8.帝国の英雄
《さぁ、国際剣闘大会予選ローレウス支部、最後の試合〜皆観に来たのはこの男だろ!!!》
会場全体が熱気に包まれる。
《彗星の如く現れた、帝国の誇り! 英雄ネロさまだ〜!!!!》
司会の女性が会場を煽る。
地鳴りのように、会場全体が揺れる。
《なお、今回はなんと第一皇子アルヴェルト殿下の精鋭騎士団より、団長のリカルド閣下にお越しいただいて居ります!! 決勝戦の魅力を存分に語っていただきたいと思います!!》
皇子の護衛騎士団長はあいさつもそこそこに決勝戦への期待を語った。
《ここまで盛り上げ上手だったネロ様も、もう余興に走る必要もない。その上相手は西海岸最強の傭兵部隊【ライツヘルム】の古参。私も戦場で何度か見た覚えのある男。ネロ様の本気が見られるのは間違いあるまい》
会場の期待感が高まる。
一方、冷めた眼でネロを見る男が一人。
「おれは噛ませ犬か……クソが。誰もおれの勝利を期待していない。戦いの素人共が!」
「……」
「なんだてめぇ? 黙ったままで。ビビってんのか。そうだよな。偽者野郎!」
焼けた肌に妙に白い歯がギラリと浮く。
「他の試合は剣で誤魔化してきたようだが、せいぜい銀級冒険者止まりだ」
剣と盾を持つ、オーソドックスな戦士スタイルの老齢な男。
褐色の肌に刻まれた古傷の数々が、戦士としての経験を物語っている。
「傭兵か」
「……やっとしゃべったかと思えば、そんなこと聞くか? バカなのか、それともおれをバカにしてるのか? おれのことなんて知らねぇ。そう言いてぇのか!!」
「なにか不都合があるか?」
「救いようがねぇ。そっちのやり方はわかっている。どっかに隠れた魔導士がいるんだろう? そいつにスキを作らせて、格上に勝って来たらしいな」
ちなみに、大会ルールでは如何なる武器、道具の使用も許可されている。
実は奴隷ならば、その使用も黙認されている。
あのパルという鱗魔族の少女を隠して使うのもアリっちゃアリ。
「別に批判しているわけじゃねぇぞ。だがそんな小細工おれには通じねぇからな。ヒヒヒ」
親切な忠告だ。
ならお返ししよう。
「負けた時に油断したからだと言い訳したいのか?」
「なに!?」
「舞い上がるなよ〜。ここは数ある予選の一つの会場に過ぎない。慢心するにはまだ早いんじゃない? 世界は広いよ」
「このおれに講釈すんじゃねぇ、詐欺師やろう!!」
《それでは試合開始!!》
傭兵が駆けだすと同時に、おれも駆け出した。
大振りながら洗練された一撃を、おれは正面から迎え撃った。
「……ぐぅ!?」
顔色を変えた傭兵は、次なる攻撃を仕掛け、それも迎え撃った。
互いの剣が大きくしなり、振動する。
「……っ!! てめぇ……」
「やぁ、銀級止まりにしてはやるだろ?」
「……示し合わせの競技にうんざりしていたが……光栄だ。ほ、本気でやらせてもらう、英雄殿」
《こ、これだ!! 見たかったのは!! 両者真っ向勝負だ!!》
《つ、強い……体格で遥かに上回る相手に当たり負けしていない……いや、そもそもあれはまさか――》
会場全体が震動する熱狂。
「ぜぁあああああ!!!!」
小細工無し、力業で撃ち込んでくる傭兵。
実はこういうタイプが一番やりづらい。
でもやってやれないこともない。
《両雄、剣と剣が激しくぶつかり合う!! 攻守入り乱れ、体を入れ替え、なんかもうすごい戦いだぁ!!》
《さすがに実戦的で流動的、傭兵らしいとらえどころのない戦い方だ。だが、ネロ様の動きはそれを上回る! さらに変則、いや……柔軟!! 変幻自在だ!! もしや、あの方は本当に……》
本当は偽者の築いた地位なんて必要なかった。おれがこの試合を代わってやる義理もない。あいつがただネロの名を利用しているクズだったなら、言伝を皇子に渡して、はい、さよならで十分。
でも、関わってしまったからには力を尽くそう。
