15.戦士覚醒
無情にも振り下ろされた拳。
吹き飛んだマドル。
《――ああっ!!!》
「いや、当たってない!!」
「『風圧』で強引に距離を取りましたな。しかし、あれは……」
かろうじて立ち上がったマドルは重傷だった。
手加減の無い『風圧』を正面からゼロ距離で受けたんだ。
「だが、避けていなければ、あの角度……野郎、殺す気だったのかっ!!」
「手加減は無しでしたな」
「なんだ、リース。冷静過ぎやしないか?」
仲間がやられているんだ。
それも一歩間違えれば、死んでいたんだ。
なのにリースは落ち着いた様子で、腕を組み観戦している。
「ふむ……主殿の思いやりには感服します。いえ、もしかすれば、主殿にはマドルがか弱い乙女に見えているのかもしれません。しかし、あれはあくまで戦士です」
「お……うん?」
「手加減の無い攻撃。あの者はマドルを女ではなく戦士として見ている。私はあの者を称賛したい」
マドルを戦士として認めているとか、そういう話か。
わかるけど、おれは女を本気で殴れる奴は嫌いよ?
「もし、奴がマドルを殺そうとしたら、おれは止めに入る」
「その時は私が……止めます」
決着は近い。
マドルの体力、精神力、魔力は限界だ。
これ以上は残酷なショーになる。
リースは止めると言ったが、おれもその気でいよう。
――そう考えていたときだった。
「あいつ、なんで攻めない?」
カルオンはその場を動かないまま、マドルと見合っている。
《これは――一体?》
さっきまでと状況は変わっていない。
なのに、何か違う。
空気が、冷たい。
「――変わった……!!」
さっきまで冷静だったリースが立ち上がっていた。
「え、何が?」
動いたのはマドルの方だった。
真っ直ぐ、カルオンに向けて歩き始めた。
長い黒髪の間から闘志のこもった紅い瞳が光る。
そして、ニヤッと笑った。
一年近く一緒にいて、見たことの無い表情だ。
解説席も息を飲み、沈黙。
ようやくおれもリースの言葉の真意に気づいた。
その変化は動きに現れていたからだ。
《――謎の変身を遂げましたカルオン選手、しかしマドル選手怯まず攻撃に打って出た!!》
息つく暇もない連続技の応酬が始まった。
迷いのなさ、判断の早さ、技のキレ、総じて集中力の向上――これらは些細な違いなのだろうが、一定以上の実力を持つ彼女において、この変化は大きい。
それでも――
《レ、レフェリー、止めないのでしょうか!!? これは危険な試合になって来ました。マドル選手防御をしません!!! 両者すさまじい攻撃の差し合いが続きます!!! しかし、マドル選手のダメージが色濃く……カルオン選手は手を緩めません!!!》
槍の『予知』を使って、【瞬回】で回避とカウンターをし続けている。
だが、マドルの傷だけ増える。
辛うじて致命傷を避けているだけだ。
一方的に彼女の肉が裂け、骨が折れて、血しぶきが闘技台を赤く染める。
反対に、カルオンの獣化状態はマドルの攻撃を易々とは通してくれない。
おまけに、その身体からは度々閃光が放たれ、その度にバチリと心臓に悪い音と共にマドルをはじき飛ばした。
「あんな種族がいたのか!? 雷魔法まで使っているぞ!?」
「……」
リースはただ黙って見ていた。
おれは止めるタイミングを見計らう。
狙いは見えない。
無いのかもしれないという不安。
唯一の逆転の目。
それは五式剣に隠された能力。
マドルが解放したのはまだ槍の一つのみ。
解放が可能か、解放した能力が何か、解放した能力を使いこなせるのか。
それは分からないが、何らかの特殊な魔法が付与されている可能性が高い。
「やるのか、マドル……!?」
槍から剣へ。
膨大な魔力が消費されるのを見た。
これで最後だ。
「あれは――」
おれがリースと修行していた時、コイツを剣で倒すために編み出した【重剣】。
その中でも最も貫通力がある技。
――【重剣】の『芯』――
剣を頭より上から、突き下ろす技だ。
ただ振りが大きく相手が受けようとしないと当たらない。
それに、この技はカウンターを受けやすい。
寒気がした。
構えの段階でカルオンは技の系統に気づいた。
身体から稲光を出している。
例え技が決まってもただでは済まない。
良くて相打ちだ。
「読まれてる、止せ!!!!!」
おれの声が届くよりも先に、決着は着いた。
カルオンの方が早い。
自然、その拳は先にマドルの顔面へ。
後方へ吹き飛んだ。
高電圧がショートする、否な音と共に。
今度は自分で回避したんじゃない。
確実に食らった。
しかもカウンターだ。
「クソ」
おれは観覧席から飛び出そうとした。
だがそれをリースが止めた。
「お前……!!!」
「言ったはずです。止めると」
「彼女を死なす気かっ!!!」
リースは闘技台を指さした。
「え?」
マドルがまだ立っていた。
逆に倒れていたのはカルオン。
「どうなっている?」
よく見ると、カルオンの腹には剣が突き刺さっていた。
《何が起こったのでしょうか……? わかりませんがこれはマドル選手の逆転勝利???》
「カルオン選手戦闘不能につき、勝者、マドル選手!!!!」
糸が切れた人形のようにマドルが倒れ込んだ。
急いで駆け寄り、『治癒』を施す。
「……はぁはぁ、勝ちましたよ、旦那様……」
こちらの心配を他所に、笑顔を見せた。
「ああ、よくやった。だが、心配させるなよ」
驚いたことに、顔には大した傷がなかった。
むしろ感電による両手の火傷が多少あるだけで、致命傷はない。
むしろカルオンの方が重傷だった。
自分の雷魔法で、内臓まで焼けたようだ。
おれは腹に刺さった五式剣を抜くために、手に取った。
「――っ! そうか、そういうことか」
カルオンを治してやると、起き上がり、信じられないと言った表情をしていた。
「ありえない、貴様何をした?」
疲れているのか、マドルは反応しない。
「マドル、この剣の開放能力のこと、知っていたのか?」
「え? 開放されていたのですか? 一体どんな――あ、あれ? 身体が……」
無茶なやつだ。
わからないでやっていたのか。
「しばらく動けないだろう。この剣の開放能力はおそらく『身体能力強化』だ」
リースが飛んできて、マドルを抱っこした。なんかおれは嫌だとジェスチャーされた。
「あ、ありえん!! その程度でおれの腹に剣が刺さるなど」
「魔獣の身体能力強化はグレードがあるからな。その中でも最上級なんだろ」
説明していておれもおかしいとは思った。
あの圧倒的な差を、一瞬だけでも埋める程の力をもたらしたのが、ただの身体能力強化なはすがない。
『身体能力激化』とでも呼ぶべきか。
『予知』にしても、一般の魔獣から採れる魔石にそんな力があるとは思えない。
一度、フラウに見てもらうか。
歓声が鳴り響く闘技台から静かな控室へと移動した。
「バカな、このおれが魔人族に敗れるとは……」
「落胆しているところ悪いが、お前は何者だ? なぜ雷魔法が使える? どこの種族だ?」
だんまりかと思いきや、カルオンはおしゃべりなやつらしく、正体を明かした。