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7.夜会にて


 ロイドたちが集会を開いている頃、王都では夜会が催されていた。


「なぜ、ロイドを左遷した?」


 その問い掛けは王宮内の大広間に響き、夜会に集まった列席者の注意を引いた。

 今後の王国運営を巡り、各地の諸侯が集まった臨時討議会の後、不満を持っていた内の一人がジュールに噛みついた。


「これはこれは、リヴァンプール伯。その件については議会で説明があったでしょう」

「【不適切な魔法の使用】と【王宮内での刃傷沙汰への処罰】などと詭弁はやめな。あんな事務的な報告では納得できない。何を企んでいる、小僧」


 リヴァンプール伯アプル。

 齢五十を超えているとは思えないほど、若々しく、力強い。仁王立ちで対峙する彼女の背丈はジュールを越えている。


「まぁ、まぁ、落ち着きましょうよ」


 そこへ仲裁に別の貴族が入って来た。


「王国を危険に晒したのですよ? 私はむしろ裁きが軽いのではと思いましたよ。だって、北部で港を造るなんて何十年かかるか知りませんが、王都の目と鼻の先ですからね。体のいい休暇じゃないですか」

「そうですね。逆に何のお咎めも無しなんてことになったら王権を揺るがしかねませんよ」

「まぁ、良かったじゃないですか。 魔族を配下にしている時点でいずれ大きな問題を起こしかねないということは……おっと、ジュール候は別ですよ。よく手懐けて居られますものね」


 ニヤニヤと含みのある言い方だった。

 ノワールの美しさはすでに有名で、その彼女を夜会に連れて来なかったことは他の子女に対し誘いがありだというアピールと捉えられた。


「いくら良い体をしていても、端女ですからね」

「貴族たるもの持ち物にも気を配らねば」

「やはり素晴らしいですねジュール候は。私もああいう奴隷が欲しいですよ」

  

 ジュールはただ黙っていた。


「おっと、我々と歓談していては本末転倒ですよね?」

「そういえば聞きましたよ。ジュール候は年下がお好みとか。良ければご紹介しましようか?」

「そういう事なので伯爵が年甲斐も無く彼にちょっかいを出しても他の令嬢たちに――」


「失せな。私はこの小僧と話している」


 彼女の迫力に彼らは顔を曇らせた。


「……うっ、ぶ、無礼な。失礼する!!」

「チッ、酒がマズくなる」


 うわずった声を出しながら広間の端へ逃げていった。


「……おい、マズいぞ」

「誰か止めろ」


 主に彼女と同世代の他の貴族たちはやや距離を取った。彼女は若いころから喧嘩っ早い上に、王宮騎士と試合をするほどに強い武芸者で知られている。


「あんたも自分の女が馬鹿にされて黙ってるんじゃないよ!!」


 その後ろで二人の従士があわあわと主を止めようか決めあぐねていた。


「小さいな」

「何? 今なんと言った?」

「今がどんな時か理解しているのか?」

「国内の安定を図るべき時に、ロイドを地方に追いやれば平民の反感を生む。一人の裁定などと単純な話ではない。あんたは賢いと思っていたけど、さっきの小物たちと変わらないね。あの子の王室入りがうれしくないってことかい?」


 すさまじい剣幕に周囲は息を飲んだ。

 護衛の二人も息を飲む。


 システィーナは言わんこっちゃないと仲裁に入ろうとして広間に下りようとしたが、プラウド国王が制した。


 アプル伯爵の主張は他の多くの者も感じていた。

 不自然なロイドへの裁定。無意味と思える北部の開拓事業。元々ジュールはロイドとの親交を噂されていたことで受け入れられた側面もあり、この二人の対立でジュールへの反感を持つ者は多かった。

 しかし、国王の御意見番のポジションにいる彼を糾弾する権力と度胸を持つ者は限られた。

 その点、アプル伯爵は東の大交易都市リヴァンプールを治め、豪胆な性格で有名。さらに幼少期から国王とも王妃とも親交が厚く、率直な意見を交わす仲だ。リヴァンプールとベルグリッドが比較的近いこともあり、ロイドを昔から実の孫のように可愛がっていた。


