11.王都(新)
熱が下がった!
「お元気になられて良かったです、坊ちゃま」
「坊ちゃま、街からこんなにお見舞いのお花が」
「今日は坊ちゃまの好きな料理にしましょう」
「本売りが来ていましたので坊ちゃまがお求めになりそうなものを見繕っておきました」
「南の辺境伯からお手紙と、贈り物をいくつか預かっていますよ」
「お洋服の仕立てをしなければ。坊ちゃま、本日お時間は如何ですか?」
「坊ちゃま……」
そんなに一度に言われてもわからないよ。
というか、皆なんでそんなにテンションが高いんだ?
すごい気を使われている気がする。
寝込んでいる間に、屋敷の雰囲気がガラリと変わった。それに知らない人も増えたような気がする。
ああ、そうか。
ボスコーン家にゆかりのあった使用人たちもさすがにここで大きな顔はできないから、辞めていったんだな。
新人たちは……いや、見覚えがある人もいるから出戻りもいるみたいだ。
「ロイド様のおかげで、みんな働きやすくなったと喜んでいます」
「そう、良かった」
「街の人も、商売がしやすくなったとかなんとか……」
ボスコーン家はどうやらこの領で好き勝手あくどい商売をしていたらしい。それも一斉に摘発されたようだ。本当に寄生虫みたいな奴らだな。
「ロイド、身体はもう平気かい?」
「父上、はい。もうすっかり良くなりました」
「そうか……でも、今日は一日ゆっくりしなさい。いきなり無理をしてぶり返してもいけない」
「はい」
「ロイド様、今日はお日様もぽかぽかで気持ちがいいですよ。お庭に出ませんか?」
ヴィオラから誘われては断れない。
久しぶりに外の空気を吸うのもいいか。
屋敷の庭の木陰に座って、本を読むことにした。
「あれ~、若様~病み上がりでヴィオラちゃんとデート~?」
ローレルがスパロウと共にやって来た。
「駐屯騎士は暇なんですか?」
この二人はこの広いベルグリッドを護る駐屯騎士の部隊長たちだ。ちゃんと仕事してますか?
「そんなことありませんよ。事実若様が寝ている間も」
「ちょっと! 今言う事?」
「あ、そっか、すまん」
「え? なんですか?」
ローレルが笑ってごまかしてくる。
これは何かあったのか?
こういう時ウソを付けないスパロウと、素直なヴィオラを追求したらすぐにわかった。
なんと、おれが寝ている間に襲撃があったらしい。
それも三回も。多いな!!!
「全部未然に防ぎましたよー。と言っても私たちだけじゃないですけどね」
「あの冒険者たちがしばらく残って屋敷を護ってたみたいです」
タンクたちが?
おれは頼んでないのになんで、おれのためにそこまで?
「若様はボスコーンの当主の刑が執行されて緊張の糸が切れてしまっていたけど、本当は当主が死んで逆上した者たちが南からやって来てからの方が危なかったんです」
そう言われてみればそうか。
あの時はもう精神的に限界でそんなことまで頭回らなかったよ。
「あの極銀級冒険者さんの伝言。『理屈で動かない奴にこそ気を付けろ!!!』だってさー」
「それで、彼らは……」
「もう発ちました。依頼が滞るからと……」
本当におれは大きな借りを作ってしまったようだな。
あれだけの大人物の協力を得られたからこその計画成功だった。
要は運が良かっただけだったんだな。
今考えると怖い。
「すごいですよねー。私~握手してもらっちゃいましたよ~」
「あの戦いぶりは格が違った」
「え? タンクですか?」
おれ、結局あの人がどう戦うのか見て無いんだよなー。
金級冒険者ですらあれだけ強いのに、その上なんてどんなだろう。
いなくなってから気になり始めた。
そんなことをぼんやり考えていると、父上の使用人が手紙を持って来た。
諸侯の紋章は一通り覚えたが、見覚えの無い印璽だ。
でも、この形をどこかで見たような……
「うわ。若様それって……」
おれが思い出すより早く、ローレルがそれに気が付いた。いつも飄々としている彼女が言葉に詰まるのはなぜか、おれもすぐに気がついた。
「……パラノーツ家の紋章。これは王家からの手紙……?」
こうしておれは、この王国を統べる国王ブロウドから王都に召喚されることとなった。
◇
ベルグリッド領から約二日。
「うわーすごい! あれって……七階建てだ!! あっちはもっと高い!!」
「ロイド……お前」
「父上、あれは闘技場ですか!? ギルドの演習場よりずっと広いですね!」
王都はさすがの発展ぶりで、見て楽しめるものがたくさんあった。
せっかくだし観光していきたいよね。
「ロイド、これからどこに行くのか、わかっているね?」
「はい、王宮ですよね! 見てみたかったんですよ!!」
国王からの召喚を受け、馬車で王宮までやって来た。
父上と使用人たちは緊張している。
一方おれは物珍しい王都の風景を楽しみ、帰りにどこに行きたいかを話していた。
当然、国王様に呼び出しを食らったんだから緊張はしている。もしかしなくても原因はボスコーン家との一件だ。おれのしたことはただの自衛行為だが、それで南部の勢力図が変わり、裁かれる関係者も大勢いた。
もちろんすごい怒られるかもしれないなーとは覚悟しているよ。
でも、もし状況が不利になっても切り抜けられる秘策があるのだ。
『あれー、ぼく何かしちゃいました?』
これだよ。すっとぼけ。
これで大体大丈夫だよ、きっと。
おれは六歳。子供のしたことにわざわざ国王様がそんな目くじらたてないでしょう。
このときおれは、そんな見当違いな心配をしていた。
結論から言って、無邪気な子供の演技をするにはもう遅かったのだ。