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2.魔法


 もし生まれ変わったら……


 そんな妄想をしていた時期があった。いや割と大人になってからの方が多かったかもしれない。後悔を振り返り、あの時ああしていれば、生まれ変わったらもっとこう、上手くやる、そんなことを考えて、現実から目を背ける時間があの時には必要だった。


 しかし、おれが転生して最初にしたのは現実に向き合うことだ。


 おれは赤ん坊だし、言葉は分からんし、状況も把握できない。


 今までのように状況が好転するのを待ってはダメだ。

 取り返しがつかなくなるほど追い込まれてしまう前に、できることをやらなければ!


 まずやるべきこと―――すなわち、言語の理解。言葉がわからなければ状況も分からない。


「さぁ、ロイド……お乳の時間ですよ」


 ちなみにロイドというのはおれだ。

 二週間、ひたすら母親であろう女性におしめを取り換えられお乳を与えられ、世話を焼かれて覚えた単語は「おはよう、お乳、おしめ、お眠」とかだけ。


 声も出ないし、文字も書けない。

 そんな状態で学習するには聞いて理解して覚えるしかない。


(そうだ、あれを試してみよう)


 おれは頭の中に『記憶の神殿』を築いた。


 これは馴染みの深い空間を正確に脳内にイメージすることで、そこに置いた記憶を場所や他の記憶と関連付けて覚えられるというものだ。おれは社屋をイメージし、そのフロアごと、部屋ごとに記憶を整理して置き、見たもの、聞いたものを忘れないようにした。そうすることによって引き出した記憶を繰り返し再生し、それを元に解読を進められる。

 

 なーんてただの気休めだけどね。

 歴史の試験勉強とかにはいいかもね。

 


 と思いきや、これが馬鹿にできなかった。

 この赤ん坊の頭がいいだけかもしれないが、おれは未知の言語をそのまま音で記憶して、これがどんな言語か次第に把握できるようになっていった。


 ある程度言葉が理解できるようになると、自分を取り巻く環境が理解でき始めてきた。


 まず、家について。

 おれは貴族の生まれでもなければ、特別な才能を持つ家の子でもなく、ごく平凡な小さい雑貨店の息子として生を受けたらしい。あ゛あ゛あ゛っ!


 簡単に世界観を説明すると、ここはファンタジーの剣と魔法の王国だ。

 試しにステータス!と念じたけど何も起きないのでゲーム的な要素は無い。あ゛あ゛あ゛っ!!


 この家は【カサド】という比較的人の往来が多い街道筋の街で、【ベルグリッド伯領】内に位置しているらしい。ここから北に向かうとその直轄領であるベルグリッドという街があり、そのさらに北に王都が存在する。


 街にいる剣や槍などを持った屈強な男たち、運び入れられる魔獣の死体などを見ると恐ろしいが、この王国――【パラノーツ王国】――は結構平和が続いているらしく、長らく戦争をしていないとのことだ。  

 

 なんだろう、平凡の呪いでもあるのか?

 今後の人生は手に取るように想像が付く。この潰れかけの雑貨店を継いで結婚して子供に店を継がせるか、家を出て別の仕事を探すかだ。


 しかし、この家を出てできることは何か。平民のおれでもなれる好待遇の仕事は何か。パッと浮かんだのは魔法職だ。科学が発展していないこの世界で優遇される人材は魔法が使える者。



 そしておれには魔法が使えるという確信があった。


 この赤ん坊の身体になってから、前世では感じたことの無いパワーが体内にあるのを感じた。この感覚は転生での唯一の特典だ。たぶんこれが魔法のエネルギー源――魔力だろう。体が動かせない間、おれはこのエネルギーを動かす感覚を養おうと日々研鑽を重ねた。

 

 一年ほどでその作業もスムーズに行えるようになり、操れる絶対量も増えた気がした。


 五年ほど経つとおれは天才魔導士として王国中で名声を誇り、最強の魔導士としての道を爆進していくのであった!!――とか、皆、おれがすぐ魔法を使えるとか想像したでしょ?

 そんな簡単じゃないだ。なんか順調に進み始めたような描写をしてみたけど、一年経っても何も変わらなかった。あれ? このパワーっぽいのただの血流かな? とか疑い始めちゃったし。

 

 進展が無かった原因は圧倒的情報不足!!!

 おれの生活圏で、魔法と言うのは話題には頻繁に上がるけど、使っている人は皆無。

 

 この世界の人々の中でも、魔法はごく一部の者にしか扱えないらしい。その修得方法は魔導士に教えを乞うか、高価な本を読むか、学校で教わるかしかない。


 そのどれもがおれには無理だった。おおぅ……


 お終いだー。

 バッド・エンドだー。未来が透けて見えるー。

 平凡な雑貨店の店主ロイドは借金を抱えながらも、子供と孫にその借金を残して苦しむことなく息を引き取ったとさ。だから来世に期待して魔法が使える貴族に転生し、贅沢しながら悠々自適に暮らしたいと願って、見事転生!

 そんな物語にタイトルをつけるなら?


「二度目の転生で魔法が使える貴族になっていたので、何不自由ない暮らしを満喫します」


 とか?


