12.港湾へ
魔力楼で天高く上り、平野を見下ろすロイド。
山の中腹にある見晴らし台には、集まった諸侯と各国要人。
ローア人以外の異国人の方が多いという異例の状態で、ロイドの開発計画が実行に移されようとしていた。
・新港湾開発『リ・セクション』
目的 北部新港湾都市建設のためのクレイ平野除去と護岸工事及び湾の形成
工法 魔法
工程 四段階
①光魔法で平野に溝を掘る
②溝に沿って土魔法で護岸を造る
③光魔法で平野を大地から切り離す
④転移魔法で平野をどかす
建築主 ロイド・バリリス・ギブソニアン
設計者 ロイド・バリリス・ギブソニアン
施工者 ロイド・バリリス・ギブソニアン
着工日 神聖歴八紀12月24日
完了日 神聖歴八紀12月24日
「たった1日でこれだけ広い範囲を削るのか……」
「この固い岩を平らに均すって……どうやって?」
「光魔法を使うらしいが……」
「だから、どうやって光で大地を削るんだ?」
一同は奇妙な光に気が付いた。
最初、太陽の光かと思った光はロイドの方から地面に照射されていた。
すると今度は平野から煙が舞っているのが見えた。
一同が麓へ視線を降ろすと、平野がみるみる真っ赤に溶解し、時折岩が弾ける。
「火魔法か!?」
「だが、火が無いのにどうして!?」
「これが光魔法?」
「ロイド侯の造った対軍級魔法らしい」
光魔法には基礎級の『発光』『点滅』『集光』、対人級の『迷彩』『閃光』『光彩』までしか存在しないと思われてきた。
だがロイドの光魔法の威力は明らかに対魔級以上。
迷宮で雷魔法修得の過程で『光線』を修得したロイドであったが、六頭竜が使っていた『熱線』も習得していた。
しかしこの魔法を使うには『光線』よりも時間がかかる。風魔法で光を増幅する気体環境を整えて、その中で『閃光』と『集光』を同時に発動し続けてからでないと指向性のある強力な光は生み出せなかった。射程は短く安定しない上、日中の明るい時は制御できないというデメリットがあった。
光の収束を視覚に頼っていたのが原因であり、それは魔力視を獲得することで解決された。
今では『閃光』で増幅、『光彩』で波長を整え、『集光』で指向性を持たせるというシンプルな方法で再現できるようになった。光の拡散・収束の練度も上がり、日中でも太陽光をエネルギーに変換して使用可能だ。
『光線』が生物の水分を加熱・沸騰させて死に至らしめるメーザーであるのに対し、『熱線』は膨大なエネルギーを一点に集中させたレーザー。
ロイドはこの『熱線』をさらに複数同時発動することで、高速レーザー掘削を可能にした。
巨人が巨大な犂で土地を開墾したかのような、均等な溝が掘られ、凹凸の激しかった岩場が平らに均されていった。
「これだけ大規模な魔法を何という精密に……」
レーザーは半円状に村と平野の境を削っていく。
さらにその内側を深く、その内側はもっと深く削る。
すると、あたかも分度器で引いたような均等な半円が大地に描かれた。
削られてできた溝は階段のように段になっている。
「え?……終わった?」
ロイドの光魔法の正体を議論している間も無く、第一段階が終了した。
「ロイド侯は大地の形を変えられるのか……!」
どよめく貴族たち。
「なぜ自分たちの同胞の力にあれほど驚いているのだ?」
その反面エルフたち、共和国人、魔族たちは冷静だった。
「ホホホ、誠一は控え目な性格じゃからの」
葛葉はありとあらゆる人種に認められている息子が誇らしい。
《では皆さん手筈通りにお願いします》
空からメガホン――共鳴石を仕込んだもの――を使い指示を出す。
各地に均等に配置された魔導士たちが土魔法で溝の底の方から順番に押し固めていく。
一通り終わると護岸に当たる部分が完成した。平野だった時の凸凹が無くなり、元から強固だった岩盤が圧縮されたため地盤が低くなった。これぐらいしないと水圧に負けてしまう。
護岸のチェックをするロイド。
後は平野の本体を取り除くだけ。
「魔法で平野を大地から切り離すらしいが、どうやって?」
「まさか、あの大地を吹き飛ばすのか?」
「いやロイド侯ならやりかねん」
「ではここは少し近すぎるのではないか?」
そんな心配を他所に、一時間程経ち魔力を回復させたロイドが動いた。
《皆さん、目を閉じてください。直接見たら失明します》
端的な注意喚起に皆従った。
