13.正体不明
魔人が治める文明都市ノトスには、魔人族最強の魔導士部隊【エルシオン】が存在する。
選び抜かれた精鋭である彼らは独自の秘術、固有魔法を持つ。
マドルもかつて、ここに所属していた。
「――決勝の相手はおそらくミューラーです。彼はエルシオン最強の戦士」
「そうか、マドルがそこまでいうなら、どう戦うのか見てみよう」
「はい」
ちょうど、そのミューラーの準々決勝が始まった。
ローブで容姿は見えない。
ただ者ではないと気配でわかる。
観客の応援に熱が入り、その人気の高さがうかがえる。
「彼は‶鉄〟の称号を持っています」
「土魔法の鉄か?」
「はい。通常土属性の対魔級で派生する鉄系統の制御を、彼は一から開発し、特定の金属を自在に操れるんです」
おれも鉄に魔力を込めて操ることはできる。
でも、それは莫大な魔力を要し、密度と形状を操作するに過ぎない。
風や水のように動かすことはできない。固体だからだ。
どうやって操るのか興味がある。
まぁ、魔装が使えるから、必要ないけど。
「グルォ゛ォ゛……こちらに出ていれば……」
「なんだリース、知り合い?」
怖いから唸るのヤメテね。
嫁たちも他のお客さんもがびっくりするから。
「大戦時前線で顔を合わせたことがあります。私とは戦場を別にされたので戦いぶりは見ていませんが……少し主殿に似ています」
「え? そうなの?」
「似ていませんよ!! ミューラーは40歳過ぎのいいおじさんですし、旦那様みたいにスマートではありません!!!」
マドル、フォローしてくれるのはうれしいが、失礼だよ?
リースに(※リースは43歳)。
「いや、容姿ではなく。決して慢心せず、いくつもの手段を用意し、あらゆる戦術に通じると聞いている」
「ええ、確かに。弱点が無いといった感じですね」
倒した帝国兵の血を吸い、魔力を馴染ませた金属を常に身に纏っているという。
おまけに、格闘の天才で、水、火の魔法も使える。
「ミューラーは戦士として完成度が高い」
あんまり称賛してやるな。
マドルの不安を煽ってどうする。
「大丈夫だ、マドル。お前も戦士として高いレベルにいる」
「はい、私は負けません。本選に進んでみせます」
気迫に満ちた表情で、緊張感と共に精神を研ぎ澄ませる戦士がいた。
彼女は静かに、ミューラーの闘いを観察していた。
ミューラーは試合開始と共に、ローブの下から無数に伸びた鉄の触手を出した。
それらは縦横無尽に敵を追った。
「――なに!!?」
予測不可能な鉄の触手が鋭利な刃物と化して四方八方から襲いかかる。
だが、相手はそれを全て避けながら進み、一瞬でミューラーまで到達した。
試合開始から数秒だった。
ローブの下から防御したと思われる金属が飛散し、ミューラーが壁まで吹き飛んだ。
どうやらだた殴ったようだ。
「――っぐぉぉぉ!!!」
不屈の精神で立ち上がり、その後柔軟で多彩な攻撃を繰り返したが、勝者の宣言を受けたのはミューラーでは無かった。
力尽きた彼を見下ろす男は、勝利者の余韻に浸ることもなく、淡々とその場を後にした。
◇
「信じられません……! エルシオンの戦士が一方的に……!!!」
観戦していて、ミューラーは確かに強かった。
「相手の男は誰だ?」
バルトの武術家が着ていそうな袖の長い服。だがバルト人ではない。
カルオン・ハルと紹介されていた。
誰も耳にしたことの無い名だった。
「わかりません。これまでの闘いでは実力を隠していたようです。気にも留めていませんでした」
「容姿は魔人族に近いですが、動きから見て獣魔族でしょう。ただ、『獣化』しないとどの部族かわかりませんな」
獣人族の真の力は『獣化』して初めてわかる。
それをしないで魔人族の実力者を倒した。
リース以外でそんなことができる獣魔族が、なぜ無名なんだ?
「旦那様、準備して参ります」
「あ、ああ」
さすがに動揺している。
何か、言葉を掛けないと……
だが、アドバイスしようにもさっきの闘いで分かったことなど、マドルにだって分かっている。
魔導士が魔法を発動させて、対象に攻撃を当てるよりも、早く動く。
獣化すればもっと早いかも。
かと言って近接戦闘はただのパンチでも大柄の男を吹き飛ばす程だ。
言い換えれば、突然「リースと闘って勝て」と言っているようなものだ。
思い出せ、『記憶の神殿』。
奴の動きに何かクセは?
マドルにできる対抗策は?
「――マドルよ」
考えている間にリースが声を掛けていた。
「あの男が誰かは関係ない。お前は元エルシオンのマドルでも、五式剣のマドルでもなく、主殿の従士として戦うのだ。敗北は、許されんぞ」
は、励ましてねぇ……!!
「……っ、はい!!」
ええ、君そんなんでいいの?
ほぼ脅しだよ?
「――う゛、うん……マドル、がんばれ」
「はい、必ずご期待に添います!!!」
マドルは詳しいアドバイスを求めることなく控室に向かった。
どうするんだ?
「主殿、ご心配には及びません」
「そうか?」
なんでヨ?
「魔王の従士であるという誇りが、彼女を強くします」
「誇り、か……」
もう魔王系トピックにはツッコまないぞ。
こいつらおれを慕ってるくせにおれの要望は聞かねーし。
おれにはどうしてそこまでこだわるのかわからん。
「それに、力を隠しているのはマドルも同じ」
「まぁ、そうか」
信じよう。
彼女は数々の試練を乗り越えて来た。
それに、九か月、おれの帰還への道中おれと共にリースに鍛えられた。
さらに、五式剣――彼女の一族が代々受け継いできたという、魔剣には最近まで彼女も知らなかった秘密がある。
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