5.学院2
「ロイド卿、マイヤ卿もまことに申し訳ございませんでした」
そういって深く頭を下げる学院長。
「それから今回はこちらの落ち度ですのでロイド卿の入学試験と学年試験は免除とさせていただきます。まぁロイド卿の実力はあの反魔法で証明されたようなものですが」
「え、そんな……良いのですか?」
「フフ、ロイド卿が学院に参られたのは初めてでしたな。どうでしょう、初等科学生たちの様子をご覧になられては。ご自身が魔導士としてどのレベルにいるかお分かりになるかと思います」
せっかくなので学院長の案内の元、学院を見学することになった。
学生たちが魔法の実習を行っている授業。初等科の卒業検定を控えた者たちのクラスだった。
「それでは、前回に引き続き、基礎級魔法の発動と制御を学んでいきましょう。まずはお手本を……ではジーナ」
ジーナと呼ばれた子は十歳ぐらい。髪が短いから男の子かと思った。
学生の年齢はバラバラだが特に幼い。
「『我が意に応えし根幹たる大地の力、砕けて還れ――『砕石』!」
離れたところにある石を砕く訓練か。
土魔法は土中の狙ったところを砕いたり、固めたりしてコントロールするから大事な工程になる。
あの子はお手本を任されるだけあって正確に石を砕けている。
「彼女が学院で神童と呼ばれるジーナ・ライン君です」
成功したのにうれしそうじゃないな。退屈そうだ。
「あの子は他の子と違うので、授業のレベルが合わないのです。ロイド卿、どうですか。彼女にお手本を見せていただけませんか?」
学院長……このためにおれを校内見学に?
まぁ、いい。
入学試験と学年試験をパスしてもらったお礼だ。
「なんだよアイツ、保護者同伴か?」
「母親と来てるのかよ」
「あいつのカーちゃんデケー!!」
おいやめろよ、うちの隊長が見るからにショックを受けて俯いちゃってるぞ。
こんなかっこよくてきれいな人が母親なんて自慢じゃないか!
「隊長、おれは隊長が母親だったとしたらうれしいですからね!」
「ありがとうロイド卿。でも、その慰めは、今微妙に合っていません」
「皆さん、今度は彼が石を砕きます。よく見て学んでください」
学院長はおれのことを紹介したが名前は明かさなかった。
だから学生たちは見覚えの無いおれを見て怪しげな視線を送ってくる。
そりゃそうだ。年下に倣えと言われて素直に受け入れられる人ばかりではない。
おれはさっさと石を砕くことにした。
でもお手本だから、わかるようにゆっくり丁寧にやろう。
お勉強ターイム!
「……はい、こうして、こう」
「アイツ何してるんだ?」
「さぁ?」
「詠唱しないのか?」
コッチ見てもしょうがないでしょ。魔力は目に見えないんだから。
「私ではなく、石を見ててください」
「え? 見て、石が!!」
石はポロリ、ポロリと端から崩れていく。
微妙に振動しているのがお分かりいただけるだろうか?
それと崩れる場所はヒビが入ったところから徐々にだ。
魔力でどこが崩れやすいか探っているのが分かるだろう。
「詠唱してないぞ……」
「それに手も動かしてないのにどうやって魔力を……?」
「割れるだけじゃなく、粉々になっていく……あれを制御してやってるのか……」
裏にも亀裂が入り崩していく。視覚には頼っていない。魔力で探り、干渉する過程だ。
ちなみに……
「この石は主にパラノーツの東にある高原地帯で多く産出されるティシラン石。硬度は――」
その鉱物について知っていればよりイメージ通りに干渉できるし、干渉することでその鉱物を把握することもできる。
やがて石は粉々の砂に変わった。
「お見事!!」
学院長が拍手すると学生たちも拍手した。
おれはお辞儀してマイヤ隊長の元に戻ろうとした。すると袖を掴まれた。
「……」
「何か質問でも?」
「私はジーナ。あなたは?」
「申し遅れました。私はロイドです」
「わかった。ロイド。必ず、追いつく」
それだけ言って彼女はタタタと去って行った。小動物のようだ。
「かわいい子ですね」
「お役に立てましたかね?」
「ええ、もちろんですとも」
長居して邪魔をしても悪いのでその場を後にした。
「納得しました。二十年前、学院試験を通過できなかったマイヤ卿にどうやってあれほどの魔法を教えたのか気になっておりましたが」
隊長、試験受けてたんだ。
おれは特別なことは何もしていない。
これまでおれが教わり、知ったことをそのまま教えただけだ。
「一番悔しそうだったのは教師でしたね。学院長、あれが狙いですか?」
「え、そうなんですか?」
そんなところ見て無かった。
「いや、未だに詠唱学派というものが蔓延っていまして。言い分は様々ですが、結局は保身のため」
魔法は神に与えられた恩恵だから、詠唱は神に奉げるささやかな感謝の詩である。
神聖級魔法は詠唱を行うのだから、他の魔法も行うべき。
詠唱を行わないと魔法がキチンと発動しない。
詠唱せず発動するのは魔族だから。
屁理屈を挙げたらキリがない。
「人族の魔導士は微妙な立場なのです。扱える者はごく一握りで、貴ばれるが、魔族が使う魔法には到底及ばない。唯一勝っているのは相対的な人族の数。だから詠唱魔法をもっと厳格に教えて魔導士を増やすべき。それが彼らの主張です」
詠唱魔法があれば魔導士の数で魔族より優位になるということだろうか? 魔族というものの知識があまりないから実感湧かないな。
「でもこれは嘘です」
「嘘?」
「帝国で大昔通用した、と言うだけの現在では何の根拠もない理屈です。魔族だって詠唱魔法を使いますから」
「ええー!! そうなんですか」
厄介なのは詠唱魔法を扱える者が権力を持っているということだ。
そういう古い体制を変えられないと、時代の流れに対応できない。
「帝国では詠唱派はとっくに廃れています。戦争が多いので実践的な魔法である短縮、省略詠唱が主流ですしその研究も進んでいる。陛下はこの現状を危惧されていて、今詠唱学派たちは自己保身のために一部過激な論理に走っているのです」
随分詳しくご説明頂いたが、これがおれと何か関係ありますか?
「無詠唱・不動での高速で正確な魔法の行使。あなたの魔法は正に合理的かつ徹底されている。理想的な実践魔法だ。あなたが活躍すれば、この膠着した状況を崩すこともできると、私は期待しておるのです。そして、詠唱魔法が使えないからと志半ばであきらめた者でも、可能性を秘めていることを証明された。あなたは学生をする側ではありません!」
早く宮廷魔導士に御なりなさい。
そう言われた。
だから卒業検定以外全部免除か。
「そうですか。ありがとうございます。それで、その検定は今からでもできますか?」
面倒なことが一気に片付きそうだ。あとは卒業検定を合格すれば、更なる知識が手に入れられる。
「いえいえ……試験はここでは行いません。少し待っていただけますか? 今季の卒業見込み者たちが来月に行いますので」
「ここでは行わないのですか? ではどちらで?」
「ここより西のピアシッド山の麓にて。そう……迷宮でございます」
迷宮。
そこは誰が何のために築いたのか謎の地下都市である。
複雑な構造と不意に途切れる道、侵入者を阻む罠、そして迷宮の魔石を核に無限に生まれる迷宮魔物。
世界に確認されている大迷宮六か所の内の一つがパラノーツ王国の管理する『ピアシッド迷宮』である。