「アッハッハッハ!!! これは可笑しい!!! こんな夜会に参加し、贅沢をしているお前が国民感情を理解しているなどと勘違いしているとは!!」

「なっ、貴様!!」

「リヴァンプール伯よ、平民のご機嫌を伺って来い。おれがロイドの敵だと言ってもお前が平民の味方になることはない。なぜか? お前自身が盤石な安全地帯で既得権益に護られているからだ」


 その言葉に、異を唱える者はアプル伯爵だけではなかった。


「我々の領地経営を批判するというなら黙っていられませんね」


 論争に参入したのはアプル伯爵同様、大領地を治める西のブルボン家当主、ジョルジオ・ネス・ブルボン都市伯。


「安定した領地経営は領民の生活の安定、さらには国家の安定につながる。それを批判するのは如何なものか」


 それともう一人。浅黒く日焼けした白髪の大男。南の防衛を担うピストックノーツ辺境伯エシュロン。


「そもそも、儂はロイド侯に会いに来たのだ。わざわざ南の果てから来て氏素性も知れん若造の講釈を聞かされるなど時間の無駄だ!!」


 アプル伯爵よりもさらに武闘派で知られるピストックノーツ辺境伯エシュロン。その迫力は他の貴族とは別格。その力は南の王と言っても差し支えない。幼少期よりプライド国王とはライバルであり、現在は王の最も信頼する臣下である。


「大体何だ!? プラウドの命をたまたま貴様の部下が救ったというだけでどこまでデカい顔をする気だ!?」

「勘違いするなよ、エシュロン侯。アイツはおれの部下ではない。それとこの国は実力を尊ぶ成果主義だったと思うが?」

「成果だと? 貴様が推し進めた王国全土の街道整備でいくら使った!? 挙句にロイドの帰還パレードまで……。儂らのプラウドへの忠誠を使い、今度は港を造るだと!! どの口で成果などと言うかバカ者が!!!」

 

 エシュロンの怒鳴り声に席を外す者や、関係ないのに泣き出すものまで居た。

 広間全体がジュールを中心に険悪なムードに包まれた。

 

 だが、ジュールは相変わらず、余裕の薄ら笑いを浮かべていた。


「危険だな」

「何?」

「財力も才覚も人より優れ、王国への忠誠心も揺るがない。ここにいるのはそういう国の柱たる者たちだ。だが、そのお前たちは目を向けるべき課題から目を逸らし、国内で小さくまとまっている」

「帝国内の教会のことを言っているのか。我々に帝国の内政に干渉しろと言うのか? バカげている。そんなことは不可能だ」

「だが知ろうとすることはできる。それもしないで、迫る危機に対して無防備。ここに帝国の情勢について情報を持っている者は居るか?」


 もし帝国が攻めてくるようならば情報も自然と入ってくる。 

 だが、今帝国は内部でせめぎ合っている。

 そのことに対する危機感は薄く、積極的に働きかけようとする者は皆無だった。


「……そんなものはギルドの情報屋で買えるだろう」

「そんな意識の低さでは何か起きても手遅れになる。政治的にも経済的にも意識の上でもこの国は拡張するべきだ」


 ジュールの提言に諸侯はざわついた。

 パラノーツ王国は国内で自給自足ができる。そして帝国の侵略が難しい立地で、騎士団の実力も高い。だからこれまで帝国と深く関わる必要は無かった。

 しかし、ジュールは帝国が危機的な状況になるから国交を深めるべきと言う。こういった論調は今までには無かった。何が起きても対岸の火事。十五年ほど前の大戦時もそうだった。

 諸侯は帝国がどこと戦争しようが、地理的、心理的距離によってどこか安心していた。


「ジュール候はご出身である帝国がやはり心配なのかな?」

「……まさか、北部開拓は帝国との通商の為か!?」

「勝手な!!」


 各席で議論は一つの結論に帰着した。

 例え帝国が倒れてもそれが王国に不利に働くとは想像していないし、そもそも教会勢力が帝国や神殿への信仰を打倒することなどありえない。

 それに今、国を大きく動かすには時期が悪い。

 いずれにせよ、その場でジュールに同意できる者はいなかった。


「器が知れたね。要するに、あんたは自国の利益のためにロイドを利用している。これは帝国人であるあんたを信じて受け入れた陛下への裏切りだぞ!!」


 アプル伯爵の批判。

 

