5.廃城へ
シタ村は三つの山に囲まれていて、三つの集落に分かれている。その内、北の平野に面している地域は他の村への出発点である。ここでは主に馬などの牧畜が行われていて、人は疎らだが、比較的村での地位が高い人が住む。
そういう家のヤンチャな盛りの子供たちは、日々刺激を求めて有り余るエネルギーを家の手伝いより遊びに費やす。
今日も村の悪ガキたちが朝から山の麓の基地に集まっていた。
「昨日、大人たちが騒いどっちょったね」
「役人ば来て、この村ば侵略するちゅーとよ」
「行商ん兄ちゃんば、えらい怯えとったね」
話題は前日にやって来たロイドたち。子供たちには大人たちの慌て様から、悪徳役人たちが村を侵略に来たと湾曲して解釈していた。
「だぁ! こうしちゃ居れんち!!」
「そうよ! 他所んもんに好き勝手させんよ」
「ここはおれたちの村やぞ!! 支配に屈してはならんぞ!!」
「「「おおぉぉ!!」」」
「……のぉ、あれ何じゃろね?」
一人が空を指さした。
「ん?」
子どもたちが空を見ると、山の上からフワフワと何かが降りてきていた。
「うわっ、バケモンじゃ!!」
金髪を振り乱し、手脚が八本ある怪物が空中をきりもみしながらこちらに向かってきた。
子どもたちは一斉に逃げ出した。その叫び声に大人たちも気づき、慌てて駆け付けた。
大騒ぎになったところに降り立ったのはリトナリアを背負ったロイドだった。
「はぁはぁ、全く、暴れないで下さいよ。危ないでしょ」
「はぁはぁ、危ないのはあなたでしょ」
『風の舞踏』で何とか安全に着地し、ロイドはリトナリアを降ろした。
「バケモンが分離しよった!!!」
「えぇー?」
降り立った先でいきなりバケモノ呼ばわりを受け、なぜ騒動になっているのかわからずロイドは困惑し、リトナリアは恥ずかしそうにロイドの背に隠れた。
「リトナリアさんが騒ぐから」
「だ、だから止めてって言ったのに」
「お、お前ら、侵略に来た奴らだなー!!」
「おぉ?」
「皆、かかれ〜!!!」
大人たちが恐縮している間に悪ガキたちが一斉にロイドたちに向かって駆け出した。
だが先陣を切ったリーダーは、妙な胸騒ぎを感じ、身体が上手く動かないことに戸惑った。
「ぐへー」
「うわわ」
「な、なんじゃー? おっかしいな」
グワンと安定しない景色に平衡感覚を失い、べしゃりと転んだ。
それに他の子どもたちも続いた。
「大丈夫ですか?」
少年たちは落ち着いた感じの瑞々しい声にハッとその声の主を探した。
息を整え、髪を降ろしたリトナリアが子供たちに声を掛けていた。
「……なん、これぐらいへっちゃらたい」
「うわ〜、バケモンから女が出てきた」
「女ちか? 母ちゃんと全然違うよ」
今まで見たことの無い美しさに、少年たちは反抗心を溶かされた。
その後、騒ぎを聞きつけた彼らの親たちによって連行されることになった。
「何てことしてくれんち!!」
「あだっ!! 何よ、おらは村を守ろうとしただけとに!!」
思いっきりビンタされ、拳骨され、叱られた少年たちは、訳が分からず泣きながら反抗した。だが親たちからすれば、ロイドの怒りを買ったかもしれない。それは無邪気では済ますことの出来ないことだ。
「まぁまぁ、お母さん方、私たちの方こそこんな紛らわしい現れ方をして、すいませんでした。彼女も反省していることですし――」
「え!?」
いつの間にか自分のせいにされたリトナリア。
「子供たちも悪気があってのことではありませんし、その辺で」
王国において貴族と平民の身分差は決して軽くない。
それが国の運営を正当化する根拠に大きく関わっているからだ。これを揺るがすことは国家の体裁を揺るがすことになる。ゆえに、不敬罪が存在する。
だが、ロイドはその身分差を感じさせない対応をした。
ただ、子供がふざけていた。それだけのことだと。
「今度は気を付けようね」
大人たちはしばし言葉を失い、ハッとして頭を下げた。安心からか涙を流す親もいた。
「本当にすまねっす!!」
子どもたちは自分たちにとって絶対的存在である親が、泣いて頭を下げている青年に興味がわいた。
先ほど駆け寄った時の妙な感覚と、大人たちの話ぶりからただ者ではないと理解した。
結果、とてもなついた。
「兄ちゃん、ここに何しに来たんじゃい?」
「「「「うぎゃー!!!」」」」
大人たち、絶叫。
子供たちは好奇心の赴くままロイドに群がった。
「ああ、あっちに城あるだろ。見てみようと思って」
「なん、そったらわしらが案内しちゃてもよかよ」
「しょうがない。付いて来るけんね」
