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10.最初の部屋へ



 何かあった。



 ネロとオーエスの肉体は神気で受肉させた分体。おれの五〜七割ほどの力を有する。本体であるおれとは精神でつながっているものの、明確な情報を共有することはできない。


 そのネロの方のつながりが途絶えた。

 すぐに気付いたおれは帝国へ。

 当然ノトスにいたオーエスも。


 ネロが持っていた転移魔法陣に転移すると、そこは大きな謁見の間のような空間だった。



「あ、あなたは!」

「どうしてここに!?」

「魔族だ。おのれ、貴様らの仕業か!」


 すぐに帝国兵に囲まれた。


「待て、おれたちは魔物討伐で動いていたネロの仲間だ。王国とノトスの魔物討伐を終えたがネロが戻らないから様子を見に来たんだ、が……」


 足元に転がるガラクタを見れば察しはつく。

 遺されたネロの鎧を見ると後ろから真っ二つに両断されたようだ。


「ネロがやられたか」


 大広間では兵たちが死に、玉座にも老人の死体があった。



 誰も事態の全容を把握できておらず、混乱は増すばかり。


 とは言え、様子を見ておおまかにわかった。

 この混乱の中心は玉座に座る老人の亡骸を囲みうなだれる騎士たち。

 

「皇帝か……」


 まさか、皇帝を殺す計画だったのか?

 

 ここにいるのは良くないが、どうにも腑に落ちない。

 

 何があったのか聞いて回るが目撃者はいない。騒然とする城内では殺気立った兵士たちが慌ただしく動き、下手人を捜索しているらしいがもういないだろう。

 よく見ると幼い少女や女性、武器を持たない者まで殺されている。


 口封じによる皆殺し。


 生きている者がいないか探す。

 すると見覚えのある白い羽が散乱している場所があった。


《おい、イライザ》

「イライザまで……」


 兵士たちの死体の下にいた彼女はまだかすかに息があった。


「良かった、間に合うぞ」


『治癒』で傷を癒す。





《唯一の目撃者だ。彼女が目覚めるのを待たなければ》




「後ろから受けた攻撃を翼でわずかに急所から逸らしたようだ。おれに以前斬られた経験のおかげかな」


 一旦、王国の闘技場に戻って来た。


 イライザはしばらくして目を覚ました。

 

「それで、誰にやられた? 何があったんだ?」


 

「ウィンヴァスが裏切った……。ネロの正体に気が付き、手柄を横取りしたのだ」

「あいつが?」


 イライザの眼からポトポトと大粒の涙がこぼれる。

 無理もない。かつての仲間に裏切られ、後ろから殺されかけたんだ。

 

 その気持ちはよくわかる。



「しかし、なんでそんなことを?」

「分からない……これ以上お前を勢いづかせるのを止めたかったのか……」

「すまない。お前には話しておくべきだったな」


 おれが分体を生み出せることを知っているのはごくわずか。

 これはおれの力の根幹に関わる。


 魔王の鎧との戦いで会得した、神聖術で脳のリミッターを解放するやり方。

 これで得たパワーをおれはこの分体を造ることにほとんどを費やした。

 

 おれ単体の力は落ちるが、行動力は三倍になる。


 しかし、バレれば意味が無い。要はみんなを騙しているということだ。反感を買うなんて程度では済むまい。


「いや、話さなくて当然だ。私のような半端な立場の者になんて」

「イライザ……」

「もういい、行ってくれ。指輪の行方を探し出すのが先決だろう」

「は? 指輪はウィンヴァスが手に入れたんだろ?」

「そ、それが、指輪は消えた。教祖はウィンヴァスたちが連れ去ったようだが」


 な、なんてこった……。


「す、すまない。面目次第も無い……っ!!」


 

 作戦は失敗していたのか。


 分からないのはウィンヴァスだ。天上としても指輪は脅威のはず。

 

 なぜ逃がした?


「天神族には、選ばれた者だけが転生できるというしきたりがある」

「転生?」

「私たちが優位性や序列にこだわるのも、その転生の恩恵にあやかるためと言って過言ではない。ただし、これはあくまで信仰。実際に転生があるかどうかは本人しか知り様がないのだが」

「奴が転生してるってことか?」

「天神族には年齢や生まれにそぐわない出世を繰り返す者が多いのも事実。その代表がウィンヴァスだ」


 確かに、あの男はメフィレスのことをまるで見てきたかのように語っていた。


「そういった者は異常な躍進をする一方、問題も起こす。彼らの価値観や考え方はどこか狂うのかもしれない」

「それで、指輪を逃がしたのか?」


 それだけじゃない気がする。

 狂っていても、あいつはおれを油断させるためにメフィレスの情報を寄越し、魔物の討伐への協力的な姿勢を見せた。

 

 だが今は探すのが先決だ。


「ネロは死ぬ前に引き連れていた魔物を転移させた。まだ探せるんじゃないだろうか」

「やってみるか」


 イライザはアルテイシアたちに任せ、一か八か指輪の捜索を再開した。



 カオスとアクアは無事だった。



「だめか……」


 だが、コイツらに探すよう指示してもお互いに顔を見合わせて左右に揺れるだけ。


 念のため王都、ノトス、帝都でやってみせたが結果は変わらず。

 

 指輪の気配を探ることはできないようだ。


 

《この近くにはいない。索敵方法もバレているのだからすでに主だった都市や街にはいないのかもしれない》

「新しい場所で仕切り直そうとしているとしたら見つけ出しようがない……」


 


 どうすればいい?


 指輪は見つからない。


 教祖も連れて行かれた。


 


 振り出しに戻り、八方ふさがりのおれの脚は奴の下に進んだ。


 闘技場の控室。


 神殿騎士たちの警護の先へ。



「そろそろ来ると思っていました」



 昼間の時のまま、メフィレスは『聖壁』の中にいた。


「おれが失敗するところまで未来を見たのか」

「いいえ、先ほど神官が私と目を合わせたのですが、彼の未来が変わらないので」

「彼?」

「ええ、彼はこのままでは一時間後に死にます。あなたが失敗したからです。彼も、あそこの彼も全員の未来は一様に、死です」

「なぜそうなる?」


 メフィレスはおれの眼を覗き込んだ。


 しばらく我慢だ。もはや情報源はこいつだけ。




「ふむ、あなたにはお伝えしない方が良い。そういう未来もあるのです」

「未来を変えるにはどうすればいい? 指輪を見つけたい。何かわからないか?」

「いいでしょう。指輪の場所は知っています」

「なに! 本当か!?」


「ただし、教えるには条件があります」


 おれはメフィレスの条件とやらを全面的に受け入れた。

 今はコイツの言いなりだ。




「指輪はピアシッド迷宮に在ります」


 絶句した。


 最悪を通り越して絶望だ。

 


 あの時、最後の一体を討伐した時の嫌な予感は的中していた。

 あの魔物は、死ぬ前に指輪に伝えたらしい。


 

 厄災、つまり悪王の封印されている場所。

 それがとうとう見つかってしまった。



「一時間後に悪王は復活しているということ……?」

「それは……」

「くっそぉ!!!」


 言いよどむメフィレスの答えを待たず、おれは急いで迷宮へ転移した。




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