 それに対しジュールは――


「ああ、その通りだ」

「……み、認めるというのか? 左遷では済まんぞ!!」

「どけ、アプル!! 儂が殺す!!!」

「おれは自分の都合の良いように議会を扇動し、ロイドに対して不当な裁定を下した。ついでに夜会の空気を悪くしたことも含め、その責任を今こそ取ろう」

「「は?」」


 あっさりと認めた彼は国王の元に歩み寄った。


「おれはベルグリッド伯と、枢密院の任を降りる」

「……わかった。今までご苦労だったな」

「……は? 陛下、これは一体……?」

「ベルグリッド伯にはやはり前任のヒースクリフが適任であろう。明日の議会ではその点についても議論するものとする」


 困惑する諸侯を他所に、ジュールは広間を去ろうとした。


「待てよ。貴様、どういうつもりだ?」

「エシュロン侯、聞いていた通りだ」


 あっさりと地位を捨ててさっさと帰ろうとするジュールを引き留め、エシュロンは真意を問い質した。


「まさか、ヒースクリフの復権のためにわざとこんな茶番を?」


 まるで示し合わせたように国王がヒースクリフの名をすぐ出したことで、アプル伯爵は、謀に利用されたと勘付いた。


「さっき言ったことは嘘じゃない。この国がいつまでも排他的国家運営を続けられるはずがない。帝国との通商は必要だ。もちろん、まずは友好を深める行事が必要だろう。まぁ港湾都市を持つ貴殿が臆するのも無理はない」

 

 もし帝国と通商するとなれば今までの体制では運営できない。

 事務手続きは膨大に増え、治安は悪化し、これまで通用した商売が突然帝国資本に喰われるかもしれない。

 だがもし、大規模な港がもう一港あれば……


 アプルには輸出による販路拡大が適えば成長する商業にも心当たりがある。これまではその手引きをできるものが居なかった。


「……待ちな。今あんたは伯爵でもないんだね? なら――」

「悪いが、新しい雇用主は決まっている」

「誰だい?」


「アプル伯爵、これから時代が動く。我々が動かす。明日の議会は忙しくなりそうだぞ?」


 その言葉は彼女の中に漠然とした期待感を芽生えさせた。傍で聞いていた者たちの中にも心動かされた者たちがいた。

 ここ数年で多くの災難に見舞われた一方、自分たちが新たに成し遂げたことは何かと問わせた。



 ジュールは広間を後にした。


「明日……か」


 他の貴族たちは国王にロイドの左遷取り消しを嘆願し始めた。


「ロイド侯はすぐに戻ってくる。皆安心して欲しい」

「やれやれ、北部に港などと聞いた時にはどうなるかと思いましたが、これで財政の無駄も未然に防げますね」

「ジョルジオ侯、何の話だ?」

「はい……? この時期に優先度の低い事業を行う余裕はないのではと……」

「港湾開発の話は無くなっておらぬ」


 諸侯は耳を疑った。


「しかし、ロイド侯は帰ってくると今陛下が……」

「うむ、帰ってくる。ジュール候の話では、七日もあれば調査を終わらせ報告に舞い戻ると。つまり明日には戻る」


 これに対し、西で広く港の開発をしてきたジョルジオ都市伯は不可能だと確信した。


「いくら彼でもそれは……」

「それに資金は全てジュール候が出資している。財政への負担は無い」


 不明だった資金の出所を知らされて、驚愕する諸侯。

 先ほど気安く話しかけた貴族たちは顔が青ざめた。


 それは最低でも国家予算の2、3割に相当する途方もない金だ。それを個人が持ってること自体がおかしい。下手をすれば金で国王の座を買える位置にいるのだ。


 その男がたった今、出て行った。

 金だけ出して身分を捨てた。


 さすがのアプルも冷や汗を掻き始めた。


 当然一同の疑問は一つ。


「……ベルグリッドの経営にそんな余裕は……彼は何者なんです?」

「余もそれをようやく聞けるというところだ」

「あぁ、え?」


 諸侯の困惑を他所に、プラウド国王は愉快そうに一人乾杯した。




読んでいただき感謝!

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