3.魔皇の逆鱗
フラウの登場で、戦況は一変した。
麒麟族のカルオンはその誰かもわからない女に向けて強力な拳打を繰り出した。
だが、最初の胴への拳から違和感を覚えた。
(何だこの手応えは!!??)
困惑しながらも、脇腹、首など急所へ拳、肘、蹴りを的確に当てる。
これまでロイドに深刻なダメージを与えていた攻撃は四発目で止められた。
「イタタ、いい加減にしろ!」
(効いてない!? 肉の質が……人間じゃない!?)
フラウの手がぬぅっと伸び、カルオンは素早く避けた。
しかし、緩慢な動きから一転、フラウの素人丸出しテレフォンパンチが、突如頭上から降り注いだ。
(カウンター……いや、マズイ!)
カルオンは直感で受けるのを避けようと素早く動いた。
だがその動きは止まらざるを得なかった。
「……ぐっおおお!!!?」
『神域』の中、カルオンを覆っていた聖なる気『神装』が歪められた。
「ばかな! イライザ、何をしているの!?」
「ぐッ、干渉されてる!? まさか私の神聖術が……維持できない!」
神装を担っていたイライザの神聖術がロイドによって干渉を受け、強制的に術が解かれた。
「人族ごときが神聖術で天神族を上回るなんて……!」
「うぉぉお……お……!!」
神域内で無防備になったカルオンは意識を失い、腕を掴まれそのままジュライスと同じく、消えた。
壁の穴からとてつもない速さで投げ飛ばされ、一瞬で見えなくなった。
「ク……聖女様、ここは……」
数の優位を失い、得体の知れない伏兵にイライザはこれ以上の戦闘は無意味だと判断した。
「何をやっているのよ! あんたはそれでも天神族の戦士なの!?」
当初の計画通りに事が運ばずに苛立つアルテイシア。
「――あ!」
その背後にはすでに、ロイドの一閃。
とっさにイライザは身を入れ替えて庇った。
怒りの一太刀はイライザの翼のガードを貫き、彼女の首に重傷を与えた。その血しぶきでアルテイシアの顔が血に染まる。
「ぐっ、あ……」
イライザはその場に崩れ落ちた。
「愚かな! 感情任せで動いてもあなたとこの国の未来はないわ。それがどうしてわからないの?」
戦力を失い、アルテイシアはロイドの行動を責めた。
「世界を混乱させ、力を振りかざし、支配しようだなんて! 多くの恩恵に与り、どうしてそんなひどい裏切りができるの!?」
だが、ロイドは何も言わず、ただ刃を突き付けた。
彼女は生まれて初めて、身が竦んだ。
「わ、わかった、譲歩してもいいわ。このイライザをあなたに差し上げましょう」
「――っ? そ、んなっ……」
「無様な姿ですが、戦力として側に侍らして損はないでしょう。天神族にしては多少醜い容姿ですが、好きに御使いなさい」
イライザがすがり付く。
「お゛、許しを゛……! ち゛、『治癒』を……」
だがアルテイシアは彼女を一瞥することも無い。
(ばかね、あなたの脆弱な『神装』は干渉されて、今私を護っている『神域』と『神装』は私一人で維持しているのよ。『治癒』なんてすれば、この男の魔法が……)
身を挺して守ったのに見捨てられたイライザ。
彼女の眼には怒りや悲しみではなく、何とも言えない困惑が窺えた。
「誤解をしているかもしれませんから言っておきますが、私たちは序列一位を守るためにこんなことをしているのではありませんよ。ただ、天神族が巨大な組織をまとめるには、絶対的な権限が必要であり、その権限によって保たれてきた秩序を守りたいだけなのです。だから互いのためにも、ここはこれで手打ちにしませんか?」
それに対するロイドの答えは単純明快。
戦闘態勢を解かないことで、アルテイシアを追い詰めていく。
「……っ! それとも私たち天上がこれまでの地位を捨て、あなたの下に就けば丸く収まるというの?」
彼女は最後の手段に打って出た。
『神域』と『神装』を解いた。
油断させ、ロイドに『神装』を解かせた。
(――かかった!)
「『神罰』!」
「――っ!?」
ロイドの知り得ない地上には存在しない神聖術。それが切り札だった。
濃密な神気がロイドとフラウに放たれた。
体感したことの無い攻撃に、ロイドの動きが止まり、その隙にアルテイシアは壁の大穴から飛び立った。
「あ、アル……テイ……ア様……」
置き去りにされたイライザは手を伸ばすが、聖女は振り返ることなく、一人空へ退避した。
「ロイド、大丈夫か? ああ、顎、しゃべれない? ん? 向こうに行きたいのか?」
フラウに支えられたロイドは、壁から逃げるアルテイシアに向けて『光線』を放った。
「ひっ……! 『聖壁』!!」
「っ!?」
ロイドの知らない二つ目の神聖術。
『光線』はその光の壁に阻まれた――かに思えた。
聖なるバリアは魔力によって制御された光を無効化していたが、ロイドは『聖壁』の手前で光の収束を完了させた。
魔力という名の銃口と引き金から放たれた弾丸は、魔力を有さないただの結果。
よって神気では防げない。
「グぅ……この地上人がぁぁ!!!!」
『光線』は壁を突き抜け、アルテイシアの翼を貫いた。
(こ、殺される……!)
アルテイシアは残りの三枚の翼で天高く羽ばたき、空に消えていった。
再び狙いを定めるロイドだったがフラウが止めた。
「よせ、まず傷を治せ」
「……っ」
見たことのない神聖術に阻まれ、アルテイシアの逃亡を許してしまった。
「追わなくても、置き土産がある。話を聞けばいい」
「――……」
ロイドは血だまりで動かなくなったイライザを『治癒』した。