15.入団
私は職務とはいえ、この状況にとまどいを感じていた。
やりすぎではないかと。
私の目の前にいるのは6歳の子供だ。
半分ほどの身長の彼はこちらを見上げている。
私も7歳の時、彼と同じく入団試験を受けて騎士の小姓となった。その試験は、走ったり他の子と模擬戦したり、あとはいくつか質問に答えるだけだった。
だが彼の場合は違う。半径30mの闘技場の中央に立ち、持っているのは子供用の木剣ではなく実践用の真剣。
甲冑はなく品のある貴族衣装に身を包んでいる。
「王宮騎士団、システィーナ王女護衛 〈紅燈隊〉隊長のマイヤ・ハート・リーグです」
彼はそれを聞いて、とても嫌そうな顔をした。
ごめんなさい。
あなたの実力を意地でも引き出すようにとのご命令ですから。
◇
騎士について説明しておこう。
軍人を尊称で騎士と呼ぶこともあれば、騎士爵を持つ正当な騎士もいることは以前説明しただろう。
でも、その正当な騎士の中でもさらにエリートと呼ばれる部類の者たちがいる。
〈王宮騎士団〉だ。
彼らは王から叙任された騎士であるのはもちろん、王族を護る重責を担う者たち。
マイヤ・ハート・リーグはその王宮騎士団において、システィーナ王女を護る〈紅燈隊〉の隊長だ。
王宮騎士団の隊長はこの国に五人。
つまり、この人はこの王国で五指に入る実力者と言うことだ。
「バリリス侯、貴殿には本気を出していただきます。当然魔法もです。ただし剣は落としてはいけません。……できれば剣技の方を見せて下さいね。勝敗よりも力を証明すること。いいですね?」
長身の女騎士だ。姫の誕生会でおれが侍女と間違えていた近衛騎士隊長。
堅さが無く自然だ。装備も、彼らが魔石を埋め込んだ甲冑や剣を用いていたのと異なり、彼女のはシンプルな聖銅製だ。あれは魔力を通さないらしいがおれの魔法も防げるのだろうか。背には150cmぐらいの大剣。女性に振るえるのだろうか。
いや剣の腕を試されるのはおれの方か。
「お望み通り。魔法を含め全力を出します」
負けるつもりだった。だが、この人相手に適当に負けを演出することは出来そうにない。おれに手を抜かせないために隊長を出すとは、おれの浅知恵など見抜かれている。
ならば、ここでの最善は全力を出すことだ。騎士をやめる口実は後で探せばいい。
おれは剣を構えた。マイヤ卿もそれに応じて剣を抜いた。
左手で右肩に背負う大剣に手をかけ、抜くと同時に構えている。細身で長身の女性が片手で大剣を構える姿は、非現実的すぎる。
周りには関係者がそろい、始まりの合図を待っている。
「先手をどうぞ。貴殿の試験ですから」
この余裕。
なんとかこの悠然とした女から、隙を生じさせなくてはならない。
見れば、結構な美人さんだ。スラっとしたモデルのようなスタイルをしていてそれなりにモテそうだ。
毅然としていて女性的、ならこれでどうだ?
「……マイヤ卿は今年でおいくつですか?」
「なっ!」
隙あり!
おれは最速の魔法『成水』を頭上に生み出し『水流』でプロペラ形成と回転でホバーさせる。それと同時に『砕石』を辺りに数か所、マイヤ卿の前後左右に仕込む。
発動はまだだ。
回転を上げた水流をその回転による推進力で急降下させ、マイヤ卿に向けて降らすと、急速気化冷凍により氷柱状になる。
おれのオリジナル省エネ魔法『氷柱墜とし』
マイヤ卿はまだ頭上に気づいていない。騎士のかぶる兜は上への視認性が低い。そして足元も。
しかし『氷柱墜とし』は全て躱され地面をえぐるのみだった。
どうやって避けたんだ? 魔法?
「驚きました。無詠唱でこの速さと威力を兼ね備えるとは……しかし実践経験が無いとこうなります。我々は魔法への対策は熟知しています。だから反射的に身体が動く。そしてこの魔法がいくら速くともこれでは矢と変わりません。あと女性に年齢を聞くのはマナー違反ですよ……」
ごめんなさい……いや!! それは矢を見ないで躱せるということか? 人間離れしているなぁ。
ならば……!
『砕石』にさらに魔力を込め『砕岩』を複数同時発動。マイヤ卿の足元が完全に崩落した。しかし彼女はあせる様子も無く足場になる瓦礫を選び地上に戻った。これで倒せるとは考えていない。まずは態勢を整えよう。
「ん?……なるほどこれは光魔法『迷彩』ですか。お恐れ入りました。土魔法の発動の速さといい、魔法を実践的に使われますね」
対人級光魔法、『迷彩』は風景と同化する潜伏用の魔法。動くと見つかるが魔導士は動く必要はない。時間を稼いで次の魔法の準備を重ねる。その工程が増えるほど戦況は有利になる。
「身を護るためには実に効果的な技術です。貴殿はすでに普通の魔導士の域を超えている。しかし……それに反比例するかのように、貴殿は弱い」
何? おれが弱いだと?
