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幕間 凡夫夢想



 この物語はある一人の男の夢の話でございます。


 私ですか? 誰でもいいでしょう。ただ、私は彼――カシム・ドローレンのことを知っていて、皆さんに彼のことを知って欲しい者でございます。




 ごくありふれた家に生まれたカシムには夢がございました。騎士になること。幼いころから剣を振り、軍に入りました。平民の彼が騎士と呼ばれるにはそこで昇格し、自分の隊を持たなければなりません。

 残念ながらそれは叶いませんでした。


 最初の任務、魔獣との戦いで負傷し、彼の利き腕は動かなくなってしまったのです。


 若くして挫折した彼は、そのまま軍務局で働くことになります。

 事務仕事をしながら、幼い訓練生に剣を教えることなどの職務を与えられたのです。

 ですが、彼は騎士としての未来が絶たれた後も、剣の鍛錬を続けました。


 三十歳を過ぎたころ、訓練生の相手から外されました。彼は一日中座って書類に不備がないかを確認する仕事をさせられました。

 そんな彼には彼を愛する妻が居ました。そこそこの店を持つ商家の娘で、彼女は夫に商売の方を手伝って欲しいと願いました。夫には出世が期待できない書類仕事よりできることがたくさんあるはずだ。そう信じていたからです。また、その方が彼のためになると思っていました。

 カシムは温厚で人の頼みを断れないお人好しな性格をしています。ですが、この時ばかりは妻の意見に反抗しました。なぜなのかと問うても、ハッキリとした答えは返ってきません。


 きっと彼自身、なぜそこまで騎士に固執するのかわからなかったのでしょう。


 40歳を過ぎた頃、子供たちは独り立ちしました。

 もう夢を追うような歳ではない。危ないからやめて欲しいと妻に言われ、ようやく彼も剣を置くことにしました。

 

 ただし、国際剣闘大会の予選に参加して負けたら。


 最後に、これに参加して区切りをつけたいと、カシムは妻を説得しました。軍務局の方々からはひどく罵られ、止められたそうです。体面があるのですから当然でしょう。負ければ役職を失い、最悪の場合免職されてしまうかもしれません。


 それでも、カシムは退きませんでした。


 無謀な挑戦。

 衰え、実戦経験はほぼ無く、仕事の合間に剣を振っていただけの騎士を夢見る男。


 バカだと笑われても彼は本気でした。

 彼自身、現実的な厳しさは理解していたはずです。。

 才能の無い者が、片腕で勝てる程甘いものではない。


「何も挑戦せずに終わらせたら、これまでの自分を裏切ることになる。自分を否定して生きたら、自分じゃなくなる――まぁ、ただの意地なんだけど……」


 妻は大会参加を許しました。


 一回戦、負けても無事に戻ってくれればいい。それであきらめがつくならやらせたい。

 

 しかし、その考え通りにはいきませんでした。


 カシムは何度も、命と勝利を天秤にかけるような無謀な戦い方をして、泥臭く、騎士とはかけ離れた戦いで勝利していきました。


 実況の方が困るような、華の無い、戦いに観客の方々からは大きな不満の声が上がり、誰も彼の勝利を称賛することはありませんでした。

 彼の努力を知る、妻を除いて。



 長く軍務で書類仕事をしてきた彼は、兵士の死因や新しい戦術、有名な人物についての詳細などに目を通し、どうすれば自分でも――才能がなく、片腕が使えない自分でも勝てるかを研究していたのです。

 闘いの記録を調べ上げ、常に相手の弱点を把握し、そこだけを突く。一度の闘いに膨大な戦術を練り上げ、相手が油断しているうちに決定打を撃ち、勝率を上げる。


 カシムが夢見ていた騎士は少年たちの淡い幻想の中にある理想像などではなく、戦場で生きるか死ぬかに名誉と誇りを賭けられる者だったのです。

 


「準決勝酷かったな」

「もし、あいつがクルーゼ支部の代表になったらどうすんだ?」

「いや、マグレはもう続かないって。次はあのエドワードだからな」


 

 誰も彼の健闘や善戦を期待してはいません。

 不当に勝ち上がった身の程知らずへの鉄槌を期待しているのです。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」


 いかにも弱弱しい、自信の無い顔とは裏腹に、彼の声には力がこもっていました。


 歓声を浴びるエドワード選手とは対照的に、罵声を浴びながら闘技台に登り、剣を構える。


 恐ろしいだろうに、その構えは何十年も繰り返してきた、いつもの自然な構えでした。

 周囲の目にはどう映っているのかわかりませんが、私の眼には美しく、その姿は誇らしく見えました。



 おそらく、世界のだれも彼を認めないでしょう。

 でも私だけは、信じています。


 カシムはもう、立派な騎士なのだと。


「黒騎士モードのエドワード選手! 手には二回戦で使用した鋭角の……あのロイド様、あの剣は何という武器ですか?」

「無駄に長い剣、じゃな」

「あはは、かっこ悪い――あああ、すいません!!!! おや、珍しい。エドワード選手が構えましたね」


 エドワード選手は構えました。闘いの構えではなく、決闘の前の礼儀として。


「いざ」

「……っ! ――いざっ!!」


 エドワード選手がカシムを知っているのかどうかわかりません。でも、彼はカシムを騎士として認めて下さったように思えました。



 それから身体が震えるような感覚を覚えました。会場から音が消えたのです。


 この空気を生み出しているエドワード選手を前に、カシムが歩を進め始めました。


 それは一つの答えだと思うのです。

 才能も環境も、運も無く、ただ夢を追う者でも、努力すればそれを叶えられるのでしょうか?

 

 ああ違いますね。


 彼には彼の良さがあり、それを努力で才能に変えた。

 我慢強さ。

 直向きさ。

 志の高さ。

 純粋さ。


 それが騎士としての力として結実するには努力が不可欠で、他の人よりも時間が掛かったというだけのこと。


 信じる力と一歩踏み出す勇気。なりたい自分へ自分を成長させ続けて、今、彼はその集大成を見せてくれようとしている。


 だからどうか、多くの方にも見ていただきたいのです。


 彼が夢を叶えたその先を……

 




いつも読んでいただきありがとうございます。

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