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幕間 因果応報



 山間にある街から遠く離れた小さな村。

 そこで私は祖父と二人暮らしだった。

 

 村からさらに離れた山小屋。

 鍛冶仕事をする祖父の背中が私に残る一番古い記憶だ。



 もっとも、鍛冶仕事をしている時間より、酒を飲んでいる時間の方が長かった人だけれど。


「おい、じいさん、昼間っから飲み過ぎじゃねぇのか?」

「うるせー客が酒飲んで悪いのか!」


 貧しい暮らし、憐れむ村人の視線。

 漠然とした恐怖と戸惑い。

 この繰り返しから抜け出したかった。


「はぁ、じいさん。お迎えが来てるぞ」

「バカヤロー! こちとらまだ死ぬような歳じゃねー!!」

「いや、フラウちゃんがね」

「あん? おおう、フラウ。おめぇも飲むか?」


 毎日酒を飲んで騒ぎ、村では変わり者扱いだった。

 彼の造ったものは売れず、村の人の施しと農具の修理、山菜を売ったりして何とか生活していた。


 だから何かしようと考えた。


「街に行ってくる」

「なに?」


 村には剣や槍を買う客などいない。


「はっ! おれの造った剣で魔獣と戦うバカを探そうってのか? なんだ、おめぇ何背負ってやがる? まさか……」

「私が造った」


 毎日彼の手伝いをしていて覚えた。知らないこともなんとなくできた。

 村に酒を飲みに行っている間、私は武器を造った。

 彼のものよりも出来は良かった。


「すごいじゃないか!! フラウちゃんが造ったのかい!!」

「おお! こりゃすげぇ!! じいさんのなまくらとは違うな」

「これなら都で高く買ってもらえるんじゃないか?」

「――ッ! ふざけるな!!」

「え?」


 彼は激昂し私の造った剣を奪い取って放り投げた。

 石壁に叩きつけれられた剣は刃こぼれしてしまった。


「な……んで?」

「おい!! そりゃねぇだろ、じいさん!! あんたの孫娘が頑張って造ったものを――」

「ははは!! 頑張って造った? この程度で壊れる半端なもんを買うのなんざ素人よ。大体これを造った鉄、炭はおれのもんだろ!! 勝手に鍛冶場に入りやがって!!!」

「……ご、ごめん」


 彼が怒った理由がそれではないことは分かっていた。

 私は約束を破ろうとした。


 祖父はそれを止めたかったのだ。


「おい、じいさん。この子を育てるのにあんた一人で苦労しているからみんな気を使ってやってんだ」


 その日はいつもよりひどいケンカになりそうだった。


「ふん! 頼んだ覚えはない!」

「この分からず屋!!」


「やめて!」


 彼を殴ろうとした店主のおじさんを必死で止めた。

 


「ふん。フラウ、使った分の炭焼きをやれ。今日中にな」


 彼は酒を煽って店から出ていった。


「フラウちゃん。村の皆は心配なんだ。あんな山の中の小屋でずっとじいさんの世話をしていくわけにもいかないだろ?」

「そうだよ。あんたもう十五歳だろ? 顔のすすをとれば別嬪だし、物覚えも言葉遣いもいいんだから嫁の貰い手ぐらい見つかるわよ」


 皆私を気遣ってくれた。

 でも、彼が怒った本当の理由は私が約束を破ろうとしたから。


 ――この村から出ない――


 それが幼いころから彼と交わしていた約束だった。

 理由は知らないがずっと守ってきた。

 でも生活のことを考えればここに居続けるのは厳しい。

 

 そこで、私は抜け道を見つけた。


 信用できる行商人に剣を預けて、売れたら半分の代金をもらう。

 これが上手くいった。


 彼もこの方法に異議はなかったらしく、私が鍛冶場の炉に火を入れても咎めなくなった。



 しかし、ある時事態は一変した。



「この村に! この剣を打ち出した鍛冶師いると聞いて来た!!」


「おい、都の兵隊だ」


 私の剣の評判を聞きつけ、兵団の武器職人として迎えに来たのだ。


「ほう、この少女がこの名剣を?」

「は、はい」

「フラウは渡さねぇ! とっとと帰れ!」

「お、おい何言ってんだじいさん! 大出世だぞ!!」

「フラウはここからどこにも行かねぇ!そんななまくらを名剣と言ってる馬鹿どもに任せられるか!」

「何だと……? この酔っ払いめ!」


 彼は都の兵に殴られ、倒され、投げ飛ばされた。

 村人たちは冷めた目でそれを眺めていた。

 私も今回は止めなかった。

 自業自得だと思ってただ見ていた。


 村人たちからの勧めもあって、私は、自分を育ててくれた祖父の元を離れることにした。


 都での暮らしは私を変えた。

 

 ただ剣を造れば認められ、食事に困ることはない。いい暮らしができた。

 金をもらえれば誰の依頼でも受けた。


 