「外の人間ば世話が焼けるけんね」
「お、おう……ではお子さんたちをお借りします」
「は、はい……」
親たちの不安を他所に、調子を良くした子供たちは急かす様に村の北、平野を進んだ。
「なぁ、兄ちゃんは王様か?」
「いや、違うよ」
「そうなのか」
「でも彼女美人じゃし、上手いことやりおったんね」
「仕事も嫁も一流。やっぱ都会の男は違うけんね」
七歳、八歳ぐらいの少年たちは無邪気な顔。
ただ大人たちの言葉を使っているだけなのだが、ロイドは内心必要のない警戒をしていた。
(この子たちは本当に子供なのか? おれと同じ転生者じゃないだろうな)
一方リトナリアは懐かしさにクスリと笑った。
(昔のロイドを見ているようだ――いや、美化しすぎだな。昔のロイドは、もっとひどかったしオカシかった。笑えなかったものね)
「残念だが、私は彼女でも嫁でもないぞ」
「ええー、ウソやん」
「じゃばってん、さっき合体しちょったよね」
「合っ……!?」
自分の無様な姿を思い起こされてリトナリアは原因を作ったロイドを睨んだ。
「男と女が合体しゆうんは男女の仲の証やろ?」
「君たちは普段誰の会話を聞いてるんだい? 場合によってはその人を説教するね」
「私と彼が付き合っているように見えますか?」
「およ!」
「なるほど〜こりゃ遊びの関係たいね」
「いやおれとリトナリアさんでは歳が……ぁあすいません!!」
「否定するところが増々怪しい」
一行が雑談しながら進んでいると城が見えてきた。
石積みの城だったものが。
塔は崩れ、壁も崩壊し、石と石の間には草が生えて、緑が全体を疎らに覆っている。
「こらぁ廃墟やん」
「ロイド、訛りうつってます。――ん? あなたたちどうしたの?」
二人が振り返ると、子供たちは城から離れて隠れていた。
「城には近づかんのよ。常識たい」
「あいつが居るけん、わしらができるのはここまでよ」
「なんだてめぇら!! おれんお城に来んじゃねー!!」
そこにいたのは、昨日村にいた酒浸りの男だった。
◇
その男がいつからそこに住み着いたのかは誰も知らない。だが、その男は村の厄介者として認識されていた。
「なんだ、昨日の役人か。言っとくがここはもうおれのもんだ。それにここはおれの土地だ。通行税を払いやがれ!!」
ロイドたちが黙っているとさらに男は続けた。
「おれを怒らせんなよ? おれはなぁ、この国の人間じゃねー。元は帝国軍の兵士だった。そりゃもう敵を殺しまくったもんだ。だが殺りすぎちまってな。こっちに移ったんだ」
聞いてもいないことを話し続け、自分勝手なルールの説明をし始めた。
「わかるか? おれはこの国の人間じゃねー。だからお前たちのルールに従う必要はねぇんだ。そうだろ? おれがここにいるのはおれの意思だ。そこにお前らの勝手に決めたルールなんて関係ねぇ。だがお前らに同じ生き方は出来ねぇだろ? おれはな兵士になる前に学問を修めた、いわば学士よ。おれの話について来れないだろ? おれはちゃんと学がある。お前らみたいなうわべだけの奴らとは違うからな」
話しながら男はリトナリアの方に近づいて来た。
「へへ、おれの話は難しいか。もっと簡単に説明してやる。聞きたいだろ?」
ニタついた表情で、酒と体臭が混ざったような悪臭を放つ。
「なら一つ聞く」
「兵士の時女相手にやらかした話をしようか」
「なぜ山に住まない?」
リトナリアの疑問はもっともだ。
豊富な食料と安全。
山の方が村に近い。なのになぜこの何もない岩だらけの廃墟で暮らしているのか。
「山? ハッ! おれは山が嫌ぇなんだよ。居ると気分が悪くなる」
「そうか」
リトナリアとロイドは頷き合い、踵を返して村へと歩き始めた。
「おい、勝手に帰るのか、馬鹿やろう!! 金を置いてけ!! おぼぉ、なんだ急に風が……?」
追いかけて来ようとするが、男は強風にあおられて前に進まない。
その間にロイドたちは子供たちとその場を去った。
「なぁ、子供たちよ。ここにあるのはあの城とあのおっさんだけかい?」
「そうよ、もめるけん、皆ここは近づかんのよ」
「馬も脚けがするっち、通れんしね」
それを聞いたロイドは悪魔的表情を浮かべた。
「……ロイド、やる前に言ってくださいね」
「まだ何も言ってませんが」
「なん? 兄ちゃん顔が怖かー」
「港、ここに造ります」
「「「「「ええ?」」」」
ロイドが指した「ここ」とは、半径10kmにもわたる内陸部――すなわち、平野そのものだった。
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