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19.聖人


 大神官の意識がはっきりしたようなのでさらに突っ込んだ質問をしてみた。秘匿だろうがこんな目にあったのだから聞く権利はあるはずだ。おれの怪しい質問にざわつく皆。そして顔がじわじわとすさまじい形相へと変わる大神官。


「見たのですか!? 神を? 一体どの神が……いやどうして『聖域』が『神域』に!?」


「いえ、聞きたいのはこちらの方です。いくら大神官といえども、姫を危険な目に逢わせたのです。説明していただきます」


 マイヤ卿は静かにめちゃくちゃ怒っている。それを察したのか考えこむ大神官。それを庇うように聖騎士が前に出る。


「大神官様に敵意を向けるのは、やめていただこう。これは事故だ。いたずらに話を大きくすることは王宮と神殿の対立につながりかねんぞ」

 

 しかし多勢に無勢だ。


「そっちが姫を危険にさらしておいて命令する気?」

「敵対したくないなら説明しなさい!」

「そうよ! 神官だからって許されないわ!」

「貴様ら! 大神官を前に不敬であるぞ!」

「不敬はそっちでしょ!」

「ええい!」


 数で優る紅燈隊に口で勝てるわけがなく、聖騎士は手に持っていた槍を構えた。


「よ,よさないか! 武器を向けるなど……姫様、神々に誓って謀反の気などございません。過ちに対しどのような裁きも受けます! どうか私に弁明の機会を!」


 大神官が必死に場を治めようとするとマイヤ卿も紅燈隊を下がらせた。神殿内で刃傷沙汰などそれこそ大問題だ。しかし誰も傷を負っていない今なら大神官と姫の間で話が付けば穏便に済むだろう。大神官に悪意がなかったのは分かっている。


「わかりました。私も知りたいのはなぜあのようなことが起きたのか、ということです。お話は別室の落ち着いたところで行いましょう」

「ありがとうございます。ではこちらへ」

 

 別室の講堂のようなところで皆席に着く。

 皆そのころには冷静になり、ことの大きさを実感し始めていた。

 

 大神官の『聖域』を超える『神域』に神が降臨したかもしれないのだ。みんな意識が朦朧としていたが、おれに指示をして助けてくれた誰かが居たのは分かっていた。もし本当にそれが神ならば一大事。歴史に記される程大きなことだ。

 

 皆の意識はその何者かと話していたおれに集中した。それを察し、姫が問う。


「ロイド……卿、あなたが見たのは本当に神でしたか?」


いやおれに聞かれてもなぁ……


 神気の使い方を知っていたし、神気を無意識に使っていることを知っていた。でもそれだけで神だということになるのだろうか。おれと同じ、神気を使える人間という可能性もある。


 とりあえず『記憶の神殿』から先ほどの映像を取り出し鮮明に思い出した。


「私には神様というより普通の人族の女性に見えました。金髪の美人さんでしたよ。腰に剣を携えていました」

 

 金髪、金眼、たれ目のどことなくまったりした顔立ちの女性だった。歳は20過ぎくらい。声は少し低めで宝塚みたいだった。ただ簡素な紺色の服にズボンと長靴姿で地味めの格好だった。装飾がされた腰の剣だけが異彩を帯びていた。


「おいそれって……」

「まさか嘘に決まってるわ」

「でもさっきのは本当に……」


 周囲がざわつき始めた。

 

 やがて場がシンとなり、皆の視線がおれに集中した。


な、なんだよぉ……嘘はついてないぞ……

 

「ロ、ロイド卿……曲がりなりにも剣を持つものなら知っておいて下さい。その方は我々の神ですよ?」


なんだ? おれが知らないのが恥ずかしい感じなのか?


「ロイドちゃん、女の神で剣を持つのは一柱だけなのよ。かつて英雄として歴史に名を刻み、のちに神格化された剣神、システィナ。私の名前の由来でもありますわ」


「システィナ……ああ……」


 この世界は何度となく〈魔王〉が現れそれを勇者が倒してきたとされている。歴史上、魔王とされるのはただの大規模な戦争の敗者だったり、革命を起こして世界を変えた偉人だったり、世界規模の疫病を指したりと色々だが、五百年ほど前に現れた緑の魔王【獣王】は獣人のあらゆる部族をまとめ上げ、その他の種族に攻め込んだ。中央大陸全土を戦火に巻き込んだ至上最大規模の大戦といわれている。

 それを阻んだ英雄の一人が人族の若き女剣士、システィナ。


 魔法を使わず剣技のみで、身体能力で優る獣人の軍勢と渡り合い、獣王の首を取った。それ以来女性戦士の地位が上がったとか……


「……私が作った結界が本当に神を降臨させた……ありえん……まさか……!」


 大神官は何かに気づいたのかこちらを見つめ何か確かめている。


「〈神聖級魔法〉を使うための神気とはこの神殿が建つ場に生まれる力なのです。我々は普段己にその神気を宿らせ、神々に力の行使をお願いすることで魔法として発動させます。しかしその力は限定的です。場に満ちた力を借りるだけですから。本来この神殿の神気のみで『神域』は作り出せません。せいぜい『聖域』を造り、そこに神託をいただくくらいが限界でした。しかし結果的に『神域』ができた。ではいつもと何が違うのか? それは明確です。あなただ、ロイド卿……」


「は?」


 おいこの似非(えせ)神官! なんでおれに責任転嫁してんだよ! それでも大人か!


