3.女神
ついに店に魔導士が来た。
おれは食いついた魚を逃がさない漁師のごとく冷静に、釣り上げるその瞬間に神経を研ぎ澄ました。
なんとなく魔導士というのは気位が高い、気難しいイメージだったので、子供に話しかけられて気分を悪くすることもあるかもしれない。
おれは前世で読んだ『人との距離感を縮める方法』というHow to 本の知識を思い出した。そういえば目次しか読んでなかった。
でも大丈夫。
おれはまず魔導士を観察した。コミュニケーションで大事なのは自分が話したいことではなく相手が話したいことをきっかけに会話を成立させること、的なことが書いてあった気がする。
「いらっしゃいませ! お客様! 何かお探しですか?」
おれはシンプルに声をかけた。この人はさっきから商品をちゃんと見ていない。店内をウロウロしているだけだ。
ピーンときた。これは店員に声を掛けたいけど恥ずかしくてモジモジしてしまうアレだ。声を掛けて欲しいアピールなんだ。
その割に魔導士はおれに声をかけられてビクッとなった。
あれ、違った?
彼女はこちらを見るとしゃがみこんでおれに視線の高さを合わせた。
「――え?」
おれは魔導士の顔を見て固まった。フードの中の顔はおばあさんではなく、若い女性のものだった。
女性は鮮やかな森の緑を彷彿とさせる大きな深緑の瞳に、艶めき、光を放っているかのような白磁器の肌、老いによるものとは異なる艶やかな純白の髪をしていた。前世含めておれが見た中で間違いなく、最も美しい。
息を飲んだ。
おれは固まって動けないでいた。
(こんな美人がこの世界にはいるのか……これがエルフ? エルフなのか!!?)
女性は固まっていたおれの頭をなでなでして微笑んだ。その慈愛に満ちた表情は何とも形容しがたい、もはや神々しいとさえ感じた。あといい匂いがした。
「女神……!」
「ん?」
(あっ、やべ……!!!)
恥ずかしいことに声に出してしまっていた。すると女性は少し驚いたがこちらの眼をじっと見つめて話し始めた。人の警戒心を溶けさせるような声色だった。
「あなたに謝らなければなりません。しかしあなたにはこれが必要なのです。わかってくださいね」
(何の話? 自分の話したいことだけ話してはダメなんだぞ)
「――ふぁぁぁ?」
間抜けな声が出たのもしょうがない。突然、おれの魔力が女性の手に吸い寄せられていったのだ。しかし、抵抗する気になれなかった。いい匂いがするし。
3割ほど吸い取ると手は離された。
「魔力をため込むと危険ですよ。これ以上はあなたの身体が耐え切れません。寝ている間に誰かを傷つけるのは嫌でしょう?」
「え? どういうことでしょうか?」
三歳児に説明するにしては難しい解説だったが、彼女が言うには魔法の発動状態を維持したまま魔力を回復し、さらに魔力を込めると意図しない時に大規模な魔法が暴発するらしい。
つまりおれの魔法は何らかの発動条件を満たしていた。それを発動できないまま魔力を込め続けたせいで爆発寸前だったというわけだ。
「もしかして魔力を込めると光るようになったのは……」
「はい。暴発の兆候です。しかしもう大丈夫。今の保有量が適正です」
「すいません、お手数をおかけしました。もう魔法には手を出しません」
「えっと?」
素人が手を出すべきじゃなかった。
この親切なお姉さんが教えてくれなければ、おれは両親ごと家を吹っ飛ばしていたかもしれない。
挑戦によって必要なリスクは負うべきだが、それを家族が負うのは間違っている。
「なるほど。ではアドバイスを一つ。あなたはその力を必要とする時が必ず訪れます。その時のために、毎日〈基礎級魔法〉を発動し続けることをお勧めします。そうすれば魔力の保有量は増え、扱いも上達するでしょう。暴発の危険はそれで払うことが可能です」
基礎級魔法というのは魔法の位階のこと? 続けるにしてもやはりおれには情報が欠けていた。
「あの、じゃあぼくに魔法を教えていただけませんか? その基礎級とか詠唱を知らなくて……」
「詠唱ですか……すいません、私には教えられません」
「あっそうです、か……」
この親切なお姉さんでもやはり魔法の教義はおいそれと話せないか。でもお姉さん、そんなきっぱり断らないでよね。おれが本当に三歳児だったらこの涙、目からこぼれてましたよ?
おれはショックを受けつつも、前向きに考えた。その基礎級魔法の会得がこの先いつになろうとも、自分に魔法の才能が無かったわけではないのだ。それにこの人に出会えただけでも行幸。このお礼を口実にお近づきになりたい。いやなるべきだ!!
「あのわざわざ来ていただきありがとうございます。ぼくはロイドといいます。三歳です。お姉さんは?」
「……いいえ、私はあなたにお礼を言われるような、そんな大層な者ではないのです」
(フラれた!!)
「これは償いです。せめてあなたがこの先思いのまま生き、天寿を全うすることを願うばかりです」
「あの、お姉さん?」
お姉さんは悲しそうな顔でおれの顔から眼をそらした。その口ぶりはこの先おれの身に危険が訪れることを確信しているようだ。そしてそれに責任を感じている?
返ってきた答えが予想外過ぎてさすがに混乱し、会話を繋げることができない。
「もう行かなくては。私は詠唱について知りませんが、魔法に必要なのは魔力とイメージ、そして確信です。魔力が事象に干渉し起きる現象をイメージし、そうなると確信できれば魔法は発動します。私にできるのはこれまでです」
「イメージ? あのちょっともう少しだけ――」
「近いうちにまた会うことになります。それでは―――」
彼女はそう言って店からでていってしまった。詠唱を聞き出す予定が、わからないことが増えた。あの人は一体何を知っているのだろうか。
ちなみに母には聞こえない位置で話していたのであとでいろいろ聞かれた。おれだってわからないというのに……
曰くあの人は貴族のご令嬢だろうということだった。どうやらおれが貴族のお嬢様に何か失礼をしてないか心配になったらしい。
おれはその日ずっと彼女との会話と表情を繰り返し脳内で再生していた。
『近いうちに会うことになります』
(よし、まずは〈基礎級魔術〉から会得してやるぜ!)
おれはやる気に満ちていた。またあの人に会いたい。その時、習得した魔法を見せられるようになっていよう。
三章半ばで改稿したものになります。ロイドのモノローグで話をまとめました。よろしくお願いします。
4956文字→二話に分割しました。2020/2/29