6.集会へ
平野にポツンとあった廃城で、厄介者に絡まれたロイドたちは一端村に戻り、三人で今後について話し合うことにした。
「あの平野、今まで何かに利用しようとしたことは?」
「いいえ、私が子供の時から放置です」
起伏が激しくて、馬を走らせても事故が起きる上、水はけが悪く夏場は悪臭がする。植物も根付かず、岩が固すぎてどうもできずにいた。
「城をご覧になられたでしょう。あの城はあの岩場の岩を切り出して建設していたそうです。通常より手間が掛かり過ぎるということで完成しなかったそうなんです」
ロイドはそもそもなぜあんな不毛の地のど真ん中に城だけ建てようとしたか不思議でならなかった。
「ロイド、まさかあの平野を魔法で破壊して湾を造る、などと言うまいな?」
「いや、さすがにそんな途方もないことしませんよ。魔法であの規模の岩盤を吹き飛ばしたら周囲の村にも被害が及びますからね」
「フフ、そうよね」
「できないとは、言わないんですね」
平野は約100㎢。
「実は……できます」
「ああ、やっぱりー!」
「あはは」
ガイドは目の前にいる人間が同じ人間とは思えなくなり、逆に気負わなくなっていた。
「やるんじゃないぞ、ロイド」
和やかに話し合いは進んだが、地形の確認が不十分で具体的なプランについては調査が進んでからになった。
「明日はナカ村、キタ村、サキ村に行こうと思います。平野を馬で迂回するのでちょっと時間がかかりますけど」
「わかった」
「ではこの村からも使者をだしてもらえるよう話をしておきます」
こうして翌朝、ロイドたち一行は他の村へ調査に向かった。
◇
一行が到着したのは、豊富な緑に囲まれ、豊かな食材を駆使した田舎料理を提供するナカ村。
各地に湧き出る温泉を楽しめる湯治場、キタ村。
放牧されのびのび育ったローア牛とミルク、加工食品を展開するサキ村。
「至れり尽くせりやん」
「そうね」
サキ村まで行った後、村長らを引きつれて戻る途中でナカ村の温泉にハマったロイドとリトナリア。
温泉によって質の違いも楽しめ、仕事を忘れてしばらく入り浸った。
「ちょうどいい。療養にピッタリね」
「まさに秘湯ですね。なんだか女性が多い気がしますけど」
「あまりキョロキョロしない。露天風呂で身体を見るのはマナー違反ですよ」
ロイドはリトナリアの顔を見て首を傾げた。
天然温泉は混浴で誰でも入ることができる。普通の男ならば、この機を逃すはずがない。
「いや、男が増えるならわかるんですが、なぜ女性が……?」
「私から離れないように……」
ロイドの女として認識されていたリトナリアは安全だった。むしろロイドを狙う女たちとリトナリアの間で激しい視線が交錯し、目には見えない攻防が続いた。
「ああ、ここもいい湯でした」
「効能を詳しく調べてみたいなぁ」
「お二人ともよく平気で入れますね」
二人が上がるのを待っていたガイドは湯上りのリトナリアを見て顔を赤らめた。
「フフ、初心だな」
「ガイドも入れば良かったのに。風呂は無礼講ですよ? ああ、血圧高いとか?」
「ロイド、そういうことではないです。まぁ、私はいいんですが」
「夫婦以外で男女が風呂に入るのは抵抗がありまして」
「え?……ああ、そうか」
ロイドは紅燈隊に入って以来、風呂に女性が居ることが当たり前で、感覚がマヒしていた。
「ガイドは奥さんと風呂に入るんですか?」
「ええ!? いや、その……」
「ロイド、失礼ですよ」
「ああ、ごめん」
ロイドは姫やヴィオラと一緒に風呂に入るのを想像し、しばしワクワクした。だが、混浴風呂だと二人の裸体を見られてしまう危険が在ると気が付いた。
「混浴なんてもっての他ですね!」
「どうした、急に」
「全く、リトナリアさんは! お目付け役であるあなたが青少年に不健全な行為をさせてどうするんですか!」
「いえ、不健全だと思っているならなぜ一緒に入った? 背中を流し合ったでしょ」
ロイドは後悔した。リトナリアと普通に風呂に入ってしまったことがバレれば、浮気と勘違いされるかもしれない。
「ああ、リトナリアさん。もうこの関係は終わりにしましょう。皆が不幸になるだけです」
「納得しかねるけど。二人きりで入ったのではないのだし……」
リトナリアは、物悲しく思ったがこれが子離れかと察した。
温泉巡りも終わり三人は旅館に泊まることにした。
キタ村は他の村からも湯治客が来ていて、小さいながらいくつか旅館もあった。
「これはこのままで価値あるよ。シタ村は綺麗な山と浜があるし、ナカ村は趣向を凝らした料理。ここは温泉。サキ村には特産品。観光地で行けんね」
