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13.招待


〈秋の狩猟祭〉とバリリス襲名からほどなく、おれは父とともに王都に再びやって来ていた。誕生パーティーが開かれるからだ。もちろんおれのではない。


 この国の第一王女、システィーナ・ヴァース・パラノーツの10歳の誕生日パーティーだ。

 

 ちなみにおれは全く面識が無い。だがこういう催しには参加しないと失礼になるからと連れてこられた。


 前回もそうだったが王都に来ても楽しむ暇がない。

 

 父と共に王宮に着くと広間に通される。集まった諸侯にあいさつをして回り、一段落したころ楽団の演奏と共に王と王妃が登場した。

 

「皆今日は我が娘、システィーナの10歳誕生パーティーに集まってくれて感謝する。こうして盛大なパーティーを開けるのも、王国の繁栄に尽力してくれている皆と平穏をもたらし導いてくださっている神々の賜物である。では、今宵の主役である我が娘からも一言あいさつをさせてもらう」

 

 その合図で楽団の演奏が再び始まり、上階から少女が侍女たちと共に降りてきた。

 

「コホン……皆さま、本日は私の10歳の誕生日にお集まりいただきありがとうございます。皆様のお力添えのおかげで健やかに、そして充実した毎日を平穏に送ることができました。これからも名に恥じぬ淑女となるべく邁進して参ります。どうか変わらずのご支援を賜りますようお願い申し上げます。さて! 感謝の気持ちとして本日は王国一の楽団と王宮一の料理人による食事をご用意いたしましたわ。皆様、ぜひ最後まで存分にお楽しみください」

 

 あいさつが終わると会場から拍手が鳴り響いた。そして姫の方へとあいさつに向かう者の列ができていった。姫は一人ひとりに感謝の言葉を送り、プレゼントを受け取っていった。

 髪飾りやブローチなどだろうか。


「あれらはただの宝飾品ではない。一流の魔導士に作らせた魔道具だ。魔石を埋め込んだもので……見なさい、姫の隣にいる男は宮廷魔導士長だ。それぞれの魔道具には異なる効果があるからそれを検分しているのだよ」


「魔道具ですか……確か倒した魔獣の魔法が宿っている魔石を利用するんですよね? どうやって使うんですか?」


「ただ魔力を流せばいいだけだ。ただし必要な魔力量が無いと起動しないから、魔導士以外では大して利用価値はない。だが今姫に贈られているものは効率化を徹底し必要な魔力量を低くした一級品だ。一級魔工技師の作品はそれ一つで豪邸が建つ」

 

 つまりあの連中はみんな豪邸をプレゼントしているも同然てことか……どうかしてるな。

 

「父上は何を贈るんですか?」


「見てのお楽しみだ」

 

 そうこうしているうちに順番が回ってきた。

 父が懐から取り出したのは小さな宝石箱だ。

 

「これは魔力を通さない〈聖銅(オリハルコン)〉で作らせたものです。魔道具に使われる強力な魔石は寄り集まると危ない時がありますので」


「まぁ、素敵だわ。それに気遣ってくださってありがとう、ヒースクリフ伯爵。高名な魔導士様のご忠言、痛み入ります」

 

 父らしい実に気が利いたプレゼントだ。あんなにたくさん魔石が付いたものを近くに置くのは魔導士でも怖い。どうやって動いているのかわからないのだから、干渉しあったらと考えてしまうだろう。

 

 この後だと実に気が引ける。周囲の注目が集まっている気がする。順番はおれに回ってきた。

 

「お、お初にお目にかかります姫様。ロイド・バリリス・ギブソニアンと申します。本日はおめでとうございます」

 

(やばい、なんか緊張してきたぞ。前に王の前であいさつした時は平気だったのに……)

 

 姫様はまだ10歳だがちょっと大人びて見える。金髪金眼の非常に整った顔立ちで、華やかなドレスに身を包むその姿はまさにお人形のようだ。だがあの女神に会ってから人の美醜で臆することは無くなっていた。つまり今のこの緊張はこの空気のせいだろう。何か良からぬ視線や息遣いのようなものに無意識に反応しているのだ。

 

 何十回もあいさつされているから社交辞令は短めに終わらせる。そして小包を姫に献上した。それをやけにでかい侍女?らしき人が受け取り包みを開けた。

 

「えっ……」

 

 侍女が声を漏らした。

 その声にビクッとしてしまう。


(そんなにおかしいだろうか?)


