11.予選閉幕
決勝戦。
何度も空を切っていたおれの剣は最後にカシムを捕らえた。
振るったのは大太刀。
カシムの剣を斬り、そのまま、頬に浅く傷をつけた。
過剰な切れ味を抑えながら、おれは峰で胴を打ち、幕引きとした。
「恐るべし迷宮攻略者、まさに超常の神鉄級!! 驚きの決勝戦は、衝撃の結末を迎えました!! ここクルーゼ支部代表は、領主であるロイド都市伯様となりました!!!」
勝者宣言されて、止まっていた観客の反応が戻った。
花びらが舞い、楽団の演奏が始まった。
おおう……自分で準備した演出で自分が祝われるとなんか自作自演みたいで虚しい。
その中をカシムが去ろうとしていたので引き留め、傷を治した。
残念ながら片腕は古傷らしく、元に戻らない。
カシムは跪いた。
「愚かな私にこのような――」
「いい、あなたは準優勝者だ。ならそれらしく振舞って欲しい」
歓声の中にはカシムを称えるものも多くあった。
戦っていたときとは別人のような、戸惑い控え目な様子。これが本来の彼なんだろう。
「これで報われました。これで、区切りを付けられます」
「そうですか」
何のことかはわからないが、おれは跪くカシムの肩に刀を置いた。
「――っ?」
「陛下より賜りし、バリリスの名において、カシム・ドローレン――そなたを我が騎士に任ずる」
そう告げた後、しばらく時が止まった。
カシムはピクリとも動かないし、観客の声も聞こえなくなった。
「……私は片腕が不自由の身でございます」
「ああ、それで私と立派に戦った」
「魔獣の一匹も狩ることができないかと」
「それは他にできる者がいくらでもいる」
「私が、騎士に……?」
スカウトしてみた
「あ、やりたくない?」
彼の用意周到さと心の強さは護衛にピッタリだし、貴族の派閥と無関係だから誰にも気を使わないで済む。事務もできるし、何やら情報通のようだから傍に置いておいて損はない。
でも、無理強いは良くない。
おれも嫌だったし、超嫌だったし。
ああ、断られたらおれ恥ずかしい。
「強制ではないが、給金は今の十倍出しますが」
「そ、そんな滅相もない!! 騎士に取り立てていただけるなら私は……」
うわぁ、泣いてる。
皆拍手している。
おれもしておこう。まさかそんなに騎士になりたかったとは。
そうだ、なんでおれの正体を知っていたかとか、おれの剣技を誰から聞いたかを――。
今はいいか。
奥さんも泣いて喜んでいる。息子たちも誇らしそうだ。
試合に勝ったのはおれだが、今日の主役の座は譲ろう。
おれには、おれを祝福してくれる嫁たちが――
「おおう、誠一や、大役ご苦労よのう」
「母様ふぉ、代理ふぉく労ふぉまでひた」
母様、人前で顔をさするの止めて下さいよ。
みんな誰だってなってますし。
「母様、大衆の前です。誠一さんの体面を考えて下さい」
「すまーん」
「誠一さん、おめでとう」
「ありがとう」
二人と入れ違いで、嫁がやって来た。
「あなた、優勝おめでとう」
「おめでとうございます、ロイド様」
ああ、今の二人すごくかわいい。
いつもだけど、今、おれを褒め称えている二人は特別かわいい。
人目が無かったらしばらくぎゅっとしていたい。
「これで我慢してね?」
二人から頬にキッス。手をギュッとさせてもらった。
おし!! これでまたがんばれる!!
これからが忙しいんもの。
精神的エネルギーが必要だ。
「あのーラブラブのところすいません。優勝した都市伯様に意気込みなどを伺えたらと」
司会の娘が勝利者インタビューに来た。
「ん? そうだな。本選は王都で一か月後に行われる。史上類を見ない最大のイベントとなるだろう。それが滞りなく進み、各国、各民族の友好へと繋がってくれたらと思う」
「ははー!! なるほど〜!! ロイド様、えっと……勝負への意気込みはどうでしょ……?」
「え?」
「え?」
おれに勝てそうなのってリースとノワールさんぐらいだと思うんだよな。本選では手加減――というか属性魔法、獣魔法、思考強化、自己再生、魔装、全武器の使用制限がないんだし。
「ももも、申し訳ございません!! ロイド様が負けるはずないですよね!!」
「あ、いや、逆に興味があってね。全力を出した私に勝てる者が身内以外にもいるのかどうか」
「付け上がるでないわ!!!」
おお?
観客席から怒号が鳴り響いた。
誰だろう。
一応貴婦人のような恰好をしているが、軍人っぽいな。一回戦でおれが倒した軍人が一緒にいるし。
「ガイド、わかるか?」
「先週から帝国貴族の入国が何度もありましたが、名前までは……」
「先ほどの闘いぶり見せてもらった! なかなかの武人であることは認めるが、噂に聞く実力にははるかに劣る!! そんな貴様が帝国の英雄を差し置いて、『勝てる者がいるか』とは片腹痛いわ!!!」
おかんむりのようだけど、気に障った? ごめーん。
「我が帝国の誇る英雄ネロが、必ずや貴様を倒し、栄光ある帝国人の威光を示すであろう! 貴様はせいぜいこの小さな勝利の余韻を楽しむがいい!!」
ん?
ネロ?
「なんだてめぇ、ローア人はゼブル人に劣るってのか!!」
「ネロなんて知らねぇぞ!!」
「帝国軍人がスパイに来てるぞ!! 畳んじまえ!!」
「――お、お前行けよ」
「お、お前こそ……」
ケンカになりそうな雰囲気だったが、その女の人の睨みだけで誰も近づくことはできなかった。
あれ?
あの人どっかで見たな……
あ、第一皇子の側にいた精鋭の人だ!!
じゃあやっぱり彼女が言うネロって……おれじゃね?
どういうことだ?
このタイミングで言うってことは、帝国の予選にネロが参加していると聞いているということだよね。
「御嬢さん、そのネロとは第一皇子の暗殺を阻止した男かな?」
「貴様――なぜそれを」
やっぱり。
「帝国でネロが予選に参加しているってことだよね」
「フン、今頃怖気づいた――かっ……???」
おれは彼女の脚を止めた。精神的に『威圧』で。
魔力楼で彼女の前まで歩み寄った。
「申し訳ないが、一つだけ確認したい。そのネロ、本物か?」
「あ……ほ、本物だと殿下が……」
ははーん!!!
わかっちゃったね。
第一皇子の差し金か。
偽物でおれを釣ろうというわけだな。浅いね。
誰が引っ掛かるものか―――あれ?
これが罠なんじゃ……
ねぇ、なんでそんな顔しているの?
さっきまでと態度が違うんだけど。
「まさか、あなたが――」
「なんでも解き明かせばいいってものではないんだ。英雄ネロが必要ならなおさらな」
彼女は青ざめた顔で押し黙った。
おれはダメ押しに不敵な笑みを見せて、ばさぁっとかっこよく闘技台に戻った。
ああ、女性を脅してしまった。
今ので大丈夫かな? しゃべっちゃうかな?
クルーゼ支部の予選は心配事を残して閉幕した。
「どうしたのあなた? まるで隠していた秘密がバレそうな顔しているわ」
「そんなに分かりやすい?」
「さっきの女性、キレイな人でしたね。まさかロイド様……」
「それは違うって! そうだ、試合も一段落したし、デートに行こう!」
気晴らしに嫁たちと他の予選を見に行くか。
おもしろかったら評価お願いします。