8.決勝進出
準決勝二回戦の解説は私、ロイド(本物)がお送りします。
「今日はよろしく頼む」
「え? はい……あの、さっきまでご一緒だった司会の者です」
あ、顔を忘れられたと思われたようだ。ずいぶんと母様と仲良くお仕事してたのに、直後に初めまして感を出したらそりゃ悲しいよね。
気まずい。
「失礼した。今のは忘れてくれ、冗談だ」
「は、はい……」
やめてくれ、その別人? みたいな視線。さっきまでが別人だったのよ。
「無名から優勝候補筆頭にまで登りつめたエドワード選手と戦うのはどちらか? いよいよ、準決勝第二試合、開始です!!」
会場全体が揺れるような熱狂と興奮。
この大会の優勝候補はジゼルと、もう一人。
あの男――
「両手を突き上げ、勝利宣言! 海の冒険者、ルイ・グランド!!!」
金級冒険者、通称【海竜】
奴の気迫がここまで伝わってくる。
鍛え抜かれた巨大な筋肉。鋭い眼光。
金級冒険者らしいが――
「あの、ロイド様も何かコメントを」
「ああ……彼が身体に巻き付けているあの武器」
「太い鎖ですね〜!!」
「ああ、鉄球が付いてるから、モーニングスターだな。これまではあれを使うことなく勝利している。実力は見せていないということだ。だが、あの動きはただの海の荒くれ者というわけではなさそうだ」
ギルドの能力値とは違うが、おれの中で強さを単純に数値化している。
マスやオリヴィア、ピアースが7。
リトナリアさん、マイヤ隊長、マドルは8で、タンクが9。
リースが15、ノワールさんが22。
ちなみに一般的な金級冒険者が6ぐらい。ジゼルがここ。
あくまで根拠のない直感だけど、ルイ・グランドがもし実力を開放したら、8まで行くかもしれない。
次の試合で当たる。
そう思っていた。
◇
「――これは……意外な、と言っては失礼ですが、波乱の結末を迎えました……」
熱狂に満ちていた会場からはブーイング。
当然だ。あの試合内容ではな。
「ロイド様……いかがでいたか?」
司会の娘も困っておれに振って来た。
語るべきはルイ・グランドの圧巻の試合運びと、怒涛の攻撃。
その巨体からは想像できない俊敏な動きと、察知能力で的確な技を繰り出した。いくつもの修羅場を潜り抜けて来たことに裏付けられる正確で素早い判断。アクシデントにも冷静に対応する柔軟性。
変幻自在、縦横無尽に放たれたモーニングスター。
闘技台を叩き割る破壊力は見る者に恐怖を植え付けた。
だが、彼は負けた。
傍目には運が悪かったとしかいえない内容だった。
「勝負は勝負だ。勝った方が強かった。それが全てだ」
「そうですよね。いずれにしても次の試合に勝ち進んだのは異色の経歴で参加した、軍務局事務員のカシム・ドローレン!!! あ、ものは投げないで下さい!!!」
勝負の決め手は最初にルイが出したストレートパンチをカシムが避けた時だ。
彼には絶対に避けられない。だが意識を絶ち、殺さない程度の打撃。完璧な力加減だった。
カシムは避けた。
見切ったにしては早すぎる。あれは勘で避けたんだ。一か八か。避けたと同時に脚に切りつけた。カシムは一般的な兵が持つ両刃の剣を片手で持ち振るっていた。
それは特別鋭い一撃でもなく、早くもなかったが、不意を突かれたルイは脚にかすり傷を負った。
だが、ルイの様子が変わった。
おそらく、古傷かなにかに当たったのだろう。傷の深さの割に彼の動きに冴えが無くなった。それでも両者の間には埋めようもない力の差があった。
簡単にカシムは追い詰められた。
勝負が決まったと思われた攻撃。これをまたカシムは紙一重で避けた。これも勘だろう。動き出しが早かった。ルイはバカじゃない。同じ轍は踏まなかった。避けた瞬間に切り込んできた剣は片手で防いだ。
ところが、カシムの剣は簡単に折れた。刃先が折れた剣はそのままの勢いで、ルイに当たった。今度も大して切り込むことは無かったが、同じところに当たり、ルイが片膝をついた。
古傷が開いたらしく、出血した。
その後も同じようなことがあり、ルイが動けなくなるまでカシムが逃げ切り勝利した。
結果的に、ルイの運が悪かったのが敗因に見えた。
カシムの力は大きく見積もっても2。並の兵士レベル。
これで、クルーゼ支部の代表決定戦が消化試合と化してしまった。