幕間 噂の三人
「――おい、聞いたか? 紅燈隊にガキが配属されたらしいぞ」
「どうせ従士だろ? いいとこのご令嬢が魔道学院に落ちてそのキャリアの穴埋めをしてる。いつものパターンだ」
「違う違う、今回は国王が叙任したらしい。しかもまだ六歳の少年だそうだ。史上最年少騎士のロイド卿だってよ」
王都から遠く離れた地方のギルドで、男たちが酒の肴にしたのは【少年騎士】の話題だ。
「紅燈隊と言えば、王女様の護衛だろ? なんで男を……? まさか――」
「だろうな。王女ももう十歳。許嫁として見込まれたってことだ」
「それは違うんじゃないか? おれが聞いた話じゃ、そのガキは元平民らしいぞ」
話が盛り上がると他の冒険者が新たな情報を放り込み、また話題が膨らむ。ここでの情報交換は冒険者としての情報収集というより娯楽だ。ギルドの情報屋にもないような些細なネタを噂するのが他の冒険者との定番の交流方法となっている。
「王族が平民と結婚するわけないな。ならなんでだ?」
「そりゃ、剣の天才児なんだろ? 今の国王は実力があれば取り立ててくれるらしいからな」
「試験でいきなり騎士隊長と互角に渡り合ったと聞いた」
「それはさすがに違うだろ。話盛りすぎだ」
「でも、おれが聞いたところによれば、少年騎士は魔法も使えるそうだぞ」
それを聞いていた別の客が割り込んだ。
「うそくせーな。まだガキなんだろ? なら騎士になるはずねぇ」
「魔法の素質があるなら学院に行って宮廷魔導士になる方が一生安泰で安全だ。騎士の後ろに隠れて魔法を使えばいいんだからな」
「そりゃそうだ。魔法が使える奴が危険な前衛職になる必要ないもんな」
「おれが聞いた話だと、その少年騎士は王立魔道学院には入学してないらしい」
「ならやっぱ魔法が使えるのは嘘だな。あの学院に入れない奴は落ちこぼれて冒険者になるくらいだ」
その発言をきっかけにして魔導士たちが割って入って来た。
「学院に落ちる天才だっている! 王都の【天才魔導士】だって学院の卒業じゃないと聞いたぞ」
「ああ、王都に現れた天才魔導士か。確かまだ幼いのに五属性全部使えるらしいな」
「それが本当なら入学はしてるだろ?」
「金の問題か? あそこは平民が入るには学費が高いからな」
「でも、おれが聞いた話だとその天才魔導士はベルグリッド領主の養子らしい」
「なら学費の問題じゃないな。ベルグリッドの領主は宮廷魔導士だし、コネもあるだろうし」
そんな話を酔っぱらいながら隅で聞いていた男が会話の中心に入って来た。
二刀を背負った大男だ。
「そいつなら知ってるぜ。最近話題になってる『陰謀潰しのバリリス侯』だろ?」
「あのボスコーン家を潰した神童か!」
「そういえばそのバリリス侯もまだ子供だって噂だったな」
「噂じゃねぇ。本当にまだガキだ。だが、頭の回転は大人より早い」
「へぇ~あんた詳しいな」
元平民から王宮騎士に成り上がった少年騎士。
計略で地位を勝ち取った天才魔導士。
話題は思わぬ方向に向かった。
「その二人ってどっちが強いんだろうな?」
「……そりゃロイド・バリリス侯だ。アイツはリトナリアと互角に渡り合ったと言うしな」
「あんた本当に詳しいな」
「だが、少年騎士はあのマイヤ隊長と互角なんだろ?」
「五属性を使えるんだぜ? しかも無詠唱だぞ!! 魔力は宮廷魔導士級と来たもんだ!!」
「なんでそんなに詳しいんだあんた?」
「なに~、接近しちまえば魔法職なんて無力だろうが!!」
それは魔法職と前衛職のどちらが強いかという議論にも火を注ぎ、白熱していった。
「いやいや、結局最後に勝つのは頭がいい方だろ?」
「なら姫の懐に入ったしたたかさで少年騎士が!」
「いや、ボスコーンを潰した手腕は一級だぞ。作戦も全部アイツが立ててたしな!!」
「いや、なんでそんなことアンタが知ってるの?」
「なら政治力だ! 王室と懇意の少年騎士の方が……」
「いいや、あいつはベルグリッド領の次期後継者なんだから……」
冒険者たちの荒々しい口喧嘩を見ていた男が、ふと疑問を口にした。
「はて? その少年騎士のロイド卿と天才魔導士のロイド・バリリス侯は別人なのかな……?」
途端に場が静まり返った。
争っていた男たちは気恥ずかしそうに自分のテーブルに着いた。
「――……いや、すげぇよな!! 最年少騎士で、魔導の天才だとよ!!」
「お、おうそうだな!! これが同一人物だなんて思いもしなかったぜ!!!」
「あはは」
「はは……」
大男は首を傾げた。
「あいつ……なんで騎士なんかやってんだ?」
そこに、ギルドにやって来た別の冒険者が。
「おい、みんな聞いたか!! 王都に聖人が現れたかもしれないってよ!!! けがや病気で困っている平民を無料で治してるらしい!!! まだ子供で名前はえ~っとその辺に良くいる名前で確か……あ、ロイドだ」
「「「「「えぇ……」」」」」
「何してんだあいつ……?」
タンクは気になって王都に戻ろうか考えた。