 マズいものを贈れば当然心証は悪くなり、立場が一気に危うくなる。

 

「日記帳……ですか? いい装丁ですね」


「ほう、システィーナ、私の言葉を書かんでくれよ? バリリス侯に捕まってしまう」


「まぁ! お父様も陰謀を企てておいでで?」

 

 会場で笑い声が沸き上がった。心臓に悪い。

 

「あはは……いえ、あの、中をご覧ください」

「あっ……これ、まさか全て……」

 

 少し恥ずかしい。

 

「ベルグリッド領の風景や、人々の姿や顔を描いたものです。最後の方は王都も……」

 

 おれが贈ったのは絵だ。前世でも絵を描くのは得意な方だったが、転生して以来〈記憶の神殿〉に明確なイメージをストックできるようになって、より正確に描けるようになった。

ここには娯楽というものが中々ない。だから美しい風景や出会った人々、珍しいものを記録する作業はライフワークになっていた。

それらを綴りにして、鹿の魔獣の革で装丁した。誰かに贈るためのものではなかったから飾り気の無い、日記帳のようなぶ厚い画集となった。

 

「絵師に描かせたのでは無く自分で? バリリス侯は多才だな」

「……きれい……うわぁ……」

 

 姫が年相応の笑顔を見せた。気に入ってくれたようだ。よかった。

 

「本当にお前が描いたのか?」

 

 順調に行っていた空気に割り込んできたのは王の隣にいる立派な髭の男――王の弟の公爵だ。以前、爵位の授与にも反対してきた男だ。

 

「ジェレミア、控えろ。祝いの席で不躾だぞ」

「兄上、確かに素晴らしい贈物です。だから正直に用意させたものだと言えば良いでしょう? 嘘をついて立場を悪くする方がこの者の将来にとって良くない」

「……バリリス侯、そなたがこれらを描いた。間違いないな?」

「はい。父に画材を買い与えていただいたので毎日コツコツと……」

「息子の言っている通りです。お疑いなのは最もですが、実際にご覧いただければはっきりするでしょう」


え? 父上……ここで絵を描けと?


「まぁでしたら私を描いていただきたいわ!」

「ほう、それは面白い。バリリス侯、余が許す。システィーナを描け」


 ああ、まさかこうなるとは……確かにおれが7歳だった時の絵と比べると今の絵は大人が描いたものにしか見えん。公爵の指摘はもっともだ。

 画材が届き、観衆の前で姫をモデルに描き始める。

 

「迷いのない筆さばきだ」

「うん……姿が出来上がってきている。上手い……不思議なものだな」

 

 姫に動かないで居続けられるのは申し訳ないから大体の形をとってあとはイメージで描こうとした。

 

「姫様、もう楽にしてくださって結構ですよ」

 

 聞こえていないのか、姫はこちらをじっと見て微動だにしない。子供に見つめられるとなぜか後ろめたい気分になる。手に汗をかいてきたが何とか集中して描き続けた。1時間ほどで絵は出来上がった。

 

「「「「「「おお~!」」」」」


「まさしくシスティーナだ。それも他の画家とは描き方が違うな。なんと味のある筆致と色合いだ」


「……」


 公爵は気まずくなったのかおれの方を見ない。それを咎めるように王が見つめている。いや別に謝ってほしくもないのだが……

 姫は出来上がった絵を見つめてしばらく黙っていたが、おもむろに王に耳打ちした。王はそれに黙ってうなずきニヤっと笑った。


 ゾワリ――背筋に感じた悪寒で嫌な予感がした。先ほどから感じていた陰謀の空気がより濃密になりおれの警戒心を煽る。


「バリリス侯、素晴らしい贈物です。私、感動いたしましたわ」

「よろこんでいただけて何よりです」

「あなたのような、魔導士としてだけでなく人として優れた方に仕えてもらえると私としても頼もしいですわ」


「いえ、そんな…………仕える?」


「む……うむ……いいだろう。バリリス候をシスティーナの近衛騎士に叙任する!」


「「「「「「おお~」」」」」」


 勝手に話が進んでいく。


姫の騎士!? おれは魔導士だぞ! それに絵がうまいから採用なのか? 今年から魔法学院に入学するんだぞ! 姫の御付きなんて無理だ! 自由な時間も無くなってしまう!


 よし断ろう!


ご指摘をいただき誤字を修正しました。2018/04/22


2018/08/30


再校正しました。 文章を削りました。


7468文字→二話に分割しました。2020/2/29

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