幕間 冒険者クライシス
「何人で来ている?」
ジュールの問い掛けは騎士団長エルゴンへ。
「ざっと30人。見覚えのある顔がほとんどだ」
冒険者たちに屋敷が包囲されている。
「金目当ての強盗ではないか。なぜギルドが敵対している?」
ヒースクリフの問い掛けはジュールへ。
ジュールは考えを巡らせた。
「ノワールがイライザとかいう女と消えた。この狙ったようなタイミングは無関係ではあるまい。ノワールを遠ざけた。つまり、狙いはおれだ」
大会の予選が行われた後で、警備のために騎士の警備は最小。
「大丈夫だ。数は多いが、私もいる」
「ヒースクリフ、領主として決断は慎重にしろ」
「わかっている。だが、あなたを差し出しはしない」
ヒースクリフ、エルゴンをはじめ、騎士たちもジュールを差し出す気はない。
「一番大変な時、あなたはこの領地を護って下さった。今度は私たちが護る」
「そうか――」
ジュールの頭の中では戦いのシミュレーションが行われている。
冒険者たちの多くはこのベルグリッドでは馴染みのない顔ぶればかり。カルタゴルトの責任者であるジュールでも正確に戦力は把握できない。
「お前たちが戦うことを想定した戦力のはず。ロイドかノワールが戻るかは賭けだ」
「戦う前にあきらめるのか?」
「奴らに命令を出したのが誰でも、戦闘に至る前ならおれが交渉できる」
「危険だ」
「しかし――」
ジュールとヒースクリフの問答の最中、屋敷を囲む冒険者に動きがあった。
「お二人とも、あれを!」
屋敷を囲む冒険者たちの前に、一人の男が立ちはだかった。
「――なんだよ、マス。ここまで来て怖気づいたか?」
「いや〜、ギルドの情報の不正使用だっけ? でもちょっとおかしいかなって。だってさ、ギルドの何の情報のこと言ってるのか……」
「うるせぇ、おれたちは指定クエストを受けたんだ。黙って仕事しろよ」
冒険者たちに下されたのは、ジュールの拘束。
ギルドへの敵対的情報利用を理由に、周辺地域から密かに集められた精鋭。
その中にマスもいた。
マスはおとなしく弓を構えた。
冒険者たちは突入の体勢に入る。
「ギブソニアン家に攻撃する前に、言っておくことがあるんだけど」
「なんだよ、重要なことなら打ち合わせの時話せよ……ああ、お前いなかったな」
「いや〜、それがさ。おれは受けて無いんだよ、その指定クエスト」
「あ? じゃあなんでここに――?」
緊張感が走る。
若いがマス・ロビンフッドを知らない冒険者はローア大陸にはいない。
誰もが、この男が居ることを怪しむことは無かった。
指定クエストを下されるにふさわしいと誰もが認める力を持っている。
弓を扱わせれば、ローア大陸一。
「マス! てめぇ、なんでここにいる!! 今すぐ答えろ!!」
「へへ……野次馬」
マスは同じ冒険者たちへ、文字通り弓を引いた。
「てめぇ――」
一度に三射、それを繰り返すこと10回。
放った時間はわずか5秒。
矢は真っ直ぐ冒険者の肩を穿つこともあれば、空中で翻って、物陰に潜む魔導士を頭上から襲い、風に乗って、木立の間を縫うように進み、逃げる者の脚に着弾した。
勝機と見るやエルゴンの掛け声で、駐屯騎士団が攻勢に打って出た。
ヒースクリフの魔法までの時間を稼ぎ、冒険者たちに何もさせることなく勝敗は決まった。
◇
「おい、大丈夫……か――?」
ノワールがロイドの転移で戻った時には、屋敷を囲む冒険者たちは全員倒されていた。
「なんか、取り越し苦労だった?」
「いいや、この男が来たのは誰も予想外だ」
「やぁ! 君たちもロイド君の友達だぁ――すげぇ美人だ!!!」
騒然とした現場で、軽薄にノワールをお茶に誘うマス。
「……くそ、この裏切り者め……」
拘束された冒険者たちは納得できなかった。
ギルドを裏切ることはご法度。
それをあっさり破ったマスに向けられた敵意はすさまじいものだった。
「ごめんな。でもなんとなく、これがいい気がして」
「てめぇ、そんなあやふや考えでおれたちに矢を射ったのか!?」
「おれはギルドより、ロイド君の方が怖いし、後で文句言われたくないし〜」
マスには学が無い。
節操も無い。
計画性もないし、実は協調性もあまりない。
もしも、山を降りた先でリトナリアに出会わなかったら、冒険者になることは難しかっただろう。
自分より強い奴に従う。それがマスの自然の掟。
たまたま出会ったリトナリアが自分より強く、その彼女が自己を律していたからその通りにしているに過ぎない。
タンクに出会ったから仲間を大事にするし、新人の面倒も見る。
ロイドに出会ったから不正やズルを見逃さなくなった。
「狩人は山の生態系のバランスを重んじる。その勘が働いたのだろう」
「え? それ頭よさそう!! そうだ!! おれは、生態系を重んじる男なのだ!」
冒険者の領主襲撃。
これは王国の統治への、反旗。
王国への異議や直訴も無く、実力行使に出たことは反乱と同じ。
マスは異常事態が大規模な問題になるのを未然に防いだ。
パワーバランスを崩すまいと、考えるよりも直感で動いた。
そういうことになった。
「あ〜あ、おれ、これで無職かもなぁ」
「ククク、恩着せがましい奴だ」
笑うジュール。
その横で、ノワールがそわそわしながらマスに向き直った。
じっと見つめられてマスは胸が高鳴る。
「ジュールを助けてくれてありがとう、お茶にはいかない」
「ええ、それ文脈おかしくない!? まっ、いいけどね!!」