4.ボックス!
全世界に向けたロイドの戦いが各地で衝撃を巻き起こしていた。
「ネロだけでは無かった……」
帝国の冒険者ギルド支部で試合を観戦していた教祖荒木は身を脅かす危険を感じ取った。
「人間業じゃ……ない」
だがそれは対戦相手に対しても同じ。
「あのローブの男……この感じは、まさか……」
この男は世界で誰よりも早く、このメフィレスという人物の正体に気が付いた。
荒木は試合を見守った。
黒騎士の鎧を纏ったロイドは果敢に攻めるがその拳は空振りに終わる。
メフィレスが姿を消し、再び現れた時、超重量のフルプレートを着込んだロイドは盛大に吹き飛ばされる。
しかし同時に相打ち覚悟の魔法が広範囲へ放たれ、メフィレスの追撃を牽制する。
《両者凄まじい攻防だぁ! しかしスピードとパワーのメフィレス選手に対し、護りとカウンターのロイド選手、互いに有効打は見られません!!》
「早すぎだろ……」
(このスピード、リースやオリヴィアよりはるかに速い。加えてリース並みの重い拳。鎧で護りつつ、遠距離から最速の魔法で攻めよう)
ロイドの周囲からいくつもの稲妻が放たれる。
《凄まじい波状攻撃! しかし、当たらない!》
「なに?」
メフィレスは全てを回避し、ロイドを鎧の上から殴りつける。
ノワール合金のプレートが激しい火花と共にへこんだ。
驚いたのはロイドだけではない。
その圧勝を信じて疑わなかった者は多く、彼女もその一人だった。
「あの方の魔法を避けるなんて……」
狐獣人のリオン。思いがけないロイドの苦戦に金色のしっぽを逆立てる。
「リオン、お前は一番眼が良いはずだ。あいつはどうやって移動した?」
「移動していなかった……まるであの方の転移と同じ、いえ、何の前兆も無く消えて、突然現れていた」
「俯瞰で見ているおれたちと違って、今ロイド侯は大混乱だろうな」
「問題ない。だってあの方は無敵だもの!」
リオンは食い入るようにロイドの反撃の時が来るのを見守る。
しかし、もう何度目か。ロイドの早く的確な魔法の多重砲火はただの一発も当たらないまま。
「この……!」
「この程度ではないことは知っている。本気で戦って下さい」
「……? そうか。でもおれもダメージはない。そっちこそ本気で攻撃したらどうだ?」
「いいでしょう。期待外れならあなたが死ぬだけのこと」
挑発を受けてメフィレスは突如ロイドの背後に現れた。
そのまま弧を描くようにロイドをメッタ撃ちにする。
「――!」
まるで複数の人間に取り囲まれていると錯覚するほどに一方的に攻撃を受け続ける。
(これはおかしいだろ! いくら何でも早すぎる? いや、これはまさか『転移』か? 魔法陣の設置も無しで?)
