6.趣味実用
薄ぼんやりと意識が覚醒した。
控室だな。黒髪のイケメンがこちらをのぞき込んでいる。フラウレス(女)だった。
「水だ。塩を入れてある。飲め」
フラウレスに支えられて水を飲んだ。
水分を取って意識が戻ると状況が飲み込めて来た。
「あれからどれくらい経った?」
「まだ一時間も経ってないわ」
「心配しましたよ、ロイド様」
姫、ヴィオラ、心配させてしまったか。
「おや、君も悪かったね」
「いえ、その……申し訳ございませんでした」
「どうして謝る? 騙していたのはおれの方だ」
行きがかり上、ジゼルにはバレてしまったようだ。
ぐへへ、勝ったらおれのものにしてやるぜ、とか言っちゃったのにバレた。恥ずかしい。
なんかかっこいいこと言ってごまかそう。
「君はこのおれを追い詰めた。誇って欲しい」
「私はロイド様と戦ったのではありません。黒騎士エドワードと戦ったのです。属性魔法を使われていれば私に勝ち目はありませんでした」
「それを言うのなら、おれは黒騎士エドワードとして戦い、君に追い詰められた。おれが勝てたのは他人の力を使ったからだ」
「ロイド、なぜもっと早く『幽鬼』を使わなかった?」
フラウレス、試合見に来ていたのか。いや、おれが見に来いと言ったんだった。
「あれは、だって……フラウレスの造った鎧だから」
「は?」
いや、言いたいことは分かる。黒騎士の方もフラウレスが全面的に造りました。おれはちょちょいと基礎フレームに魔法陣を仕込んだだけだ。
でもね、アイディアは結構おれが出したじゃん。いや、魔力によるパワーアシストの基礎理論はおれが考えた。おれに著作権があると裁判で争える。
でも白い鎧――『幽鬼』はおれが全く関わっていない、完全にフラウレスのオリジナルだ。ロマンの話をしたら彼女が勝手に造っていた。だから、武器庫に在ったとはいえ、使うのは躊躇した。
「つまり、あの鎧を使って勝ったのはおれではなく、フラウレスなんだ」
「めんどくさいな、お前」
ぐぅ、うるさいやい。
それに幽鬼には欠陥もあるし、使う側としてはあんまり多用したくないんだ。
「その鎧に、私はどのようにして負けたのでしょうか? 私の蒸気は効かなかったのですか?」
幽鬼には独特の技術が使われている。
素材は金属ではない。ドラゴンの髭を縒って作った弦。
世界樹の枝、樹液、火竜の牙。
「熱伝導性が低い木に耐熱性の高い火竜の牙を溶かして樹液で固めた。ロイドが熱で苦戦するのは分かっていたからな」
くぅ!! 後になってからなら何とでも言えるよね!!!
それに実用性を追求した割には実用的じゃないぞ。
かと言ってロマンの欠片もないしね!!
「あと、最速の鎧を造ってみたかった」
それは良きロマン。
「私にはロイド様が消えたように感じたのですが。闘技台全体を蒸気で感知していたのに」
魔力で油圧式シリンダーを動かす黒騎士と違い、幽鬼は各関節に魔力で弦を引き絞る装置がある。木で出来た基礎フレームをしならせ、開放することで、全身を弾き出す。
要するにマスが使っている魔弓の鎧版だ。
鎧が弓で、おれが矢にされる。
だが高速で移動できる代わりに使った後むち打ちになる。
この鎧は一度弦を魔力で引き絞った後、段階的に開放し、その後はまた引き絞らなければならない。つまり、攻撃にタメが必要で、攻撃の後には大きな隙ができる。
連続で使えるのは三回だ。同じ攻撃を三回繰り返すことになる。この三回の攻撃で敵を倒せないと、再びタメをつくるまで相手に待ってもらわなければならない。
移動速度を上げるため、装甲が木材と牙を使い超軽量化している。普通の革鎧よりも軽い。装甲に金属を使ってないから反撃を食らったらすぐぺしゃんこだろう。
スピードに特化したため武器も刃状の長い爪が付いているだけ。
こんな長い爪じゃお米も砥げやしない。
「さらに言えば、どこの弦を弾き絞ってしならせるか、全身くまなく考えないと普通に歩くこともできない!!」
魔力に反応するノワール合金がないから、オートで動かないのだ。パターンを決めて、その通りの技を出すしかない。
「少しは信用しろ。この装甲は並の攻撃では壊れない。それにこの爪で十分戦える。お前が使いこなしていないだけだぞ」
確かに、今はまだ移動しかできないんだよなぁ。もっと練習しますんで!
ん? おれの威厳ってどこに行った?
言っておくが、この鎧を使いこなせるのはこの世におれぐらいの者だぞ?
だって、一番の欠陥は、張り巡らした弦のせいで転移で換装しないと着られないという点だ。
「私の武器を得た者は皆満足する。クレームばかり言って、使うのを避けるのはお前が初めてだ」
そんなこと言って、なんだかんだアイデアを取り入れてくれる。たまに殴るけど。
完成したら満足そうだし。造ってるとき楽しそうじゃん。
素材渡すとちょっとテンション上がるし。
いや、おれもね。
最初のころは言ってみただけなんだ。
そもそも黒騎士の鎧だって、メインフレームを彼女しか造れないから、量産するためにどう造っているのか見ようとしただけだった。
でも、現実的な枠にはまった装備を、彼女の技術は理想とロマンに満ちたものに変えた。おれはアイデアをセーブしなくてもいい。
自分がイメージしたものがどんどん形になるなんて楽しくて仕方ない。
「それを言うなら、おれの身分を知って態度を変えなかったのはあなたが初めてだ」
「それを気にしてない奴もお前が初めてだ。殴って立ってたのもお前が初めて」
他でやるなよ!?
おれ以外にやってたら即処刑だからね!?
「あらあら、二人は仲が良いのね」
「お友達みたいですね」
「「友達?」」
あれ……?
おれって友達いたっけ? 仲間はいるけど共通の趣味を持つ友達ってこっちきて初めてかも……
なんか、そう言われると照れる。
でも確かに、おれのこの趣味に付き合い、理解できるのはこの世に彼女しかいないのだ。
「ロイド、私のことはフラウでいいよ」
「そうか。フラウ、おれのことはロイド様と呼べよ」
上から拳が降ってきた。
ああ、これが友達か。
次話はフラウの幕間です。