幕間 国王
◆パラノーツ王国 国王 ブロウド・ピアシッド・パラノーツ
秋の〈狩猟祭〉が終わった今頃は、娘の誕生日パーティーに向けて計画を立てているはずだった。だが、それどころではない。
長くこの国に仕え、国境付近の防衛を担っていた家の一つ、ボスコーン家が一人の少年を殺めようとした。それも、余がいる〈狩猟祭〉の最中にだ。
これまでもボスコーン家の権謀術数は余の耳にも入ってきてはいた。だが明らかな証拠もなく裁くことは出来ぬし、防衛の継続の為ならば多少の横暴にも目を瞑ろうと思っていた。
しかし今回は情状酌量の余地が無い。ボスコーン家はおとりつぶし、当主は斬首とした。
計画の目的は家名を維持するためという身勝手なものだ。伝統があろうと、役目が重かろうと、子供を恐れ、殺そうとする者に国の防衛など任せられない。今回この陰謀が明るみに出たことで国家の膿を出すことができた。この功績は大きい。
「面を挙げよ」
この目の前にいる、小さな子供がやったこととは信じられん。だが余を前にしてこの堂々たる居住まいと貴族と遜色ない立ち振る舞いは、平民の生まれとは思えぬほど様になっている。周りにいる諸侯と遜色のない風格がある。
「此度の謀略を未然に防ぎ、正当なる裁きへと導いた手腕、見事であった。そなたの働きによって国家の政の不備が改められ、その威光が保たれることとなった。その功績を称え、余、パラノーツ王国、国王にしてローア大陸の北部を統べる者、古代パラミリアスの正統な血を受け継ぐもの、ブロウド・ピアシッド・パラノーツはヒースクリフ・ドラゴ・ギブソニアンが息子、ロイドに神々の恩寵たるピアシッド山脈が一つ、〈バリリス山〉より名を賜り、我が名においては『子爵』を授けることする!」
「陛下! 発言をお許しください!」
やはり、そうすんなりとはいかん。諸侯としては面白くない話だ。六歳の平民出の子供に男爵の上の子爵位を与えるなど前代未聞。
「良い。なんだ?」
「はい、確かにこの者は見事な働きをして国家に正義をもたらしました。しかし、爵位を与えるのは早急なご判断かと。せめてこのものが成人するまで待ってはどうでしょうか? 位もまずは男爵からが諸侯の反感も薄いかと……」
「だめだ。此度の陰謀はこの者の命を脅かしたが、今後同じことが起きんとも限らん。ならば、すでに人の上に立つ力と知恵を有していると余は考え、それに相応しい身分を与えることで今後の間違いを絶つ。これは国の平穏を維持するための措置である。また、この者は魔導士の才覚に富み、宮廷魔導士と遜色ない力と聞いている。このような麒麟児をいつまでも『ギブソニアン家養子』と呼ぶわけにはいくまい」
ヒースクリフよ、よくやってくれた。市井から生来の魔導士を見つけ出したのだ。この子は必ず国に多大な恩恵をもたらしてくれるだろう。新たな技術、理論をこの国の魔導士に授ける革新者となるかもしれん。
「しかし陛下、だとしてもピアシッド山の一つから称号を与えるのはいかがでしょうか? その名は代々王族と公爵家が神々より授かりし名です。これは伝統です。陛下はそれを破棄してまで、この者に王の後継者としての権利までお与えになるおつもりですか?」
王国の北西にそびえる山脈は【ピアシッド山脈】と呼ばれ、北からの冷たい風と雪から国土を護ってくれている。神殿の神々の信仰とは別の古の信仰だ。ゆえに国の大事を与る我々王族と王家の血を引く公爵家のみがその山脈より名を受け継ぐ。そして王がその山々を一つに束ね国としてまとめ上げる。その為、王には〈ピアシッド〉の名が神より授けられる。つまりピアシッド山脈に連なる山の名を授けられることは王族に加えられることを意味する。
「この者のこれからの働きに期待しているということだ。すぐに王家に迎え入れようとは思って居らぬ」
とはいえできれば娘と婚約させて王家に加える方が安心だ。この子が将来他国に出奔してしまうのは避けたい。〈対軍級魔法〉の使い手は王都にもそう多くはいない。それどころかロイドは〈対界級魔法〉も使えるのではと噂されている。
この先の王国の安寧の為にバリリス山と同じく強大で心強い守護者を得るか、それとも一抹の不安を残すか、今ここがその分水嶺である。
余は得ることによって失うのが伝統だというなら、守護者を得る方を選ぶ。先人たちもそうするだろう。
沈黙を見て取ったロイド・ギブソニアンが静寂を打ち破った。
「身に余る光栄にございます、陛下。賜わりし偉大な御名に適う臣となるべく、今後も研鑽に励みこの王道楽土の益々の繁栄と、人々の安寧のため、微力ながら全力を尽くします。神々とピアシッドの山々に、正義・誠実・忠誠を誓い、謹んで〈バリリス〉の御名を拝受致します」
観衆がどよめいた。余も驚いた。胸が高鳴ったというのが正しいか。
大抵の貴族の子息は爵位を授与する際、皆同じことを言う。
「謹んで御身にお仕えいたします」
これだけだ。事前に授与を伝えていても皆これを言う。
だが、急遽余の独断で決定した授与の義で、ロイドは王の前にかしずき、忠誠の言葉をよどみなく話した。
その豪胆ぶりと品格は、誇りある貴族の体現であった。
「六歳……これでまだ……!?」
「陰謀をつぶしたなど信じられなかったが本当に……」
「陰謀潰しの麒麟児、末恐ろしくも頼もしい」
「このような逸材がこの王国にも……」
「将来が楽しみだ。ローア大陸一の、いや〈清高十選〉に選ばれてもおかしくない!」
「「おおう! バリリス侯!陰謀潰しのバリリス侯!」」
どよめきはすぐさま喝采に変わった。
「……うむ、そなたの今後に期待するぞバリリス侯。ところで……」
「はい」
「今の誓いの言葉はいつから用意していた?」
「「「フハハハハ!」」」
観衆は余の意地の悪い質問に笑い出した。
「本心です、陛下。申し訳ございません、公儀の場で話すのは初めてでしたので、どこかおかしかったでしょうか?」
「「「アハハハハハハ!」」」
よし、娘の誕生パーティーの計画を立てるか。
バリリス候を呼ぶとしよう……