10.悪魔の契約
ロイド=ネロ
ではなく
【???】=【ロイド】
→【ネロ】
である。
もっと言えば―――
「――信じがたいのだけど、それはつまり……バルトの政変を治めたのはあなたか?」
「ええ、まぁ」
「共和国で巨竜レヴェナントを討伐したのか? あんたってまさかセーイチか?」
「よく知っているな、偽者君」
「まさか、南海を航行していた黄泉の船にも乗っていたのもあなたか?」
「黄泉? うーん、ああ、船頭は骸骨だった」
「「「骸骨!?」」」
しばらく質問攻めにされた。
全容をまとめるとこう。
【???】=【ロイド】
→【ネロ】
→【セーイチ】=【バルトの救世主】
=【南海の覇者(獣人の解放者)】
→【魔王】
彼らのおれの呼び名をまとめたらよくわからなくなった。
「あはは、英雄の中身が魔王だって? まるで、悪夢だねぇ……」
「セーイチ? ええーっと、この人はネロで、ロイドで、セーイチって名前もあるの? 魔王様なの?」
「まぁ、そういうことだね」
パルの首輪を転移で外してやった。
「……! 外れた!!」
「や、やったな、パル!! これで自由だ!!」
「ありがとう、魔王様! ありがとう!」
二人が喜び合っている。
帝国人と魔族がこれほど通じ合えるなら、希望がある。
「奴隷に感情移入し大切にする者は実は珍しくない。しかし、軍の特に上層部の魔族嫌いは頑なだよ。簡単に魔族と帝国が友和することなど無い」
「確固たる信念と誇りがあれば、相手のことを尊重できるはずだ。魔族の高い能力も帝国の高度な文化も、まやかしやウソではない。そういうことに気づいた世代が増えて行けばいずれ分かり合えるのかもしれない。少なくともその可能性を模索すべきだ」
そのための大会なんだから。
「結局、本当のあなたは何者だ? 人か? 神か? それとも……」
???とは喜多村誠一。
あえて言うならサラリーマンである。
さらに、これらをひっくるめて、ジュールたちはおれを、【魔皇】と呼ぶ。まぁこれは内輪の話だから割愛したんだけど……
「聞きたい?」
「いや、やはり聞かないでおこう」
なんだろう。遠慮することないのに。
すでに会場の振動は収まっているのに、皇子が揺れている。
「私に話し過ぎではないかな? その、パラノーツ王はこのことを?」
「いや、陛下は無関係だ。だって、何かあったとき知らないと言えた方がいいでしょう?」
皇子が頭を抱えた。
「あなたを信じている。それにあなたが認めなければネロは機能しない」
皇子は対等な取引をしようとして、おれの弱みを握ったつもりだったようだが、対等ではないし、弱みも握ってはいない。
だから本当の弱みを見せた。自分が不利になる情報も全て、腹を割って話した。特に魔王とか獣人を開放した話は帝国にとって不利益と取られる。実際はそんなことは無いんだがそこはあえて説明しなかった。言い訳をしているわけではないし。大事なのは正直に話すこと。その気持ちは伝わったことだろう。
「あなたも必要なんだ。このネロという存在を確かなものにするために」
これで対等だ。
ねー?
「ここの四人でネロを続けよう。そうすれば誰も損をしない」
偽者とは言えおれがいない間にネロを演じる者がいるのは都合がいい。
穏やかな口調になるよう努めて言った。
「……ちょっと、待ってくれ。ちょっと……」
あれ、皇子、なぜそんな悪魔を見るような目で見る?
嫌だってことか……
「……いやなら他の皇族に声を掛けようかな」
「やめてくれ!」
◇
部屋を出ると護衛たちが不安そうな顔をしていた。
何も心配は要らないというのに。
ほぉら、君たちの主人は元気なまま……ではないか。
なんだか疲れているようだ。
「王国が関わっているというのは私の勘違いだったようだ」
「殿下……?」
「我々が偽者と思っていた彼はネロの正式な替玉だったらしい」
「一体、中でどんな話を?」
護衛たちが慌てている。それはそうだろう。
皇子は先ほどまでの余裕もなく、ネロを捕らえるでもなく従えるでもなく、並んで出てきたのだから。
彼は真実を知って、思い直してくれた。
きっと、帝国の安寧のためにネロを確実に側に置くことを優先したんだろう。その為に彼が払った代償は秘密の保持と、帝国人の些細な意識の変更を誘導することだ。
「ネロは帝国人の他国での行いに心を痛めて居られる。特に帝国軍人の規律が本国の外で緩むことはあってはならない」
この皇子の一言で、王国内の軍人の振る舞いは劇的に改善された。




