9.英雄の正体
控室に戻っても、数万人の歓声による振動が伝わってくる。
果たしておれを囲む騎士と魔導士たちが揺れているのはそのせいだろうか。
「うぇ〜ん、こわいよ〜」
「ウソを付いていたのはおれだ。その子は開放してくれ、頼む!」
偽ネロとパルが震えているのは間違いなく、首に突き付けられた剣のせいだろう。
「おかえり、ネロ」
悲鳴と叫び声の中、ゆったりとした口調の嫌味の無い微笑みを浮かべた貴公子が座っていた。
「その二人を開放しろ、皇子。大人げない」
第一皇位継承者、アルヴェルト皇子。
「仮にも皇族を謀ったのだよ? 無罪放免とはいかないねぇ」
御もっともで。仕方ない。
「帝国で手配されている重罪犯を捕まえてやろう。それでどうだ?」
本当は手土産のつもりだったのに。
ジュールのろくでもない奴リストに載っている奴らを何人か差し出せば、帝国軍人の振舞ぐらい正してくれよう、とか期待していた。
予定通りにはいかないもんだな。
「さすが、英雄は慈悲深いね。そうでなければ私も東の戦場で死んでいた。分かった。二人の罪は不問としよう」
この人、偽者に気づいていなかったはずがない。
もしかして、あの時の借りを返すためにわざと生かしてたのか。おれがこの二人を生かそうとするとわかっていたのか?
だとしたら、一杯食わされた。でも、この場はこれしかない。
剣が退き、二人は安堵した様子だ。
何を思ったのかアルヴェルト皇子は護衛を退室させた。
すごい度胸だ。
部屋には偽ネロとパル、おれと皇子の四人。
沈黙もそこそこに皇子が口を開いた。
「ところでロイド侯、なぜこんな茶番を?」
当然と言えばそうだが、もうおれの正体はバレている。
クルーゼの予選であの女軍人に口を滑らせた時には疑われていた。
帝国がこれを断定するのにそう時間は掛からないことは覚悟の上だ。
「実は確信を抱けたのは偶然なんだ。ネロを間近で見た者は少ないからね。でもその一番接した時間の長い者がこんな手紙をしたためていたんだ」
アルヴェルト皇子は懐から手紙を出した。差出人はモニカとなっている。
あの子か。オルソラで出会った魔法に詳しい女の子。
「彼女は気づいていたようだ。私に見つからないようにあなたに忠告しようとしたんだね」
「女の子の手紙を勝手に読むな」
「皮肉だね。この手紙のおかげで、今、君は私の手の内だ」
勝ち誇った笑みを浮かべるアルヴェルト。
まるでゲームをクリアした子供のように無邪気な笑いだ。
「もちろん、対価が欲しいのなら考えるよ。それほどに、君一人の力は価値がある」
「それは光栄だ」
「大戦以来、帝国には英雄と呼べる人物は現れていない。一方で王国の『陰謀潰し』、バルトでは魔の森から現れた『救世主』、南海では獣人の『解放者』、暗黒大陸には黒獅子、不死王が従う新たな魔王の影……帝国にも必要なんだよ。例え、中身が誰であろうと本物の英雄が」
正体をバラされたくなければ帝国のために働け。そう言いたげだ。
きっとおれに帝国でいくつか仕事をさせて、いずれは王国を裏切るよう仕向けるんだろう。
対外勢力から帝国を護るために。
そのためならきっとこの男はどんなことでもする。
「……おれはあなたに力を与えに来た」
「ほう、殊勝だねぇ」
交渉するにはおれの方に覚悟が足りなかった。多少身を斬ることになっても、この男には正直に話そう。それで理解するはず。
「ネロの力が欲しいならやろう。ただし、それには条件がある」
「ロイド侯、弱みを握っているのは私だというのを忘れないでくれたまえ」
「あなたは前提を間違えている。まず、あなたの望みを叶えられるのはおれの方。ただし、多少条件があるがな」
「強引に言うことを聞かせる方法を私が知らないとでも? 君は愛国者だね。それに情け深い。ネロがロイドだと私が突き止めた時点で勝負は付いているんだよ」
確かに、普通ならこれで終わっていた。
「はは、その前提も間違っている」
「ほぉ、まさかこの期に及んで、自分がロイドではないと言い張る気かな?」
「いや。当たっている。だがその解答では半分も得点できないよ」
「どういう意味だい?」
アルヴェルトの持つおれの弱み。
ロイド=ネロ
これは合っているが、十分じゃない。部分的な構図に過ぎない。
実際は……




