18.神殿
王都の中央には巨大建造物が3つある。
一つはもちろん王宮だ。
広大な緑の芝生に囲まれており、真っ白な建物の屋根は鮮やかな青色。4階建て相当で、横長の宮殿といくつかの尖塔のある建物が四方を取り囲んでいる。
二つ目は煉瓦造りの赤い建物。
こちらは魔導学院。本館は円柱状でそこから四方に別館が4棟ある。それぞれの棟の間には演習場、実験場、宿舎、森林がある。
そして最後が神殿。
白い石造りの簡素な建物だが、その柱の一つ一つに神を象った彫刻が施されている。敷地内には孤児院、治療院、法院、神学校が内設する。
本殿の門の前には重装歩兵が二人立ち、入場者を検める。
中に入ると正面に神台――巨大四角い石柱――がありその上に社が建っている。御簾で遮られ中は見えないが、地上から社に向かって祈ると神々の声が御簾の奥から聞こえるという。神台の下は花や硬貨、宝石で埋め尽くされている。願うものが対価や感謝の気持ちとして置いていくものだ。
この神台の周りに神官と聖騎士が立ち、正しい道を説いたり、相談に乗ったりしている。
「ようこそいらっしゃいました。システィーナ姫、ロイド卿、そして紅燈隊の皆さま」
出迎えたのは、先日おれに神殿に来るよう勧めた大神官である。
静寂の中、甲冑の音が響き、物々しい雰囲気に包まれる。祈りに来ている者たちは早々に祈りを切り上げその場を後にする。
「大神官様、お騒がせして申し訳ございません。お言葉に甘えまして私の臣下に付きまとう汚名をそそいでいただきにまいりましたわ」
姫が告げると大神官は頷きおれを神台の前へと促した。
後ろにはマイヤ卿やオリヴィア卿他、紅燈隊に所属するほぼすべての隊員が来ていた。中にはここに来るのを渋る者もいたらしいが、姫がオリヴィアをひっぱたいたのが効いたのか、あまり強く出る者はいなかった。
騒動のきっかけとなったオリヴィア副隊長は内輪の席ということと、マイヤ卿の嘆願もあり警告で済んだ。ただしその警告を金冠隊のヴァイス卿と金華隊のリア卿にされて大泣きして隊の宿舎にもどったらしい。可愛そうかとも思ったが、陛下にあれだけのことを言わせて罷免にされなかっただけでも幸運だ。
まぁ、陛下も強かに酔っていらしたから、そのせいかもしれないが……
まだ十七歳の女の子、小柄な彼女が騎士に、しかも副隊長になったというのは並々ならない努力があったはず。
馬鹿にされたくない、なめられたくない、努力をあざける者は許さない。
その必死さによる若さゆえの過ちということで、おれも許した。
ここで疑いをハッキリ否定して、演習に参加して、しっかりコミュニケーションを取ればいい。
ただ、彼女……副隊長なのに姫の護衛を辞退してるし、ずっと隊の後ろに居て話す機会がない。
時間が掛かりそうだ。
(元々誰とでも仲良くできるほど器の大きな人間じゃないしな……)
「この神台を中心として神殿内には清浄な力――神気が満ちています。神気を依り代に神々は我々にお声を届け、傷を癒し、魔を払い下さるのです。これからロイド卿には魔を払う術を施します。それに掛からなければ一先ず魔の類であるという疑いは晴れます」
結界魔法。おれも初めて見る。魔、邪なものを阻む壁を造るというがどんな原理なんだろう。
「神々の恩寵、清浄なる力に祈りしは、不浄なるものを阻む四方の壁、悪しきものを捕らえる篭、善良なるものの安息の場、清浄なる盾、我が祈りに応え、ここにその意を示し給え……『聖域』!」
静かに詠唱し終えた大神官が手をかざすと淡く発光するサークルができた。そのサークルは大神官、姫、紅燈隊の面々を囲んで立方体になった。
(特に変化は見られないが……何となくマイナスイオンが出てる?ような気がしないでもないな……)
「なぁ!」
「うぐっなんか息苦し……」
「これはッ……」
「――え?」
結界内で皆が呻き始めた。一人や二人ではなくおれ以外全員だ。小姓や従騎士のほとんどがその場にうずくまり、苦しんでいる。マイヤ卿はさすがに持ちこたえているが難とか耐えているといった感じだ。
そして姫様も息苦しそうにしている。
(マズい……姫様をここから出さないと……大神官は何をしたんだ?)
