2.聖なる鉄槌
神域により、魔法が封じられた室内。
天神族の聖女アルテイシアは、ロイドへ軍門に下り服従を誓うよう迫る。
だが、ロイドにその意思はない。
「ちょっとその前に、魔法を封じられると困る」
「ふふ。なら素直に降参したらどうですか?」
「お前らは一応女だからな。剣もないし、倒すには殴らないといけなくなる。素手だと手加減が難しい」
その言葉を言い切る前にイライザがロイドを襲った。
二刀を巧みに操り、殺す気で振り切る。
天使が持つには凶悪な黒い神鉄製の刃が、システィーナお気に入りの家具調度品を斬り裂いていく。
(姫に怒られる! おれのせいじゃないのに……)
「ちょこまかと、猿め!」
「二刀剣術はよく知るところである。ところで弁済の請求を覚悟しておけよ」
ロイドも二刀剣士。
その動きは高みに近づくにつれて同種のものへと収束する。
「いつ二刀だと言った?」
「――え?」
イライザの四枚の翼が、鋭くロイドの身体を撃ち付けた。
「ぐぅッ!」
「我々がいることもお忘れなく」
カルオン、ジュライスの拳も躱すことができず、一発一発がロイドの身体に無視できない深刻な破壊をもたらしていく。
アルテイシアは満足そうにその様子を眺めていた。
(ロイド、あなたの能力だけは尊敬に値します。序列二位に相応しい。ですが、あなたには致命的な弱点がある)
種族的優位性がないことはもちろんだが、ロイドは気門法/鬼門法が使えない。その代用で魔法に頼って来たので、魔法を封じられた場合極端に戦闘能力が落ちる。
鋼鉄のごとき拳が、無防備な人体へ容赦なく撃ち付けられる。
脚を剣が貫き、骨は折れ、内臓を食い破る。
「降参せよ、貴様に勝ち目はない」
首元に交差するように突き付けられた刃。
イライザは勝負が決したと確信し、降参を勧めた。
だがロイドの眼を見て、背筋が凍り付いた。
(異常なまでの精神力――全く心が折れていない)
ためらいと驚きの間に、ロイドが口を開き掛け、彼女はやっと終わると気が緩んだ。この眼に映る闘争心は何かの間違いに違いない――そう思った瞬間。
目の前が真っ赤になった。
「――っぐ!」
「何をっ!」
「血で目つぶしを……小癪な!」
カルオンとジュライスが反応した時には、すでにロイドの手にはイライザの剣が握られていた。
「何をしているのです!! 手負い……です――」
目が覚めるような怒涛の剣閃。
「――よ!?」
反撃にたまらず間合いを取る三人。
全身血まみれだが、よく見るとすでにロイドの身体はくまなく『治癒』されていた。
「まさか……戦闘中に無詠唱で『治癒』を!?」
「人族が神聖術をここまで……!?」
神聖術を駆使する天神族の二人も、術名の省略まではできない。
(しかも『神装』との同時発動……この青年、まさか神聖術の発動原理すら理解しているというの?)
アルテイシアの脳裏に不安がよぎった。
戦いにおける独自の技術、実戦で培われた経験則による読み、不利な状況を打開する手練手管。
「今のは……」
イライザの両手の指は脱臼し、不自然に折れ曲がっている。
(この男、私の剣からすり抜けた。見た目以上に柔軟な身体だ。それに手癖が悪い。とっさの機転じゃない。この一連の流れ、全部想定済みか)
「イライザ、油断するなよ。このお方にこちらの常識は通用しない!」
「わかっている!」
(治癒ができても体力は失われる。それに剣を握っただけでは状況は変えられない)
その読み通り、ロイドは迫る三人の戦士の攻撃を防ぐことで精一杯。
時折、ロイドの技が入るが双方決定打を与えることなくただ時間だけが過ぎていく。
徐々にロイドの動きに陰りが見え始める。特に武術を修めたカルオンはロイドの動きを見切り始めた。
(彼の動きの大半は力の流れを利用する瞬回の応用だ。力で劣る分、相手の力や流れを利用し、技で補っている……! だがその技も無限にはない。そして我々に同じ技は通用しない!)
「――ぐぅ、はぁ、はぁ」
ロイドは膝をついた。
「ようやく呼吸が乱れたか、なんてやつだ」
「油断するな。さっきはそれでやられた」
「ロイド様、よくお考え下さい。あなたが敗北で失うものは名誉だけはない。何卒ご再考を」
カルオンが語り掛けるがロイドは呼吸を整えようとする。
すかさずイライザが追撃を開始。
「ぶォ゛ッッッ!!!」
ロイドの血霧で顔を真っ赤にされたイライザは一切情け容赦ない。
翼による打撃は顎を砕き、あばらを内側にめり込ませた。
だがまだロイドは倒れない。
(柔軟な全身の筋肉でわずかに威力を殺したか。また治癒される!)
「治癒ができないよう、腕を切り落としなさい」
アルテイシアがロイドの落とした剣をイライザに渡した。
「え? いやしかし……」
「教訓です。彼にはそれでちょうどいいでしょう」
さすがのイライザも躊躇した。
手間暇をかけてロイドを懐柔しようと動いたのは、教会の打倒だけではなく別の理由があったからだ。しかしそれには片腕では心もとない。
アルテイシアはロイドへ語り掛けた。
「ああ、そうそう……言い忘れていました。私たちは五人で地上に来ました」
「――?」
「あなたの大事なお嫁さんたちはもちろん無事です。でも今頃天上に招待している頃でしょう」
アルテイシアの切り札はロイドの知らないところですでに発動していた。
ロイドは見誤っていた。
例え伏兵がいてもてっきりジュールを抑えるために戦力を割くと考えたからだ。
「勝負している気分は味わえましたか? 私は遊んであげていたのですよ」
その効力を確かめようとロイドの顔を覗き込む。
(……っ!?)
血で汚れたその顔が不気味で、彼女は飛びのいた。
「聖女様?」
「笑ってる、狂ったか?」
イライザが腕に向けて剣を振り下ろそうか迷っている時、ロイドの笑顔の要因が姿を現した。
半壊した部屋のドアを開け、普通に入って来たため、一同はあっけにとられた。
「先に言っておく。嫁たちは無事」
「あなたは?」
「私は、そいつの友達、です」
部屋へ侵入した彼女を近くにいたジュライスが追い払おうとした。
ジュライスが消えた。
「「「――え?」」」
イライザとカルオン、アルテイシアからは陰になって何が起きたのか見えなかった。
しかし、壁に空いた大穴と、フラウの突き出た拳が全てを物語っていた。
「ただの鍛冶師ではなかったというの!?」
「ロイド、受け取れ」
彼女は手に持った大太刀を無造作にロイドの方へ投げた。
空中で勝手に抜刀し、イライザをけん制、吸い込まれるようにロイドの手に収まった。
清らかな白い光に包まれていた空間が、暗く、荒々しい空気に覆われた。