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6.討伐

 


 庭園に着くと姫と貴族の子女らが談笑している。向こうもこちらに気づいたようで何やら話のネタにされているのか、皆おれを見てニコニコしている。守護をしている紅燈隊の者と子女たちの従者たちもクスクスと笑っている。


「ご歓談中に失礼します。姫様、先日お話させていただいた通り、これから迷宮に赴きます」

「ああ、心配だわ」

「私が居なくとも、他の紅燈隊は全員残るのですから大丈夫ですよ」


 迷宮へは学院の一団と共に出立する。おれには従者はいないので他の卒業検定者とともに今回の検定に同行する騎士たちに守ってもらうことになっている。


「違います、私が言っているのはロイドちゃんの身の安全のことよ」

「……私ですか? 私は大丈夫ですよ」


 むしろおれの道中が危険なら、同行する魔導学院の学生たちも危険ということになる。


「迷宮までは丸一日以上の道のりですわ。その間に山賊や魔獣が出ることだってあるの。道中見知ったものが居た方が安心では無くて?」

「しかし紅燈隊に同行させては姫様の警備が手薄になりかねません」

「でしたら、私も一緒に行けば……」


 つまり、姫様、遊びに出かけたいのか。

 

 いや、確かにこうも毎日同じことの繰り返しだとつまらないだろうけど、そんなことしたら怒られるぞ。姫様が。


「土産話で我慢してください」

「フフフ、冗談よ。あ、待ってロイドちゃん」


「はい?」


 姫様に手招きされて、近くによるとグッと手を握られた。後ろで女の子たちがキャーキャー言っているが、姫様の表情は真剣だ。


「我が騎士ロイド・バリリス。あなたの道中の無事を祈っています。立派に勤めを果たして私の元に帰ってきてくださいね」


 やはり大げさな気がするが、それだけこの世界での旅が危険ということか。魔法が使えるからと、少し気が緩んでいたかもしれない。長旅で子供の体力なんてすぐそこをつく。


 魔法が使える大人でも死ぬ危険がそこら中にある。それがこの世界なんだ。


 おれは真っ直ぐ姫様の金色の瞳を見て答えた。


「慢心することなく、全力で事に当たります」


 姫様は微笑みながら、そっと手を放した。


「戻ってきたら今後のことをゆっくり話しましょう」


 今後ってなんだ?


「あと、あちらに綺麗な方がいても浮気はだめよ」


 うわき……浮気って何? どうして凄むの?

 

 おれは適当な返事をしてその場を後にした。


 王宮の庭園から魔導学院へ行き、迷宮行きの馬車の一行に加わる。


 おれは同行する学生たちと同じ馬車に乗った。

 試験官の一人が、より上等な馬車を勧めてくれたが受験者一人だけ試験官と同じ馬車ではまずかろうと話して、荷馬車の荷台に乗り込んだ。


「あ……」

「どうしたジーナ。この子知ってるのか?」

「先日はどうも」


 神童ジーナ・ラインがいた。


「よくは、知らない。名前は、ロイド」

「どうぞよろしく」

 

 人見知りなのか照れ屋なのか、ジーナはキュと口を閉じた。

 他の者もあまりしゃべらない。

 これから向かう迷宮は遠足とは違う。不安と緊張の顔で皆黙っている。

 

 王立魔導学院の初等科卒業検定。

 この検定で迷宮の第一層を行って戻って来るのが第一試験。

 

 初等科の卒業生のレベルは〈【基礎級魔法】を制御できる、3属性以上を扱える〉が最低ライン。

 

 くらいのものだが、第一階層には大した迷宮魔物は出ないので冷静に進めば問題は起こらない。

 

 しかし、そうは言っても不測の事態というものは毎度のように起こる。

 

 パニックになって2階層へ行ってしまう者。

 同じ検定受験者を迷宮魔物と間違って攻撃する者。

 迷って戻って来られない者。


 検定の受験者はほとんどが十代半ばの子供であり、明かりの無い真っ暗な洞窟内で冷静さを保てない者は結構多いのだそうだ。

 ゆえに、毎年この検定には護衛を生徒たちに付けるよう、陛下から命が下っている。魔導士の卵は王国の財産であり、死んでもらっては困るのだ。

 今回も各騎士団、軍から騎士や兵が派遣されている。


「「「----、---」」」


 馬車が王都を出発ししばらく経って、おれ以外の五人はなにやら雑談に華が咲いている様子だ。


「なぁ、外ばかり眺めていないで、君も話さないか?」

「え?」

「今話していたんだ。これから向かう迷宮についてさ」

「検定は別に競争じゃないんだから、皆で情報の交換でもしないかってことだよ」

「夜までずっと暇だしね。知らない顔もいるしまずは自己紹介からかな」

「……」

 