大神官の方に目をやると結界を造った本人が失神していた。御付きの聖騎士二人も倒れて起き上がれないでいる。
おいいいっ!?
発動に失敗したのか……しかも本人が意識を失っても消えないということは込めた分の神気がなくなるまで持続するタイプなのか?
おれはどうして無事なんだ……いやそれより、この壁を何とかしないと……
「ロイ……ド卿……姫様を……」
マイヤ隊長……
だれか他の神官を?
いやこの中から声が届くかわからん……姫が来たことで他の者たちは皆遠慮して出て行ってしまった。
考えろ……
原理はわからないが魔法の一種なら対抗手段は魔法だ。
神聖級魔法をレジストする。大神官とのパスは既に切れているはずだからおれが神気でパスを繋げられれば制御できるはずだ。
だが、どう頑張っても体にあるのは魔力だ。
(というか神気は体内に流れているものなのか?)
魔力を結界に飛ばしても打ち消されてしまう。というよりこの中では魔法の制御が上手くできない。
「クソ……どうすれば……」
「バカもの! 腰のものは飾りか!」
突然背後から怒鳴られて驚いて振り返った。
そこには結界が張られる前にはいなかったはずの女が立っていた。
「さっさとこの『神域』を斬れ! 人間にはそう長く耐えられんぞ!」
「え? でもこれを斬る?」
おれの剣の腕で魔法より高度な術を斬るというか? そもそも誰だこの人……いやもう考えてる暇はない!
剣を引き抜き振りかぶった。
[ガキィィン!]
やはり全く歯が通らない……!
「落ち着け。君は今自身の神気で全身を無意識に覆っている。それを剣の先まで延長するんだ」
おれはもはやそのアドバイスをそのまま受け入れる他無く、言われるがまま身体の周囲に意識を向け、剣を含めた全身を覆うイメージをした。
「よし、それを突き立てろ! 早く!」
「はぁぁ!」
おれは剣を結界の壁に突き立てた。すると今度は弾かれず、ほんの少し切っ先が壁を貫いていた。
[パキキ……!]
ヒビが広がっていく。
「やれやれ、ヒヤヒヤしたがまぁ何とかなったな」
崩壊が広がり結界が完全に消失した。
その瞬間、解放されたかのように皆正常に戻り、呆然と互いに顔を見合わせていた。マイヤ卿はすぐさま姫に駆け寄るが、姫も特に異常はなさそうだった。
それを見て汗がどっと流れ出した。まさか初の仕事がこんな突然くるとは思っていなかった。時間にして一分もなかったが、とても長く感じられた。
「今のはなんだったの? 私たちは不浄ということ……?」
「いえ、おそらく大神官が〈神聖級魔法〉の行使に失敗したのでしょう」
「ロイドちゃんは平気だったの? それと誰かと話していなかった?」
そうだ、あの人は……
辺りを見渡してもどこにもいなかった。だがおれはあの人が何者なのか何となく察しが付いていた。
あの人は『神域』と呼んでいた。そして人間には耐えられないと言っていた。つまり、人ではないとてつもなく神聖な存在ということになる。
「うっぐぅ……」
聖騎士に介抱されようやく大神官が目を覚ました。
「大神官様、大丈夫ですの?」
「これはひ、姫様……申し訳ございません……私はどうやら――」
「大神官様……ひょっとして今の神聖級は『神域』という結界魔法では?」
おれは意識のはっきりしていない大神官に単刀直入に聞いてみた。
「なっなぜその魔法のことを?……いえ、私にそんな力があるはずは……」
「大神官様、ひょっとして神様降臨させました?」
2019/09/23
ご指摘を受け誤字を修正しました。
7617文字→二話に分割しました。2020/2/29




