10.破剣神楽
“無駄に長い剣”
フラウがノリで造ったものだが、しっかりとした武器だ。バカでかくて、重いのでそのままでは実用的ではない。そこで刀身の腹に六つの緑色に光る鉱石が埋め込まれている。
魔力を込めると浮力を生む、浮遊石。
このオン/オフを切り替えることで、速さと破壊力を倍増させる。
六つの浮遊石に魔力を込め、重さを軽減。
振りかぶり、相手に当たった瞬間に浮力を絶つ。
加速された剣は元の質量で触れたもの全てを粉々に破壊する。
悪魔的な破壊剣である。
これに黒騎士のパワーアシストが加われば、分厚い神鉄すら両断できるだろう。
そんな攻撃を、十四回、連続で避けた男――カシム・ドローレン。
彼が何を攻略したのか気になり、行きついた回答。それは――
「なるほど、あなたは耳がいい」
「――っ!」
いや、驚嘆すべきは集中力。
彼はこの歓声鳴り響く会場の中、耳を凝らして聞いていたのだ。
この鎧のパワーアシストの動作音を。
軍事計画化したことで、初期の図案か何かをどこかで見たのかな。
この鎧の弱点に気づく者はいるかもしれないと思っていた。
だからこの完成系は初号機から改良に改良を重ねて、着ているおれですらほとんど気にならない動作音なのに。
「耳は……よくありませんよ」
「ハッタリは効かない」
「いえ、王弟反乱の際、使用された魔道甲冑の動力部が回収された際、音を聞いたんです。それに近い音を知り合いの楽師にこしらえてもらい、毎日聴いてきました。要は慣れです」
それって……大会が始まる前からってこと? おれと闘うことをずっと想定して準備していたというのか?
異常なまでの執念。
何がこの男の原動力となっているんだ?
それに、動作音でおれの動きを先読みしたからと言って、全て避けきれる保証はない。さっきだって歓声が大きくなったタイミングでも避けていた。あの時は聞こえなかったはずだ。
おれは試しに、共鳴石を放り投げてみた。
地面に触れた瞬間、聴覚を奪うほどの音が発生。
おれは無駄に長い剣に隠れてるから大丈夫。
「ギャー!!! エドワード選手、何か投げました!! 耳がおかしくなりそうです!!」
これで動作音での先読みは不可能。
この状態でもおれの攻撃を避けられるかな?
「――っ!」
怯んでいない。
動き出しのタイミングが変わらない。
避けられる。
理屈は分からないが、避けられる。彼が攻略したのは鎧だけじゃない、おれもか? でもどこを? 何を?
パラノーツ式軍隊剣術をベースに、バルト剣術とジャパニーズ古流剣術を複合したおれ独自の剣技。パターンを読むのは不可能。だがこの圧倒的不利な状況で、カシムは自らおれの間合いに踏み込んできている。
ああ、術中に嵌っている。
目の前に謎がぶら下がっていると、考えることをやめられないワン。
カシムを倒すというより、おれはこの謎を見極めるために剣を振るった。
一刀目。斜めに振り下ろした剣をやはり躱された。この速度、絶対に目で追えてないだろ。
だが振り下ろした剣は標的を追う。『燕返し』!
また避けた。
かがんで避けたその態勢ではこれは躱せまい――クソ、また避けた。今の動き、避けるのに全力だったな。
即死なら出せる技がある。だが、ここでは無理だ。確実に決まる、即死しない場所に当てないと……
あれ?
もしかして、そういうことか。
なら――
「――ぐはっ!!!」
「――っ! 捕らえました!!! 大会始まって以来初!! カシム選手吹き飛んだ!!!これは一体……?――ああっ!!」
「得物を変えたようじゃな」
無駄に長い剣をやめたら、当たった。
やはりな。
「試合開始から、怒涛の攻撃を躱し続けたカシム選手!! 初めてもろに喰らいました!!!」
彼が先読みしていたのは、おれの思考全般というよりおれの攻撃箇所だったわけだ。
「なるほどのう」
「どういうことでしょう、ロイド様」
「正確無比、かつ絶対に避けられぬ隙を突いた攻撃。それが必ず来ると踏み、自分が避けられずに決まるであろう攻撃を、攻撃が来る前からひたすらに全力で避けておったのじゃ」
「ええ! そんなことできるんですか!!?」
普通は無理だ。攻撃には癖と性格的な要素も含まれるし、毎回最良の選択をするとは限らない。
これにはある種、おれへの絶対的信頼が必要になる。だが、彼はエドワードを知らないはず――だとすれば……
「まだ、やるか? カシム」
「ええ、やれますとも。この栄誉に預かるために私はここまできたのでございます、ロイド様」
えええ、なんでバレてるんだ?
あなたにはあそこにいるロイドがどう見えてるの?
「ロイドはあそこにいるが?」
「話し方が違います。それにロイド様の母君も超常の技の持ち主と聞き及んでおります」
だとしても、エドワードがおれだという事にはならないだろ。
「どうしておれだと分かった?」
「それは――試合の後にお話し致します」
言えよ、今言えよ、すぐ言えよ。
気になるだろうが。
「ならこれだけ教えて欲しい。今の攻撃、どうやって反応した?」
「はぁ……ふぅ、そろそろ不意を突かれるのではと予感が致しました――というのは答えになっていませんか?」
つまり、勘か。
「カシム選手、今の一撃でかなりのダメージを負ったようですが、続行するようです」
「武器が変わって読みを外した後も、反応して致命傷は避けたのじゃ。あやつ、エドワードの攻撃に慣れ始めておるな」
おれが無駄に長い剣の代わりに武器召喚したのはただの棒だ。フラウが剣を造るときに芯に使う、とにかく丈夫なただの棒。無駄に長い剣よりはるかに攻撃可能か所は広い。
これなら攻撃可能か所を絞るのは困難。
それでも反応したのは勝負への執念と覚悟か?
彼はおれがロイドだと最初から知って、それでも勝ちに来ている。
今の一撃で、あばらと鎖骨は折れたはずなのにあきらめていない。
予選とはいえ、決勝まで上り詰めたんだ。十分に栄誉な戦績だろう。でも、彼にはそれでは足りないというのか。
恐れ入った。
「次の攻撃は絶対に避けらない」
「――ふぅ、ふぅ、果たしてそれは……――っ!?」
おれの思考を読んでいたならそんなに驚くことはあるまい。
「――え? あれは!!!! えええ、でも……じゃあ、こちらは???」
「おいおい!! あれってエドワードか?」
「じゃあ、いままで戦ってたのって……」
「でも、あの方はずっと解説席に……」
「なんじゃ、もう良いのか?」
「ひゃあ!!? ロイド様だと思ってた方が突然銀髪のお姉さんになりましたぁーー!!! 闘技台ではエドワード選手だと思ってた方が、ロイド様にぃーっ!!!!!!?」
ごめんよ、フラウ。黒騎士の鎧は素晴らしい。けど、ここまでだ。
彼に名誉を授けたい。
このクルーゼ都市伯ロイド・バリリス・ギブソニアンに敗北したという名誉を。
次回、命がけでロイドに戦いを挑んでいた事務員カシムの正体とは、なぜ彼は無謀な戦いに身を投じたのか? どうしてエドワードがロイドだと知っていたか?
お楽しみに!!