 私は気づいていた。

 私の剣や槍や斧で、善人が悪人に殺されていることを。

 依頼された時、私にはその依頼者が何をするかなぜかわかった。


 そうして、五年が経ったある日、報いを受けた。



「きゃああああああ!!!」

「なんだあれは!!?」

「やめてぇ!!! 殺さないで!!」



 突如、都は炎に包まれた。


 兵団はことごとく敗れ、混乱に陥った。


 私は行き場を無くし、別の都へ行った。そこでも同じように剣を造っていい生活ができた。

 半年後、その都も消えた。


 魔獣や軍隊ではない。


 何かが起きた。


 その“何か”はどこに行っても私を追ってきた。

 そう、私を追ってきていた。

 行く先々で、何かによる殺しは続き、十年が過ぎたころ私は元居た小屋に戻った。


「おおう、フラウ……戻ったのか……」


 彼は以前のような気力は無く、床に伏せっていた。

 私はそれまでのことを懺悔のように打ち明けた。彼はそれを優しく聞き続けてくれた。

 今思えば自分の死期を悟って、私と会話できる最後の機会だと分かっていたのだろう。


「ごめんなさい。おじいさんの言う通り、ずっとここにいるべきだった」

「いや、わしが悪いんだ。お前に正直に話すべきだった」

「え? 何を?」

「……長い話だ。先に水を汲んできてくれ……」

「うん」


 私が戻った時、奇妙なものが目に飛び込んできた。

 

 人とも動物とも言えない。

 

 一つ目の巨人。

 

 それが首を半分斬られ、頭を支えている。


 私は直感した。これが私を追って来た“何か”なのだと。


 おじいさんは折れた剣を握って倒れていた。私が最初に造った剣だった。

 小屋は潰れ、地面がえぐれていた。

 

 私は咄嗟に腰につけていた鉈を振りかぶった。

 

「うわあああああああ!!!!!!!」

 

 必死で振り回した鉈がたまたま巨人の腕を斬り落とし、続いて首を斬り飛ばした。


 驚いた顔の一つ目の首から断末魔が聞こえた気がした。


《ゲームに勝ったな! 約束は守る! 契約通りお前は自由だ!》

「はぁ、はぁ、はぁ――?」


 何の話か分からなかった。


(ただし、おれを殺した代償はいただく。はははははははは!! お前は永遠に争いを生む存在として生き続けるがいい!!)





 私がどこの生まれかは分からなかった。

 おじいさんは話す前に死んでしまった。私を護るために。


 でも、遺品から立派な剣と鎧が出て来た。その造りからどこの国のものか探してまわり、吟遊詩人や言い伝えを知る人に聞いて回った。



――――数十年前に滅びた小国。


 優れた武器を創るため、王が禁断の術を使い、異界より“何か”を呼び出した。それは王と契約を結んだ。

 王家で生まれた子供を生贄にする。

 その代わりに王家の者はすぐれた武器を生み出す才能に恵まれる。

 契約は双方のどちらかが死んだ場合無効となる。


 そのおかげで国は繁栄したが、王は契約を守らなかったため“何か”は国を滅ぼした。

 王は子供を生贄にできなかった。そのせいで国が滅んだ。

 しかし、子供は王の信頼する最高の戦士に託され、今もどこかで生きている―――――



 私がその生贄を逃れた子供だったのかは定かではない。

 記録はただの作り話かもしれない。

 ただ、私は一つ目の巨人が言ったように、武器を作り続けた。老いることなく、成長が止まることも無かった。


 人並みの幸せを得た瞬間もあったが、長く続いたことはなく、いつしか武器を造る以外への興味も薄れていった。


 いつか、あの一つ目の巨人のようになる気がした。

 

 私は造る相手を選ぶようになった。

 人を救う者の力となるように。

 私が怪物になっても、殺せるように。


 それが私のせいで死んだ人たちへの贖罪につながると信じて。



「ロイド、幽鬼は欠陥ばかりだから使わないんじゃないのか?」

「使いこないしていないと思われるのは心外だから、練習した」


 最近、久しぶりに一人の依頼主のところに長居している。

 相変わらず、私の元にはろくでもない者からの依頼が舞い込んでくるが、この依頼主には大した災いにもならないようだ。


「結局、一流は何を使っても一流ということだよね」

「そうか」

「何が言いたいか分かった? つまり、この鎧はおれが使うことで一流となるんだ。よって、フラウ、君も一流の仲間入りだ。おめでとぉ!!」


 注文の多い依頼主には腹が立つが、なぜかここを離れる気にならない。

 ふと気が付くと、武器を造っていないときの時間も早く過ぎていく。

 食事がおいしく感じる。

                              

 くだらない長話をして、仕事をして、ロイドの嫁が作った名前の分からない料理を食べている時、唐突に呪いから解放された感じがした。




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