「リスクを冒さず、堅実なやり方で身を守るのに必死ですね。魔法が、その技術が、敵を倒すためではなく、身を護るために得たものに見えます。だからどんなに主導権を握ろうとしようとも戦いが拮抗すると攻めきれない。攻める勇気がない」
以前リトナリアさんと演習で対戦した時もそうだった。熟練者の動きと勘はおれの予想を超える。
消極的な魔法は効果が低かった。そして本気で迫ってくる者に未だに恐怖を感じている。
自分の命が奪われる感覚が生まれ変わった今でも魂に刻み込まれているようで、おれの身体を強張らせる。
そんな自分を護ることを前提とした魔法の修得は‟攻め”ではなく、よくても‟牽制”、ほとんどが‟守り”だ。
「はっきりいって攻める気のない者の攻撃は怖くありません。攻めるための守りではなく、守るための守りなど魔力の無駄です」
マイヤ卿がまっすぐこちらへ駆け出した。
(速い! あれが鎧を着た人間の動きか? 『迷彩』は効かないのか!?)
「うっ!……」
とっさに『土壁』を間に築くが土を押し固める前に突破される。
「シッ!」
大剣の間合いに入ってしまった。だが振りかぶった剣が届く前に『風の盾』を発動!
基礎級『気流』を一か所に集中させ風の層をつくる対魔級魔法。
魔力が続く限りこの見えない盾は消えない。
期待通り剣は盾に阻まれ、逸れた。その隙に脇を駆け抜け、盾に使用していた風で『風圧』を発動させ一気に距離をつくった。
しかしマイヤ卿は踵を返しすぐに追ってきた。
このままではだめだ。やはり全力で攻めないとこの人は止められない。魔力量のことを気にして小細工をした分無駄になる。
覚悟を決めねば!
いまここで今までの自分にできなかったことをしなければ!
頭に浮かぶのはおれを殺した下種の下卑た笑い。
今のおれだったら……
『連弩弓』
土と風の複合魔法。生成した『石礫』を『風圧』ではじき出す。礫の大きさは弾丸をイメージして堅く鋭く最高レベルまで圧縮して小さくする。礫を生成して風圧で撃つ。
[ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ]
一回撃つのに0.1秒ほど。これを繰り返した。狙うのは剣を持つ手に集中する。容赦無しの弾幕でも彼女は直撃を回避してジグザグに進んでくる。
「マシに――なりました!」
しかしこれはマイヤ卿を誘導するための攻撃。次第にその位置に彼女が入った。
よし!
「死んでくれるなよ!」
おれは魔力を闘技場全体に一気に流し、『砕岩』と『土壁』を発動した。『砕岩』というより『崩落』に近い大きな穴。当然中心はマイヤ卿がいる、闘技場の中央だ。
「なっ! これは!」
彼女が逃げられないよう土壁を高く穴を囲うように建てる。もちろん閉じ込めて勝つつもりなど無い。
「このまま土砂で押しつぶせばいいものを……やはり甘いですね」
違う。発動の遅い土魔法で穴を塞ぐのは間に合わないことはわかっている。だから炎で塞ぐことにした。
複合魔法『火炎旋風』――風の魔法で火力を上げた炎の旋風が穴の出口に投入され、内部を焼き尽くす。逃げ場はない。
それは鉄を溶かす竈に似ていた。
これでも、あの人は出てくる。
[バゴッ! ゴオオ]
その予想通り壁が崩れ、そこから炎と共にマイヤ卿が出てきた。一瞬で断崖を駆けあがり、壁を切り開いたようだ。
今回はさすがに無傷とはいかなかったようで、鎧は煙を上げ、所々焼けて火が付いたままだ。それでも勢いは変わらない。
おれは剣を構えた。
「やっと構えましたね、バリリス侯!」
マイヤ卿の大剣が振るわれるより早く、剣を振るった。
マイヤ卿はまだおれの剣の間合いの外。しかしこれがおれの奥の手だった。
『風の刃』――リトナリアさんが得意とする風の対魔級魔法。
それを剣の先に纏わせ間合いを広げたのだ。切先の延長である。
大技を二連発した後の不可視の刃。
虚をついた必中の攻撃。一切の躊躇なく、普段の稽古通りの型で振るわれた剣はマイヤ卿をとらえた。
「うぐっ」
魔力を一気に消費したことによる疲労が握力を奪う。それでも必死に剣を握りしめ、袈裟気味にそのまま振り下ろした。
[ガッコォォォオッ]
金属が鳴く音がマイヤ卿の鎧から発せられた。鮮血が舞い、地面を赤く染める。
「ま、参りました……」
だが膝をついて敗北を認めたのは……おれの方だった。
◇
決着を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
私は突き付けた刃を引き、剣を背に納めた。
「――両者ともに素晴らしい戦いぶりであった。ここにいる者の総意として、このロイド・バリリス・ギブソニアンに資格があるものとして、余、ブロウド・ピアシッド・パラノーツ一世の名のもとに王宮騎士の称号〈クローブ〉を与えるものとする」
「「「「「おおう……!」」」」
「……え? なにが……?」
彼には不本意かもしれない歓声。
まだ自分が騎士になったと自覚していないようですね。
「おめでとう。貴殿はこれで晴れて騎士の仲間入りです」
私が駆け寄ると彼はボヤっと私の方を見上げた。
[バシャ!]