「大神官様! いくら何でも……」


「いえ! すいません! 今回のことの責任は私にあります。ロイド()が悪いということではなくてですね……ロイド()には神殿一つ分以上の神気が宿っているのではないかということです。『神域』は神の領域。そこで平然と立っていた。それどころかその『神域』を破壊するなど……あなたは人の身をした神なのではございませんか?」


 まさか、おれは実は神だったのか?


 いやいや、神ならこんなに忙しなく生きて無いよ。


「有史以来神と直に対面した者は数少ない。まして〈神気〉を宿すものなど神殿の記録にはありません」


「ボスコーン家の悪事を裁いた……」

「もしかして〈コンチネンタル・ワン〉が従っているのって……」

「〈レッド・ハンズ〉もよ。あの気高いエルフが人に従うはずないって思ってたけど……」

「私はベルグリッド駐屯騎士を数日で魔道騎士にしたって……」

「5歳まで平民だったのにその時には全属性魔法が使えたらしいわ……」


 おいおい何信じてるんだこの娘たちは……だから違うって……


「入隊試験の時その場でマイヤ隊長の傷を治したわ。跡形もなく……」


 オリヴィアはあっさり秘密を暴露した。いや、今更手を口で塞いでも遅いんだよ。


「皆憶測で結論を決めてはいけません。ロイド様……あ、いえロイド卿がいかなる存在かを証明することなど我々にはできません。まぁ神でなかったらなんだという気がしますが……」


今ロイド様って言いかけたよね? やめてね? 違うから!

マイヤ隊長がブレるともう収拾付かなくなるよ。


「みんな、勝手に話してもしょうがないわ。ここはロイドちゃんに話してもらいましょう。それがなんであれ私は信じるわ」



「では正直に話します。私は神ではありません。ただの人です。どうして私に神気が宿っているのかは自分にもわかりません」 


「え……? そう、じゃあ間を取って暫定〈聖人〉としましょう!」


  おい! 勝手に決めてるじゃないか!


「おお、そうですな、すぐに大神官たちを招集し聖人認定の儀を……」


「ちょ、待ってください! その聖人になったら、私は神殿に所属しなければならないのでは? 王宮騎士の仕事があります。姫様の守護はどうするのですか!」


「え? 何をおっしゃいますか。聖人様を我々が縛ることなどございません。ただ我々を正しく導く指針となっていただき、この地を守護していただければ……そのためにご意見を賜りに伺うことがありましょうが煩わしいのでしたら、それも議題にて審議したうえで明確に取り決めを行います。できましたら求められた際にお言葉をいただきたくはありますが……」


 またこのパターンだ。おれの意志とは関係なく勝手に話が進んでいく。


 この調子でいくと成人(15歳)になるころに過労死するんじゃ……でも断ったら余計面倒なことになりそうだし……


「それって保留にしていただけますか?」


「えぇ?」


「いや、だって自分自身なぜ神気が扱えるのかとか、そこにどんな意味があるのかとかわからないんで、自分が何らかの形で役目を帯びていると自覚できるようになったら、その時どうとでもしていただいて構いません。もちろんその前に神託があればお伝えします」


 それを聞いて考えこむ大神官。

 

(それで問題あるのか? 仕方ないもう一押し……)


「姫の護衛力向上のため、こちらで定期的に訓練をつけて下さいませんか? 剣も魔法も他とは違うのでしょう? 特に〈神聖級魔法〉は書物にもないのでここでしか学べませんし。そうすればとりあえず目の届くところであなた方も私を見極めることができるでしょう? とまぁこんな感じで他のお偉い方々を説得していただけば」


「なるほど! かしこまりました。それでしたら他の大神官たちも納得するでしょう。〈神聖級魔法〉に関してもロイド様でしたら伝授の許可が出ることでしょう」


よかった……なんとか流されてずるずると行くことは避けられた。


〈神聖級魔法〉についても詳しく情報が手に入りそうだ。


「う〜ん、ではこれまで通りでいいのかしら?」

「そのようですね……しかし、これは思わぬ効果があったかもしれませんよ」


 マイヤ卿が言う意味はその後、帰りの馬車の中でわかった。


「あの……わたし、ポーラです。ポークメイド地方領主、ロットグラス家の娘。14歳です」

「え? ああよろしくお願いします。ロイドです。ベルグリッド伯、ギブソニアン家の息子。七歳です」

「はい知ってます!」

「ちょっと抜け駆けしないでよ!あの私……!」

「あなたたち! 先にお姉さまたちがあいさつするのよ! 遠慮しなさいよ!」

「ロイド様! 私は……」


 馬車の中でようやく自己紹介をされた。どうやら隊の一員として認められたようだ。おれが聖人候補なのがそんなにいいのか?


「違います! 私たちの命を救ってくださったし、あの剣神様に直に話されたんですよ! もうすごすぎです! 自分たちと比べてたのが恥ずかしいわ……」

「あんなはっきり大神官に自分の意見を言えるなんて、絶対私無理だもの。大神官って言ったら国王様で対等なくらいの人なのよ?」


 いやその国王様に対等な大神官に詰め寄ってたのは君たちだよね?


 身の潔白を証明しようとしたら聖人候補にされはしたが、当初の目的は達成できた……のか?


 それにしてもなぞが一つ残った。

 どうしておれの身体に神気が宿ってるんだろう……?



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