4.傀儡遊戯
国際剣闘大会、クルーゼ支部予選は大いに盛り上がりを見せた。他の都市から観覧に来るものが増え、それに比例し街の経済もうるおっている。
そこで、この都市を治める領主として、三回戦出場を決めた上位八名を屋敷に招待した。
それぞれ思い思いに着飾り、やや緊張した様子だ。
「金級冒険者のジゼル・ライガーです。かの有名なクルーゼ都市伯ロイド様に拝謁が叶い、光栄に存じます」
「知っているよ、確か冒険者パーティー【灼熱の奏者】のリーダーだね」
「感激です! ロイド様に知っていただけてたとは!!」
そりゃ、次に君を倒すのはおれだからね。
ちょっと罪悪感。
上位八名の冒険者、騎士、武芸者を招待したのはもちろん、ここまでの戦いぶりを称えるためだ。上手い料理と酒でおもてなしする。体調を万全にして、試合のことだけ集中して欲しい。
しかし、理由は他にもある。
「領主様、王女殿下、お初に御目にかかります。エドワード・デュークにございます。本日はこのような素晴らしい宴にご招待いただきありがとう存じまする」
「貴公の戦いぶりは見事であった。今日は存分に楽しんでいってくれ」
「勿体無きお言葉」
フフフ、どうだね?
おれとエドワードが話すのをみんなに見せることでおれがエドワードであるという疑いを晴らす作戦だ。悪くないだろう。
え? そもそも疑われてたのかって?
疑われてたね。
おれが武器召喚したせいだね。
あと、エドワードが戦っているときおれが居ないもんね。
魔道甲冑の製作責任者もおれだもんね。
街中、エドワードってロイドじゃね? っていう噂で持ち切りだったよ。
だが、それは全部想定内だ。
こういう時のために替え玉を準備していたのさ。
「黒騎士エドワード、王女殿下と都市伯様の御前で鎧兜を付けたままとはどういうつもりなのだ?」
ジゼルがエドワードに礼儀を説いている、と見せかけて顔を確認する気だな。
「これは大変失礼仕った」
エドワードがヘルメットを外した。
「え?」
もちろん、替え玉役においても抜かりはない。
「作法に疎いものゆえ、無礼をお許しください閣下」
「構わない。元よりこの会は無礼講。気を楽にして食事を楽しんでくれたまえ」
ヘルメットの下を見た彼女は茫然としている。
彼女だけでなく、他の者たちも興味深そうに彼の顔を見ている。
「あなたがエドワード?」
「なにかおかしいですか、お嬢さん?」
「い、いえ、おかしいだなんて、そんな……あはは」
長い銀髪と甘いマスク。上品な話し方。どこか怪しげな魅力を漂わせるエドワードに女性陣が一斉に虜にされた。
大事なのはおれと関係がない人物。それでいて一目で黒騎士エドワードであると納得させるだけの存在感と風格。それにおれと同じ体格、同じ声色。これらの条件をクリアしつつ、今回の大会に出ていない者。
そんな奴が実際にいたとしても、こんな影武者なんて引き受けないだろう。
だからこの架空の人物を造った。
母様の式神だ。
銀の魔王のほぼ半身として生み出されたこの式神は圧倒的な存在感を放つ!
母様の意思で完璧に人間に見える!
受け答えだけでなく微妙な表情も完璧!
イケメンである必要はないけど、それは母様の趣味だ。
「あれだけの強さ、ロイド様だと思ったが……別人だったのか?」
「あの存在感はただ者ではないな」
しめしめ、信じてるな。
「それでは皆さん、どうぞご存分に。食事を楽しむも良し、交流を図るも良し。訓練場を利用したい方はどうぞ。飲み過ぎには注意してください。宿泊は料金が発生しますからね」
ややウケだった。
あいさつを終えると、歓談しながらの食事となった。
おやおや、あいさつが終わって女の子に囲まれてしまって……大人気じゃないかエドワード君。
「母様、何を話しているのですか?」
「これ、話しかけるでない。今大事なところじゃ」
なんだ? やけに真剣だ。
出場者同士はやはり距離を保っているが、エドワードは人気者らしい。
何話してるのか気になる。
「「「「キャー」」」」
黄色い歓声や笑い声が聞こえる。
超気になる。
ジゼルもさっきまでおれの偽物だと疑っていたくせに、もう完全にほの字だ。
司会の娘もデレデレしているが、酒のせいではなさそう。
「母様?」
「もう少しじゃ」
「何をされているんですか?」
「もう少しであの娘子たちを全員落とせるのじゃ」
なんでギャルゲーみたいなことしてるんですか!!
やめて下さいよ!
「もう、軽薄なキャラ付けしないで下さいよ! これからは寡黙な感じで行こうと思ってたのに」
「人気者にしてやろうとがんばったのにぃ」
いや楽しんでただけだよね?
「無職の女たらしになりそうね、あなた?」
「これについてはおれは悪くないはず!!」
姫、おれをにらむなら母様を止めてよね。
「ロイド様、失礼します。あちらの方がご挨拶をしたいと……」
助かったー。
「うん、ん?」
あの男。
おれが倒した成金装備の父親だ。
この宴には招待していないはず。
「これはクルーゼ都市伯殿、豪勢な宴ですな」
「あなたを招待した覚えはありませんが」
「おや、ですがこのように招待状が。手続きのミスでしょう。よくあることです」
ねーよ。
こいつ、金で誰かから買ったか、奪ったな。
「衛兵、この方を出口までお見送りして差し上げろ」
「なぁっ!! 私が帝国自治都市の議員だと分かっておっしゃっているのか?」
おいおい、お前こそ、おれが誰だかわかってるのか?
あのロイドさんだぞ?
「前にも言った通り、あなたの儲け話には興味がない。それに私の鍛冶師に勝手に依頼をする無作法を一度は許すとしても、二度目はない。信用を失ったな」
あの試合の前に突然やって来たこいつは息子の装備を造るようフラウレスに依頼した。
彼女を屋敷に住まわせてからフラウレスの噂を聞きつけた者が、やたらと依頼にやってくる。
それが興味本位の冒険者とかならいいが、腹に一物抱えていそうな輩が多い。
彼女自身、そういう奴の依頼は断っているらしく、ここを離れるとまで言い出した。迷惑な話だ。
フラウレスの見立てによればコイツは悪しき者。
おれもそう思う。
このクルーゼで商売をしたいと押しつけがましく融資と利権について力説してきたが断った。帝国自治都市の議員? 知らんわ!!
「この港湾都市の対岸にあるのは自治都市。そことの交易が無ければ――」
「見ものだな。一議員の無礼で、この私とのつながりを失うとは。果たしてその自治都市は何を優先するだろうな?」
「……今日のところは失礼しますよ。顔を覚えていただけただけで十分でございます」
自称大人物の商人は衛兵に連れて行かれて出て行った。
やけに素直だ。
おれへのあいさつの前にどうやら、別の目的を達成したようだ。
「母様」
「うむ、奴のパーティーに招待された。狙いはエドワードらしいのう。どうする?」
「他の出場者が行くのにエドワードだけ行かないわけにはいかない」
三回戦まで五日ある。
あの男が企んでいるなら、ロイドとしてお仕事するだけだ。
今大会の不正、陰謀を阻止するため神鉄級のおれにはギルドから依頼がくる。
案の定、翌日にはギルドのお姉さんが報せに来た。
「エドワード・デュークの暗殺依頼が出されました。別の者に対処させますか?」
「いや、いい」
自分の領地の治安を守るため、おれは公然と力を振るえる。
そういう時間は大事だもんね。
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