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4.


 襲撃から一週間。


 おれは時の流れに身を任せ、物事の成り行きに逆らわぬようただ静かに待っていた。


「まだなの? 何かしてくるなら早く来い〜!」

「よしよし、ロイド様大丈夫ですからね」

「ああ〜! 生殺しやめろよ〜!!」

「よしよし」


 天上からは何の動きもない。


 唯一あったのはギルドから。

 指定クエストの不備で、ギブソニアン邸に冒険者が派遣されたことについて謝罪があった。


「あの女……関係者の資格はく奪だの国とギルドが対立するだの脅しといて何もしないんか〜い!!」


 結局おれはアルテイシアを逃がしてしまった。

 あれだけの事件を起こして、このまま天上が黙っているとは思えない。

 おれは日々報復に怯え、ヴィオラや姫や母様へ不安を口にし、慰められる。


「セーイチの力に恐れをなして刺激せぬようにしているのかもしれん」

「そうね。王国とギルドを対立させるといっても、現場が混乱するわ。そもそも天上なんて今まで知られていなかったのだし、誰も支持しないでしょう」

「みんなロイド様の味方ですよ。ロイド様は何も悪いことはしていませんから」


「う、うん……」


《だが握られている情報が致命的だ。お前が魔王として一部の有力魔族に慕われていることは帝国に知られたらアウトだ。逆にネロとして帝国に味方していたことが魔族たちへ伝わればアウトだ。お前の行き過ぎた力や影響力を利用されずに済んできたのは、神鉄級冒険者という看板があったからだ。その地位を失えば姫との身分差も、再度浮き彫りにされる。下り坂まっしぐらだな》


 やけにハッキリと幻覚であるブラックロイドが、視界の端で忠告を繰り返す。


 できるとすれば天上へ行き、決着をつけること。


 だが、肝心の天上がどこにあるのかは、イライザに聞かなければわからない。しかし、彼女はまだ目覚めない。

 大量出血のため安静にしている。


 神殿は彼女を保護していて面会できない状況だ。

 

「ロイド様」

「なんだカシム。今は趣味に時間を割く気になれないんだ」

「街の者が陳情に来ています。駐屯騎士団だけでは対応できていないものと……」

「またか……わかった」


 大会本戦を目前に、クルーゼには多くの外国人たちがやって来ている。

 当然もめ事も起こる。


 特に帝国人と魔族、帝国人と獣人は何かにつけて対立し、それにバルト人、ローア南部人が加わる。



「行ってくる」




 外国人の扱いはこれまでギルドを仲介すれば楽だったがそれができない。

 転移で島流しにするわけにもいかないから、一件ずつ事情を聞き、もめ事を仲裁する。

 そのために駐屯騎士団だけでは人手不足。


「おれたちの家族と土地を奪いやがって、クソ帝国人どもめ!!!」

「黙れ蛮族が!! 文明レベルで劣る貴様らが淘汰されるのは当然であろうが!!」

「能力で劣るからって人族は群れてるだけじゃないか!」

「人族が劣っているか試してみるか、獣共!」

「関係ないバルト人は引っ込んでろ」


 帝国軍人と魔族の名士たちのケンカに獣人が加わり、バルト人まで。

 全然友好を深められていないな。


 

「はぁ……これじゃあ転生前と大して変わらないな」


 もめ事の仲裁には数時間を要した。



 イライラする。


 本番は日中より酒が入る夜だ。

 それに備え、一旦帰宅し仮眠する。


 その前に、念のため神殿に寄ってみた。


 イライザが起きることを期待して。


「領主様、彼女はまだ……」

「そうですか」


 おかしい。

 確かに出血は多かったが、一週間経っても意識が戻らないなんて、そんな普通の身体の造りはしてないだろ。

 気門法を使いこなす者は回復が早い。


「……神官様、少し領内についてご相談が」

「ええ、私でよろしければどうぞ」


「神官様、あなたは神々の教えに則り弱い者を助けている。だが、その弱者を装った者が独善的理由から社会不安を煽り、世を混乱に貶めるとしたら?」

「その者がすることと弱者かどうかは関係がないでしょう」

「その通り。弱い者が善人とは限らない。また善人の行動が良い結果をもたらすとは限らない。あなたが利用されて起きた結果は全てあなたにも責任がある。それについてあなたは知るべきだ。今後、もたらす最悪の事態とは――」


「神官を脅すな」


 少し髪の長くなったイライザがしっかり自分の脚で歩いて現れた。


「元気そうじゃないか、イライザ。これ以上おれを怒らせたら、地獄を見るぞ」

「は、うぅ……その、少しばかり考え事を……」

「いいからさっさと話せ。天上は何をする気だ? おれは天上を攻めた方がいいのか、ああ゛?」


 神官はおれのガラの悪さにドン引きだ。

 そんなこと知らんわ。こっちはイライラさせられ過ぎて変身しそうだ。


「私も一週間待った。だが、おそらくアルテイシア様の計画が失敗と見なされ、貴様への直接的干渉は無くなった」


 え?

 そうなの?


 拍子抜けだ。

 いや本当か?


「貴様が言ったように、アルテイシア様は少数派。多数派の穏健派と対立し、貴様を飼い慣らす強硬路線を指揮していた。だが、態度を保留していた中立派閥もこれまでの静観と独立では問題を大きくすると考え、貴様との共同歩調へ傾いたのだろう。皮肉なことにアルテイシア様の失敗によって」


 ウソを言っているようには思えない。

 

「心配するな。私を助けに来るものも、口を塞ぎに来る者もいないということは天上が私の身を貴様に委ねると決めたのだ。隠し事をする理由はない」

「……あの女は聖女とか言っていたが、天上の最高権威ではないのか?」

「違う。あの方は特別な地位にいるが、それを保証しているのは弟君だ」

「弟? お前の?」

「アルテイシア様の弟君、オルティス様だ」




「姉上、失敗おめでとうございます」

「失敗ではないわ。イライザを置いて来た。これで彼女を取り返す口実ができた。神鉄級の資格を失い、聖人の位を追われ、仲間からの信頼も無くなる。彼は私のもの……」


 寒々とした石の壁と床に、巨大な窓から光が差し込み、アルテイシアを照らす。その姿は羽根を焼かれ、屈辱に顔を歪めた鬼気迫るものだった。


 逆光の中、表情が見えない弟の返答を待たず、彼女はその場を去ろうとしたが、兵が立ちはだかった。


「何のつもりですか?」

「姉上、ロイドの件や地上のことについてはあなたに決定権があった」

「あった?」

「でも、『神罰』と『聖壁』は地上で見せてはならない禁忌。責任を取って下さい」

「あ、あれは……でも」

「おめでとう姉上、重い役目から解放します」

「そ、そんな……」


 ロイドから逃げるために使用した神聖術が彼女を追い詰めた。


「ご安心を。新しい仕事は用意してあります。そこは地上の変化の渦の真ん中」

「まさか、私をあの男に引き渡すというの?」

「おめでとうございます、望み通り、あなたは彼のものだ」


 絶望しながら兵に連れて行かれる姉を、オルティスは笑顔で見送った。


「姉上、あなたは長く地位に留まり過ぎた。高い位置に居ては見えないものに気づくチャンスです」

「い、嫌、オルティス!! 実の姉を……裏切る気!?」

「ぼくの命令は絶対だ。大丈夫、人族の寿命なんてすぐさ。彼が死んだら自由だよ」

「いやぁ!! やめてぇぇ……!! オルティス!!」


「いってらっしゃい、さようなら姉上」


 オルティスの拍手に兵士たちも続き、元聖女は地上に落とされた。





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