そのまま水を掛けられた。
驚いたけれど、それほどに悔しかったのでしょうか? それとも……
「ふふふ、そんなに騎士は嫌ですか? 意外と子供っぽいところも……いえ、実際まだ子供でしたね」
「いや、すいません自分でやっておいてなんですがとりあえず火を消した方がいい思いまして。大丈夫ですか? 氷出しますから冷やさないと」
そういえば鎧から煙も出ていた。
この歳で、熱に強いはずの聖銅の鎧を変形させるとは。属性も全属性使いこなしている。
魔法の才が無い私からすれば羨ましい。
「万能ですね。そちらこそ無理をしないでください。魔力が残っていないでしょう。それに大丈夫ですよ。この鎧は熱を通しませんから火傷はほんの少しです」
「あれ……でも今……」
「そこをどきなさい」
駆け寄って来た副隊長のオリヴィアが私と彼の間に割って入った。
「よしなさい。彼への無礼は騎士道に反しますよ」
「隊長!早く脱いでください! 治療しなくては! さぁ早く!」
「全く、私は大丈夫です。それともここで裸になれと?」
「あ……いえ! すいません!」
この子は実力はあるのだけれど、視野が狭い。
ここで裸になって私の婚期がさらに遅れたどうしてくれるというのだろう?
「役目は終わりました。ここでは叙任の儀は無理ですから王宮に戻りましょう。ロイド侯もお早く」
「はい」
よろよろと立ち上がった彼の元にメイドが駆け寄って来た。
「ロイド様、心配しましたよ~!」
泣きながらロイドに抱き着きまた泣きじゃくる。
「ごめんよ、ヴィオラ」
泣いている彼女を慰める彼は六歳とは思えないほどに紳士的だった。
最初は子供に王宮騎士の職は務まらないと思っていたけれど、彼を年齢で測ることは意味がないようですね。
私は着替えて王宮に向かおうとしているときあることに気が付いた。
頬から血が出ていない。
最後の剣の差し合い。ロイドの『風の刃』に気づいて避けたが、思いのほか彼の剣筋が優れていた。兜に掠って弾き飛ばし頬に一太刀もらったはず。
「私の顔、どうですか?」
「きれいなお顔立ちです。傷が無くて何よりだわ」
「傷が無い?」
「はい、兜を飛ばされたのが見えたので真っ先にお顔を確認してしまいました。でもお綺麗なままでよかった。あのクソガキ、もしマイヤ様のご尊顔に傷をつけてたら叩き斬っていました」
確かに斬られた。だがそのあとすぐに来た彼女たちは私の顔の傷を見ていないという。一体なぜ?
「そうか! まさか……!」
「きゃあ、マイヤ様どうされたのですか?」
私は鎧の下も確認した。
インナーが焼け焦げ、肌が露出していたが、火傷の跡すらない。
原因は明らかだ。
あの後にあったのことと言えば一つ。
彼が私に水をかぶせた……
「マママママイヤ様ここでお着替えになるのはマズいです! やめて、他の隊の騎士もいるんですのよ!」
「受けた傷が全て治癒されている」
「え? まさか、神聖級の……生命魔法……『治癒』ですか?」
傷を治すことができるのは神殿の神官だけ。
【神官】ではない。
【神殿にいる時の神官】だけだ。
「でも……ここから神殿までどれだけ……」
ここで神聖級魔法を発動することの出来るものなどいるはずがない。いたら大事件だ。
「このことはここだけの話にします。いいですね?」
(ただの少年ではないのは分かっていましたが……もしや姫様はとんでもない逸材を手に入れたのかもしれませんね)
「あのマイヤ様、そろそろ服を着てください。皆さん見てます」
「あ……」
その後王宮では私が怒りのあまり他の騎士の前で武装を脱ぎ捨て裸になったと噂になった。
もうお嫁にいけないかもしれません。
2018/08/28
文章を何点か再考証しました。
視点・一人称の統一、文字数を減らす等です。
6156文字→5374文字に修正しました。2020/2/29




