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20.魔王降臨③




 ウィンヴァスが言い出した「洗脳」という便利な言いがかりを否定するため、アルテイシアはおれを殴った。平手打ち。


 ただ何度も叩かれてさすがに止めに入る。


「痛っ、いや一回で良いだろ! おい、痛い痛い!!」

「あなたは私を騙した!」


 ヤケに力が入っていると思ったら、私怨だった。


 素直に謝ったが、おれの方にも言い分が無いわけではない。

 そもそもオーエスに惚れたのはおれの思惑でも何でもない。全部不可抗力だ。手を出したわけでもないし。


「お前も最初おれを騙してギルド職員してただろう!」

「あれはあなたの実力を測るためです! 身分を隠していただけです!」

「おれだって魔族を統一するためだったんだ! 身分を隠していただけですぅ!!」

「そのために私は全力で奉仕した! 魔族十二氏のことや都市代表たちを引き合わせた! なのに、あなたは女性たちを侍らしていたわ! なんてふしだらな!!」


 そこ?

 いや、おれの両脇にいた女性たちは王様ぽっさを演出するためのただのエキストラだ。マドルの友達。ハメスの城にずっといては気が滅入るからと社会復帰も兼ねてバイトしてもらっていたのだ。


「妻が二人もいるのに、その上あなたはやたらと女を侍らして!!」

「オーエスは魔族同士をつなげる象徴だ。だが友好と主従の関係を築くために婚儀を用いると言われてもおれは結婚するわけにはいかないだろ! だから――」


 あれ、おれは何の言い訳をしているんだ?


「……これで私が洗脳を受けていなかったのは明らかでしょう? なぜなら、もし洗脳などという力があれば、私は今頃真っ先にこの男の手籠めにされていたでしょう」


 わざとらしく体を震わせるアルテイシア。

 それだと、おれが女たらしで、オーエスという立場を利用してお前を口説き落とそうとしていたみたいでは?


「それが何だというのだ? 何の証明にもならん!!」

「証明するのはあなたです、ウィンヴァス。‶悪王の嫌疑〟これは尋常なものではありません。確たる証拠があるというならそれを明らかにするべきです」

「教祖の証言を審議官が確認した。それで十分」

「その審議官は誰ですか?」

「審議官を疑うなど非常識ですぞ!!」

「そもそも、その教祖こそ人を操り、魔物を生み、神殿を破壊してきた張本人です。その男が自分の最大の敵であるロイドを、『自分の主人だ』、『悪王だ』と糾弾すること自体不自然です」


 おれは思わず拍手してしまった。

 ちゃんと言い勝っている。

 元聖女の言葉を遮る者はいない。どうやら、ウィンヴァスに付いている者のなかで、強硬な反アルテイシアは少数で、中立的な立場の命令に従う者がほとんどのようだ。


「――戯言を。その男が悪王であることはすでに証明され、我が名の下に嘘偽りないことを保証するものである!!」

「なら、なぜ天上における最高権力者であるオルティスがこの場にいないのですか?」


 これが、アルテイシアの必殺ブローのようだった。

 なぜならウィンヴァスが初めて言い淀んだからだ。


「それは……」

「あなたはオルティスを出し抜くために自分の配下だけで悪王と戦う算段を付けたのです。だからここには全軍がいない。これから悪王と戦うというのに不自然でしょう!」

「報告が遅れているだけのこと。この放送は首都レイアスの議会にも伝わっているだろう。オルティス様が動かれない理由はない」


 アルテイシアの主張は筋が通っている。

 一方、ウィンヴァスの勢いは失われつつある。


「――おのれ、これが奴らの狙いだ! 我らの意思を挫き、不和を生もうとしているのだ!! 戦士としての誇りと信念に掛けて、惑わされるでない!! この男が魔王を蘇らせ、自らも現代の魔王として魔族を従え、帝国の英雄に成りすまし帝国を影で操ったのは紛れもない事実である!」

「それは本当です」


 ケロリとしている。それを認めるのはちょっとマズイんだよ? この会話は全世界に中継されているはず。

 母様とか正体バレてなかったのに迷惑が掛かってしまう!


「まず、当然のようにこの男の母親として認知されている葛葉という獣人のような女性。彼女は【白銀の王】」

「ああ、おい!!」

「ですが、やっていることと言えばクルーゼで高級な旅館を経営しているだけです。私は働かされたのでよく知っています」


 違う、お前が働きたいって言ったんだろうが!!

 母様はこっちでおれの世話になるだけでは嫌だと身を立てたんだ。立派な経営者だぞ!



「ギブソニアン家に仕えているジュール、この男は【金の魔王】です。あとカルタゴルトの設立者でもあります」


 きっとあいつはのらりくらりと追及を躱していただろう。

 それが全部無駄になったぞ。今あいつどんな顔しているかな。見たいなぁ。


「この男はひどく性格がひねくれていて、私の作法や出したお茶に一々点数をつけてくるのです。口から生まれて来たような男ですが力は女の私より弱い、情けない人です。フッ……」


 鼻で笑ってやるな。メイドが接客に文句言われたからって襲い掛かる方が情けないんだぞ。まぁ目の前にいたのに助けなかったおれもおれだが。


「その金の護衛として常に傍にいるノワール。この女は【黒の王】らしいですがぼーっとしているか食べているかです。あとあまり金の護衛として機能してないようですね。食べ物を与えると誰の言う事でも聞きます」


 それはお前とジュールがじゃれ合っているぐらいでは動かないってだけだ。あと、食べ物もマズかったら言うこと聞いてくれないぞ。

 おれたちがここまで来られたのは彼女のおかげなんだぞ。少しは敬意を払え。



「全く、魔王だなんだと肩書きだけで判断し、実物を知らずに過剰に大騒ぎするとは情けない」

 


 お前もおれの肩書きとかに突っかかって来たし、自分の聖女という肩書にこだわってるじゃないか。


 だが、そう思ったのはおれだけのようだ。

 元聖女様の言葉は単純でも考えさせられる力がある。


 戦士たちの間でも統率が乱れている。


 ウィンヴァスも慌てている。


「どれだけ弁護しようと、その男が地上を混乱に陥れたことに変わりはない! 人々を欺いて来た罪を帝国や魔族たちが許すとでも思っているのか!! 言い逃れしようとするな!!」



 その時だった。


 雲行きが変わったのは。


 

 それまで一方的に撮られているだけだったのが、会場のモニターが切り替わりここ以外の映像を映し出した。


 落ち着いた男の声が聞こえて来た。


《話題に出たので、誤解を解かせていただくよ》

「な、なんだ! 誰が勝手に――」


 映し出されたのは王国の円形闘技場。


 帝国人らしいハッキリとした端正な顔立ちの男。その若々しい金髪をなびかせ、四十代とは思えない屈託のない笑顔を浮かべ自己紹介した。


《私は神聖ゼブル帝国第一皇位継承者、アルヴェルト・ガルニダス・ヴァルドフェルド》



 その後ろには国王陛下や姫、ヴィオラたちそれに魔族十二氏たちや共和国レオン国王、エルフ王らが勢ぞろいしていた。



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