溝に下り、一番底のところで魔法を発動した。
基礎級の『発光』を発動させると、自身が魔力で生み出した光に太陽光が干渉する。干渉する太陽光を感知し波長を『光彩』で変える。
『閃光』で維持し、魔力を込めながら増幅する。
太陽光で作った『閃光』を『集光』で一点に向けて放出。
これを一度に無数に発動させ、放出した光をさらに収束し、高エネルギーのレーザーとして先ほどよりも強力な『熱線』を放った。
焼けるような熱も悪王の使いのどす黒い毛皮が吸収する。常人では眼を開けていられないほどの光でも、右目の魔力視には魔力しか映らないため正確に視認できる。
レーザーは順調に硬い岩盤を溶かし、穴を開けていく。
しかし――
(んん? あ、あれー!! ダメだな……ドロドロに溶けた溶岩が邪魔でレーザーが上手く通らない……)
想定外のことに、ロイドは魔法を取りやめた。
『私があれ取ってやろうか?』
レティアが溶岩を除去しようと申し出る。
『……いや、時間がかかる。しょうがない』
先ほどまでみるみると進んでいた掘削、護岸作業がストップした。
失敗かと思われた。
「いくら何でもこれ程の大地を切り離すなんて不可能でしょう」
「しかし、ここまでできただけでも人族とは思えない魔力量だ」
それを聞いていた葛葉はやきもきして式神をこっそり送り、様子を確かめることにした。
そよそよと風に流れて溝の奥まで飛んで行った式符が、小さい葛葉に変化した。
そのままトコトコと駆け寄り様子を確認する。視覚が葛葉と繋がっていて見ることができる。
(誠一、妾にも手伝う事は……ん、なんじゃ?)
レティアが必死に段を駆け上がり退散する。
ロイドは一人残り、腰の聖銅剣を抜いた。
ロイドが構えると同時に刀身から眩く放電が起きた。
刀身に沿って稲妻がグルグルと駆け巡り、その勢いと威力を増していく。そして刀身自体も白い光を放ち始めた。
「せいや」
(――なっ!)
横一文字に振り抜いた。
次の瞬間、閃光が辺りを照らし、視界を奪われた。
「うやぁぁ〜め、眼がぁ〜! 眼がぁ〜」
「え、母様?」
急に眼を塞いだ葛葉を霧雨が心配する。
「なんだ、この衝撃は?」
同時に高台に振動と轟音が届いた。
さらに海が爆発、水しぶきが柱になってそれに舞い上がった。
「……ええっ!」
「まさか……」
平野を挟んでロイドが居る側と真反対の海が爆発した。
もしやという期待通り、一同が見ている前で、眼下に広がる広大な平野がフッと消えた。
「今のは転移か……?」
それによって露出した平らな地表からは煙が立ち上っている。
「本当に切り離したのか!」
平野が消えたことで、海水が流れ込んでくる。
「ひぇ~、なんじゃこりゃー!!!」
波は最初護岸を越えて来たが、やがて落ち着くと引けていった。
後にはシタ村からナカ村、キタ村、サキ村を経由する沿岸と、手付かずの整地された広大な土地ができていた。まるで大陸の端をスプーンでくり抜いたかのように、湾が生まれた。
村長たちは途方もないその力を目の当たりにして畏怖した。
「神様じゃ、あの方は神の化身じゃ!!」
「ああ、わしら宴会でなんちゅう馴れ馴れしい態度を……!!」
パニックになっているのは村長たちだけでなく諸侯も一緒になって驚きに身を震わせていた。
「ロイド侯はどこだ? まさか今のに飲み込まれて……」
《皆さん、お疲れ様です。ご協力ありがとうございました!!》
心配を他所にロイドはレティアの持っていった魔法陣に退避していた。
各国の魔導士たちはロイドの力を拍手で称えた。
その中には魔人族の中でも最高位の魔導士や、エルフの王にエルフ随一と言わしめる者、共和国の清高十選なども含まれた。
『ロイド様、一体どうやったんだよ?』
『ん? うん……』
レティアが見ると、ロイドは聖銅剣の刃こぼれを確認していた。
『え? おいおい、まさか、斬ったのかよ!?』
『はは、どうだろうね?』
適当にはぐらかしながら、刃こぼれが無いことを確認すると納刀した。その様を見たレティアの顔が発火した。
ロイドは出来て間もない沿岸から海を眺め、ふと、北の空を見上げた。
「ああ、何事も無く終わって良かった。何事も無く……」
第二部二章完結です。
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