 もしそんな奴が主人公だったら、おれが殴りに行くね。

 

 もうすでに二度目のチャンスを頂いているのだ。

 これに感謝して精一杯できることをやる。

 前回の教訓を無駄にはしない。


 おれはがんばって魔法を独学で習得することにした。


 特に欲しかったのは詠唱に関する情報だ。とりあえず呪文的なやつ言えば使えると思ってたんだ。試しに『南無阿弥陀仏』とか『ビブデバビデブウ』とか『寿限無寿限無』とか唱えたけど何も起こらなかった。活舌の練習にはなった。

 

 おれはまだ正気だよ?

 

 でも母親には『エクソシザマズテー!』と悪魔祓いの呪文をハイテンションで詠唱しているところを見つかって正気を疑われた。


 神殿へ連れられて、何か憑りついているのではと神官に相談されてしまった。

 まぁ、間違ってはいないよね。


(祓われる!!)


 そんな心配は杞憂に終わり、おれはそこで魔法の詠唱を実際に見られた。詠唱したら神官が光った。おれも光った。


(これが魔法か!)


 なぜ言葉を話すだけで魔法が発動するのかは置いておいて、詠唱が無いと魔法が使えないことはハッキリした。


 初めて魔法を使おうと、その覚えた詠唱を試した時は震えた。

 

 魔法を使うというのが、生きる希望であると同時に、この娯楽性の全くない世界での唯一の楽しみだったからだ。


 でも、魔法は発動しなかった。なぜだー、神よ゛ぉー!!!

 

『記憶の神殿』でバッチリ詠唱は覚えたけど、神官さんのように光らない。

 

(詠唱をただ真似るのでは意味がないとか、必要な手順が足りないのか、あるいは道具?そもそも才能がないのか)


 早くも行き詰った。

 これは魔導士に聞く方が早いし、確実だ。

 つまり、魔導士に出会うチャンスを得るのが急務。


 一先ず店に魔導士が来ないかと、客が来る度ハイハイで様子を見に行った。


 だが、さびれた我が家に魔導士が用事? あるわけ無かった。

 一応雑貨店だが、来るのは近所の人が日用品を買いに来るだけだ。

 ここに魔導士が来るなんて奇跡が起こる前に、潰れているかもしれない。それぐらいこの店の経営状態は悪い。


 おれはより一層、魔力を操る特訓をして、何か情報はないかとチャンスを伺った。



 二歳になるころには魔力の操作は自然にできるようになった。操れる量も増え、一部に集中すると何か光り始めた。また詠唱を試してみた。

しかし、何も変化がない。いくら魔力量が増えても、魔法に対しての魔力消費量がわからないので、今の自分の魔力で発動できる魔法を探すほかない。


 一番その魔法の情報が入りそうな場所、それは皆さんおなじみ冒険者ギルドだ。冒険者の中には魔法を使える者が比較的多くいる。当然だ。冒険者が狩っている魔獣も魔法を使うのだからこちらも魔法が使えないと不利だ。


 おれの目標はいかにして冒険者に近づくかになっていた。自宅から冒険者ギルドまでの道のりは遠く、たどり着いたとしても迷子だとすぐ連れていかれてしまうだろう。


 いいじゃないか。そういう一か八かの挑戦をしてこその人生。失敗しても構わない!


 そう意気込んでおれはこっそり自宅を抜け出した。


 そして、自宅から数メートルの所で近所のおっさんに捕まり自宅に戻された。全力ダッシュしたのに全く先に進まない。無力さを痛感した。案の定おれは叱られ監視の目が厳しくなってしまった。


(身体も鍛えよう!)


 前世で身体を動かすのは苦手なほうだったため、気が乗らなかったが、あまりにも軟弱な身体ではこの世界を生き抜くのに不都合だろう。


家の中を何かを考えながらウロウロし続ける姿はまさに奇行だったようで、おれはまたまた神殿に連れていかれた。今度は神官も本腰を入れたようで何やら大がかりな儀式を行われた。


(無駄なことを……おれを祓うなどできるはずも無い。もうあきらめたらどうかな、諸君!)


 そんな遊びをしていた時だった。


 なにか強力な視線を感じた。天がギロリと音を出していてもおかしくないぐらい、ハッキリと何かの視線がおれを見下ろしている気がした。


(ひょっとして……この世界、神様っているのか?)


 思えばおれは転生して記憶を維持している。脳や細胞以外に記憶を宿す場所があるということだ。それを魂と呼ぶのなら、神がいてもおかしくない。スピリチュアルやオカルトは信じなかったが、ただファンタジー世界に転生しただけではないのかもしれない。


 それからのおれは少しおとなしくなった。両親は神殿に行った効果と言っていたがまさにその通り。毎日、退屈と戦いながら魔力の操作だけを繰り返すだけの日々を送った。


 そんな中転機が訪れた。


 おれが三歳になって間もなく、増々さびれていく店に客が来たのだ。


 それは近所の人ではなく、見慣れない深いフードを纏い、独特の雰囲気を醸し出した一人の魔導士だった。


 それもおれが見た中で最高に、とんでもなく美しい女性だった。


三章半ばで改稿したものになります。元版は説明を箇条書きにしていたので大幅に修正しました。よろしくお願いします。


さらに改稿。ちょっと文字数増えてしまった……2020/2/29

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