 別にいいか。というかこれはたぶんおれが会話に交ざれるように配慮してくれたんだな。


「では、一番年下の私から自己紹介させていただきます」

「そうだな」

「頼む」

「私は、ロイドと申します。魔導士を志しております。行く行くは宮廷魔導士となり陛下にお仕えするのが目標です」


 ギブソニアンの名は出さない。言う必要もないからな。


「そうか、よろしくロイド君……じゃあ次は……」


 そうして順番に自己紹介をしていった。


 そして迷宮について持ちうる情報を交換したが、皆大して特別な情報は持ち合わせていなかった。迷宮に入るのは皆初めてで、出てくる迷宮魔物に効果的な魔法、奥にたどり着くのに最短のルートなど、その辺の冒険者に銀貨一枚で聞けば教えてもらえることばかりだ。

 そしてどの講義を受けているとか、あの先生はどうだとか、中等科に行ったら何を学ぶとかでひとしきり話し合った後、話題はおれに向いた。


「……ところでロイド君は学院で見たことないけど、どの講義を受けてるの?」

「そうそうおれも気になってたんだ。他の皆は見かけたことがあったけど、お前は知らないんだよな」

「というか、ロイド君ていくつなの? その歳で卒業検定を受けるなんて、何回飛び級したの?」


さて、どう答えるか……


 正直に言っても良いけど、洗いざらいおれの生い立ちから今の生活まで話す義理は無い。同じバスに乗り合わせたからと言って個人情報まで詳しく話す奴はいないだろう。


「私は……」


「停止! 全馬車停止しろ!」


 適当に答えようとしたその時、護衛の騎士から警戒の知らせが鳴り響いた。


「な、なに?」

「なんでこんな山道のど真ん中で止まるんだ?」

「落ち着けよ、馬車の故障か、道が塞がってるとか……」


 しかし、周囲の護衛の騎士の物々しさはもっと深刻な事態を示唆していた。馬車の中は不安に満ちている。そして一人がつぶやいた。


「まさか、魔獣!」


「「「「……」」」」


 その言葉に皆黙って、身構えていた。

 山間部には魔獣がたびたび出没し、旅人の乗る馬車が襲われることは多い。だが今回の一団は馬車八台、護衛の騎馬十騎。この多勢に襲い掛かるのは大物か、群れの可能性が高い。

 

 その可能性を皆が考えていた。どうか外れてくれと願いながら。

 

「ブロオォォロォッ!!!」

 

 しかし、その悪い予想は当たっていた。

 

 外にいる誰かが叫んだ。


「スパイダーブルの群れだッ!!」


大物の群れだったか……


「お、おい! まずいぞ!」

「やだやだ死にたくないよぉ!」


 外から聞こえた知らせ、スパイダーブルの群れというのは魔獣討伐の熟練者が15から20人いてようやく渡り合えるということだ。それも足手まといが居ない場合ならの話だ。今ここには魔獣討伐の経験のない守護対象が御者も含めて40人はいる。

 

 護衛の騎士は10騎。

 群れの数にもよるが、スパイダーブルは、すさまじい跳躍力と不規則で素早い動きをするため騎馬は不利となる。10匹以上いたら馬ごと引き殺される。

 

 つまり、馬車を囲んだ騎馬10機の隊形は全く無意味。

 

 すぐに馬車の天幕が開いて騎士がおれを呼んだ。


「ロイド卿、頼むッ!」

「何匹ですか?」

「自分の眼で確かめろ! お前が後衛をやってくれ!」

「では0−10−1で盾役も兼任します」

「いや、三騎逃げたッ! 0−7−1だ!」


 おーい!

 後でそいつらクビだぞー!

 盾役0、中衛7、後衛1の隊形。 


 おれは荷台を出るとその上にいそいそと登り、辺りを見渡す。すると、スパイダーブルの一匹が先頭の騎馬を吹き飛ばしたところだった。


 その一匹はそのまま勢い止まらず馬車に突っ込む。

 

 こいつは串刺しにしよう。


 岩はスパイダーブルを貫いた。

 

【対魔級魔法】―『岩の槌』

 

 騎士たちと連携してスムーズに処理。

 おれは守りに徹し、時々フォローすればいいので簡単だ。

 紅燈隊の演習に死ぬほど参加したおかげで、個人プレ―以外も上達した気がする。


 それにしても多いな。

 冬が過ぎて冬眠から覚めたからかな?

 

 終わった時には18匹ものスパイダーブルが討伐されていた。


 合掌。


「すごすぎるよ、ロイド君! 君って何者なの?」


 馬車に居た女の子が興奮した様子で尋ねてきた。

 

 どうしましょ。ここで身分を明かしでもしたら、この子絶対おれのファンになっちゃうよね。困るよ~、そんな~。


「彼の名はロイド・バリリス。陛下よりシスティーナ姫の護衛を仰せつかっている王宮騎士団、紅燈隊所属の騎士だ」


 興奮した騎士に勝手に紹介された。

 

「バリリスって『陰謀潰しのバリリス侯』?」

「まさかあの『少年騎士』か!?」

「『天才魔導士』のロイド?」


 ザワザワし始めちゃった。


「……意外と小さいな」


 おい聞こえたぞ!

 

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