく衛兵に山賊に手を貸している者がいるだろう。だから駐屯軍を通さずにこっそりやらなければ。


 おれは屈強な冒険者がたむろするギルドに入り、左手の窓口に進んだ。


「いつもご利用ありがとうございます。ようこそ、ロイド様。本日はどのようなご用向きで? 保険の申し込みですか? それとも先行投資にご興味がおありで?」

「手紙を王都に。なるべく早く届けたいんだが、最短でいつになります?」

「通常プランでは二日でございます。ロイド様は御贔屓いただいておりますので、半日で頑張らせていただきます」


 受付係がぐっと拳を見せた。 


「お支払いは口座引き落としになさいますか?」

「ん? ああ」

「情報でお支払いいただくことも可能ですよ? 例えば、今起きている騒動についてですとか」

「引き落としでいいから。あと領収書ちょうだい」

「かしこまりました。どうぞ、ご武運を」


 手続きを終えて、おれは迷宮へと戻った。



怪しい郵便屋さんについて加筆 2020/5/5

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