黒騎士の鎧がメフィレスの拳によって叩き伏せられる。
プレートはへこみ、歪んでいく。
《ああ〜っとまさかの事態です! これまで傷をつけることすら誰もできなかったロイド選手の鎧を滅多打ち!!! これはメフィレス選手優勢か?》
(――っ! だがさすがフラウが造った傑作。これほどの耐久力があったか。ありがたい。これならもっと強引に――)
「調子に乗るな」
段々攻撃へのガードが的確になっていく。
「む……!」
反応が早くなっていく。
身を固め亀のようだった塊が振り子のように揺れ、回避し始めた。
反撃が始まった。
「――っぐ!」
黒い金属の塊がメフィレスの顎をブチ抜いた。
《目の覚めるようなロイド選手の反撃! 猛打の嵐の中、素早い拳で動きを止めました!!》
「確かに強いが、動きは見切った」
「――ふむ。さすがは修羅場を潜り抜けて来ただけはありますね」
再び消える、メフィレス。
「――っぐ!!」
だが、先ほどの一撃がマグレでないことを証明するかのように、再びロイドのジャブがカウンターでクリーンヒットした。
「そのパターンはさっき見たよ」
怯んだ隙にさらに謎の移動をさせまいと高速ブロ―をお見舞いする。
先ほどまでと立場が逆転した。
予想を超える荒々しい戦いとそのレベル高さに会場は大盛り上がり。
それは帝国の皇族も例外ではない。
「あの鎧は帝国でも作れないの?」
試合を生で観戦していた帝国の皇族。彼らに説明をするはずの皇室付き魔導士や騎士たちは言葉に困った。
「はっ……あのような滑らかで力強い動きを可能にする技術は私の知るところではなく」
「賢者と称されるロエン爺が知らないものを持っているというのは脅威だな」
(むしろあの対戦相手の未知の力が恐ろしい。あれは……得体が知れん。それに難なく対応したロイド・バリリス侯……恐るべし)
「ねぇ、ネロなら勝てるよね?」
皇族の席に座る幼い少年、彼はネロに羨望の眼差しを向けて尋ねた。
「互角、ですね。はい、全く互角」
「え? ネロとおんなじってこと? そんなのおかしいよ。二人が戦ったら引き分けになるの?」
「はい、たぶん?」
偽者のネロの言葉には妙な確信めいたものがあった。
(同一人物なんだから勝負なんかつかないよな……)
「さすがは英雄だ。あのロイド侯と互角であることがまるで当たり前かのように」
「頼もしい! いや、あなたなら優勝間違いなしだ」
「――え? どうも……はは……」
その反応をオフィーリアは訝し気な眼で見ている。
「――あのお声、やっぱり似ている。本物のネロ様の時の声」
彼女の耳は周囲のノイズをカットし、闘技台のロイドに集中していた。
客席の反応、湧き立つ観衆とは裏腹に、ロイドは手応えの無さを感じていた。
(ノワール合金で覆われた拳を、魔力動力で撃ち付けてダメージが薄い?)
《やはり一筋縄ではいきませんロイド選手! 一方メフィレス選手も辛うじてまだ耐えている!!》
「だが、これで終わりだ」
トドメの一撃。
雷撃を纏った拳での攻撃。
しかしそれはまたもや空を切った。
「もう慣れましたよ」
「生意気な!!」
「お互い様です!!!」
互いの攻撃が当たらなくなり始めた。
ロイドの高速ブロ―や魔法は躱され、反撃される。しかしその反撃もロイドが読んで全て避ける。
闘技台の上では両者ともに決め手が無く、様子を伺い合う。
「まだです。これではあなたは失敗する。これが本当に全力なのですか?」
「そういうあなたこそ、種がバレてきているぞ」
「種?」
「そのローブで隠した眼。魔力が見えているんだろう? おれも持っているからわかる。発動してから躱しているわけじゃない。ということは、こういうこともできる」
ロイドは真っ直ぐ突っ込んだ。
メフィレスは何かに釣られて一瞬身体を硬直させる。
その間をロイドが見逃すはずが無い。
深々と拳が腹に突き刺さった。
「う゛っ……」
「終わりだ」
拳に纏った雷撃が弾け、メフィレスを吹き飛ばした。
ローブは焼け焦げ、煙を上げている。
「見え過ぎるというのはいいことばかりじゃない。魔法のフェイントで簡単に動きを誘導できるからな」
《これは決着でしょうか?》
しかし、むくりと立ち上がったメフィレスが焼け焦げたローブを脱ぎ捨てると会場から悲鳴が上がった。
「今のがノーダメージなのはさすがにおかしいだろ。人ではないというのは本当だった……のか……」
血の気や艶の全くない死人のような真っ白な肌。
鎧のような歪な筋肉。
墨を垂らしたような黒髪。
感情の無い捕食者のような真っ黒い大きな眼。
その胸には緑色の鉱石がいくつも埋まっている。
まるで白い大理石に宝石をちりばめたように幾何学的な配置が成されている。
ロイドだけでなく、世界中がメフィレスの正体に気が付いた。
「魔物か?」
「その呼び方は正しくありません。我々はあなた方にとっては、いわば【古代人】にあたる存在です」
メフィレスの笑みはまるで悪魔の企みのように人々を不安にさせた。