「またなまってますよロイド。でも、移動が不便ではありますね」
村と村までが森や川で遮られているので大した距離ではないのに村から村まで移動に半日以上掛かる。
「ああ、それは大丈夫ですよ」
「ロイド……まさか、平野を破壊する気ですか?」
「だからしませんよ。リトナリアさんはおれを何だと思っているんですか?」
「そうか。すまない。だが何をするにしても事前に言いなさい」
「明日、ナカ村でみんなの話を聞いてから決めます」
翌日。
ナカ村にシタ村から村長たちがやって来て、ロイドが呼びかけた他の村の村長たちと集会を開くことになった。
「祭りでもなかとに集まっとは」
「だけんど、港さ開くっち、どこさね?」
「わしらは山奥じゃけぇ、関係なかよ」
「まぁ、まずは話ば聞いてみんとね。こちらは王都でも有名な貴族様じゃけん。皆失礼ばあったらいかんとよ」
集会と言ってもみんなで食べ物や酒を持ち合い、興味ある人が一緒に来ていて宴会に近かった。ナカ村の郷土料理を堪能し、しばらくしてロイドは本題を切り出した。
「まず皆さんにお聞きします。あの平野要りますか?」
ロイドの質問に村長たちは困惑した。
シタ村では異臭と隆起した岩で利用価値がない。
ナカ村では森に遮られ平野に出ることは無い。
キタ村では道の開拓を試みて頓挫。借金だけが残った。
サキ村は家畜が平野に逃げる危険が在るため封鎖している。
「なら、取っ払っちゃいましょう!!」
「「「「えええ」」」」
「ロイド、やっぱり!!」
「いえ、土地を破壊するなんてことはしませんよ。まず、この地図をこう……」
ロイドは皆にプランの説明をした。
二枚の地図に現在の北部の地形と、開発後の地形が描かれている。
そこに至るまでの工程、必要な協力と、開発終了後の港湾施設、物資搬入の経路の整備などが説明された。
「しかし、そんなことが可能なのか?」
「まぁ、多少専門家の意見を聞くつもりですが、おおよそ大丈夫でしょう。それにこの方法以外では永遠にこの巨大な不毛な土地が残ります。どうでしょう?」
一同は顔を見合わせた。
「一つ聞かせてくんさい。あなた様は無償で、我々に海の恵みと海路、それに近代化のチャンスを下さるという。我々は観光収入だけでもうるおうでしょう。なぜそこまでして下さるんで?」
「そうさね。なんか裏でもあるんけ?」
「おれらさ田舎もんだと思って、騙そうと思っとりゃせんか」
酒も入り、無礼講と言われていた人たちも思い思いにロイドへの不安を明かした。
それを聞いていた一人がぼそりとつぶやいた。
「……なぁ、んだばわざわざ許可を求めんのさ?」
元々土地の所有権を持っているのは国。彼らは税を治める立場にある。
列席者たちはロイドの言葉を待っていた。
「何も不思議なことではないです。これは慈善事業ではなく自分のためにやっています。もし、この地の開発を任せてもらえたら、この土地を陛下から頂けるのです」
元々乗る気ではなかったが、各村をめぐってみて、ロイドはここが気に入った。人が多い都会より、食事も空気も美味い。温泉もある。
浜辺で姫やヴィオラと遊ぶ妄想をして顔がほころんだ。
「それにここの領地経営をしていれば他の厄介な仕事はしないで、定時帰宅、週休二日制、有給アリが実現するかもしれない」
「なんと、そんな夢のような話が現実に!?」
ガイドが唸った。
彼も、もうそろそろロイドがコンプライアンスを無視するブラックなサイコパスボッチではないと理解していた。
「一生ついていきます、ロイド様!!」
「やりますよ、おれは!! ここで平和に妻たちとぬくぬく新婚生活を過ごすために!!!」
村人たちは満場一致でロイドを歓迎し、拍手した。
順調に行けばこの土地はただの港町ではなく、王族に連なる者が自ら治める由緒正しき土地となる。
「あ、けどちょっと問題じゃね」
「ああ、あいつっち絶対抵抗するやろな」
「ロイド様、その……」
「はい、大丈夫です。城に住んでいる男はおれに任せてください」
「「「「おお〜」」」」
報復を恐れ、今まで言われるがまま従ってきた城に住む飲んだくれの厄介者。
その対処まで任せておけと豪語したことで、ロイドは完全に村人たちの信用を得た。
その後宴は大いに盛り上がった。
その話を影で聞いている者がいた。
宴を開き、村の発展と自分の追放を祝う人々を見て歯ぎしりした。
「絶対に思うようにはさせねぇ! ありとあらゆる手を使って開発を邪魔してやる」
男の眼はリトナリアに向かっていた。
「フヒヒ……おれを怒らせたらどうなるか、後悔することになるんだ!!」
読んで頂きありがとうございます!