《こ、これは? 均衡していた撃ち合いが崩れて来たぞ!!!》
《ありえないことだが、持久力だ。これほど長く撃ち続けことなどないからな。勢いがあると言っても老兵。一方ネロの回転は逆に上がっている。信じられん……体力の消耗が無いのか?》
真っ向勝負で来ているやつを正面から撃ち破ってこそ、英雄。
「ぐぅぅおおお!!!」
傭兵はスタイルを変えた。盾を攻めに駆使した変則的なダブルウェポン方式で、ぐいぐい押し返してくる。
《おっと、ここで逆転だ〜!!》
《守りを捨てたか。いい判断だ。がんばれ!!》
おれはコーナーに追い込まれた。
ピンチ、成す術無し。
傭兵はそれを察し勝てると見込んでラッシュ。
観客たちの不安が沈黙とざわめきで伝わってくる。
《ああ〜と!! これは予想外、ネロ選手追い込まれた!! そこから脱出できるか!!?》
できる。
トドメの一撃。来る。
「ぁあああああッ!!!!!」
おれはコーナーに集めた風を掴み、飛び出した。
《なんとネロ選手、相手を逆に吹っ飛ばした!! すごいパワーだ!!》
《あの動きは……まさか!!》
正面から剣と盾による重量級アタックをはねのけた。
「グオオオオオオッ!!!!」
傭兵はのけ反り、逆に隙が生まれた。
「クソが……やれ!!!」
傭兵が合図した。
闘技台の上に隠れていた男たち――獣人とバルト系、それに魔族の三名、全員首輪をしている――が現れた。
やり方を真似たらしい。
だがこの言葉を返そう。
「おれに小細工は通じない」
気づいていたさ。
闘技台に上がったときからね。
魔族――魔人族の男が放った『閃光』はレジストした。
「……!」
犬獣人が『捕食眼光』でおれの動きを止めようとする。コケ脅しだ。その技はおれには通じない。
「ぐぉ……?」
傭兵との間に割って入ったバルト人が斬りかかる。
『うぉ、コイツおれの背刀術が効かねぇ……!!』
『未熟だからだよ』
『その訛り、ナブロ人かコイツ……!!』
「何をしゃべってやがる、囲め!!」
《これは、ルール上問題はありませんが四対一! 卑怯だ~!!!》
《いや、これで対等かもしれん!! あの陣形ではネロといえども……》
いい連携だ。
お披露目にはうってつけだな。
ここだ!! 喰らえ、必殺――
「雷々剣!!」
剣から放たれたプラズマが斬撃となってかすった獣人を吹っ飛ばした。
「グオ!!」
魔人族はとっさに『土壁』で防御したが壁ごと吹っ飛ばした。
「――ひぃ!!」
斬撃はそのまま突き進み、闘技台の左右の壁を爆破した。
最小でこの威力か。
「――っ!! なんだ?」
『あんなのアリかよ!!』
続いて。
光る剣の連撃がバルト人と傭兵の武器を粉々に破壊した。
「惜しかったね。伏兵を仕込んだのは良かったと思う」
「……いや、アンタを倒すなら部隊を全員連れて来るんだった……」
老兵は白旗を上げた。
審判がおれの勝利を宣言した。
会場は割れんばかりの拍手、大盛り上がり。
《な、なんということでしょう!!! 追い込まれたと思った矢先、突如起死回生の剛剣!! そこから唸る光の必殺剣を放ちました!! 最後まで盛り上げてくれたネロ選手、ローレルス代表に決定です!!!》
《つかみどころのない、変幻自在の間合い。そこから繰り出される縦横無尽の技。魔法と近接戦闘の完全なる調和、ただの剣を魔剣と成すセンスと唯一無二の雷魔法……最強だ。間違いない――》
会場からの拍手に手を振って応えていた時司会席で解説をしていたリカルドというおっさんが部下を引き連れて下りて来た。
「ネロ様、なぜこのような場に?」
「質問の意味が分からない。おれはずっとここで戦っていたじゃないか」
「わかりました。私には聞く術がありませんので、ここは、どうぞ」
騎士たちが剣を掲げてトンネルを作った。
その中を通る。
騎士たちの緊張と視線を感じながらおれは闘技台を後にした。