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2.逃走


 いつも通り、おれはヴィオラの寝顔を見た後、いつもと違い彼女を起こした。


「ファぁ……あれ? ロ、ロロロロイド様!? どうして私のベッドに!? え? もしかして……私がロイド様のベッドに?」


 混乱するヴィオラをひとしきり楽しんだ後、彼女に大事な話をした。


「今日はサボります」

「ええ!!」


 もちろん姫の護衛ではない。そっちは本日おれの当番ではない。

 騎士の演習のことだ。朝練も演習もシスティナ様のダメ出しも無し。


「ダメですよ。怒られますよ!?」

「おれは騎士になる予定じゃなかったんだ。それに才能もないし、宮廷魔導士になる方がいいに決まっている」

「でもそれでは王女殿下を裏切ることに――」

「宮廷魔導士でも姫様にお仕えすることはできる。ただそれには王立魔王学院を卒業しなければならないだけだ」

「では今日は魔法のお勉強ですか?」

「今日は一日逃走だ」



 行き先を言わず、おれはホテルを脱出した。


 と思ったが行く手には剣神が立ちはだかった。


「鍛錬をサボるのはいけないな。それでは立派な騎士になれないぞ」

「おれは騎士になりたくなんてない。あなたも神ならば、職業選択の自由を保障するべきだ?」

「な、なに? 何の話?」

「自分の可能性を自分で広げる権利だ!! うぉぉお!!!!」


 おれは回れ右して全力で逃げた。


「かっこいいことを言って逃げた……!?」


 おれがサボるのを邪魔する者が現れることは分かっていた。だから逃げることに全力を振り絞ることにした。

 

 しばらくして、普段はいかない王宮から離れたところにやって来た。

 下町だ。


 朝から人でにぎわう市場。

 

 ああ、なんという満ち足りた時間だろう。人が働いているときに、おれはぼんやりしていていいんだ。


 すると腹が鳴った。

 そういえば何も食べず走って来たんだ。


 朝食を適当な屋台で済ませ、フラフラと歩きまわることにした。

 今回は一人だが、次回はヴィオラとデートしてもいいな。

 王都だけあって様々なものが売り買いされている。今日はとりあえず何かお土産に買って行ってあげよう。


 露店は何となく騙されそうなので目に留まった店に入った。

 老舗っぽい貴金属専門店。


「いらっしゃ……あん? 坊主、どした? 迷子か」

「いえ、ちょっと見てもいいですか?」

「構わねぇが、触るなよ。高いんだから」


 当然の反応だな。

 一応平民の恰好だから、おれが爵位を持っているなど思うまい。それにここは高めのお店のようだ。ベルグリッドの店とは桁が違う。


「これお一つ下さいな」

「いや、リンゴお一つみたいな買い方だな……って、坊主金あんのか? コイツは極銀の細工を施した髪飾りだから高いぞ?」

「はい、おつりは結構です」

「ま、毎度―!!」


 おじさんは朝から売り上げが上がって上機嫌だ。

 アゲアゲだ。


「君、見ない顔だがどなたの使いかね? 御贔屓にしていただければご主人にサービスすると伝えて欲しいな」

「えーっと……」


 適当に話を合わせよう。そう思っていた時だ。


「あれー? 今日は朝から演習のはずよね。こんなところで何をしているの?」

「あ、あなたは……」


 振り返ると肌の露出がやけに多いお姉さんがいた。

 皆さんは知らない人です。



……え? 誰か一応説明した方がいい?


仕方ないな。


 何を隠そう、滅多に見ないがこの人も紅燈隊の一員。名前は確かピアースだったか。


 踊り子のような恰好、ほとんと半裸だ。

 ローア人には珍しい黒髪と浮世離れしたスタイルの良さでどこにいても目立つタイプ。

 

 でもここまでの主要エピソードには一切絡んでない。

 なぜならずっとサボっているから。


「もしかして、サボり?」

「い、いやその……」

「なーんだ。なら私と同じね。あら何か買ったの?」


 大変な人に見つかってしまった。

 この人はどういうわけかサボり魔のくせに紅燈隊の三席に位置するのだ。つまり上から三番目にえらい。


「ねぇ、その髪飾りはメイドちゃん用? いいなぁ」

「……え?」


 こいつ、子供にたかる気か!!

 アンタの方が給料高いはずだろ!!

 

「お姉さん、美人だから安くとくよ」

「だってさ……」

「うぅ……ではこれを」


「ねぇ、見て、これどうかしら?」


 クソー、高いネックレスがすごい似合う。自然とガバッと開いた胸元に視線を誘導されて文句が言えない。


「これは?」


 おれができるだけ安く済ませようとするのを見越してどんどん試着していく。

 

「もう好きなもの選んでいいです」

「あらあら、いいのかしら。じゃあ、ここから……」

「一個ですよ!!!?」

 


 結局、高いイヤリングを買わされた!!

 くそー。


 いや待てよ、この人だってサボっているんだから口止め料はいらなかったんじゃ……


「ありがとうーロイド卿大好き!!」


 クソー、抱き着かれて文句が言えねー!! めっちゃ柔らかいー!! いいにおいするー!!!

 おれがもし年齢通りだったら絶対好きになっちゃうところだよ。

 だがこの人はこうやって男に貢がせて、何人もの男たちをキープしているのだ。騎士道精神の対極にいるような存在。煩悩の権化だ。

 そのことを知っているので、この人のことは苦手だ。


おれは逃げるように店を出た。


「ねぇ、次はどこに行くの?」


 ええ、馬鹿な!?

 店の中にいたのに、店を出たら先回りされてた。というか付いて来る気なの?


 一緒に歩いていると通りを行き交う人の視線が集まってくる。

 問題はこの人の服装だ。


 

「あの、そんな薄着で寒くないのですか?」


 季節は冬だ。

 王都は比較的温暖だがそれでも寒い。


「ああ、そう言えば寒いわ。ロイド卿温めて~!!」

 

 うわー、抱き着かれた!! 身長差でちょうど顔に柔らかいものが!! すごいいい匂いがするー!!!!


 往来ではやめてくれよ!!!


 結局お店に入って人目を避けることにした。

 ちょうど昼時だ。


 成り行きでご飯を食べることになった。おれの奢りだろうけど。

 

「それで? どうしてサボったりなんかしたの」

「……騎士には向いてないですし、才能が無いのはハッキリしているので」


 気が付くとおれは悩みを相談していた。

 

「いいと思うよ。危険な仕事だし、他人に強制されてすることないわ。今年でまだ七歳でしょう? 好きなことした方が後で後悔しないと思うな」

「……はい」


 これは意外だった。

 本当に真剣に相談に乗ってくれた。案外面倒見のいい人なのかもしれない。見た目と噂で判断していけないな。


「あなたにはあなたの向いていることがある。それを生かせるようになれるといいわね」


「――そういえば、どうしてピアースはサボってるんですか?」

「私? う~ん、私も好きなことしたいからかしらね……」


「好きなことって?」


「……ロイド卿にはまだちょっと早いわね~ウフフ。あ、でも後五年もしたら遊びましょうね」


 前言撤回。

 噂通りの人のようだ。

 あと五年っておれはまだ十二歳だぞ!


 そんな話をしていた時だった。


「探しましたよロイド卿」

「げ、マイヤ隊長!!」

 

 まだ半日も経っていないのに、おれの逃走はあっさり終わった。


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