3.シタ村へ
一行は北の山の先にある、シタ村へ向かった。
だが街道にロイドたちが現れることは無かった。
「ハァハァ、普通なら、三日はかかるのですが……うぷっ」
「そうか、半日で着いたしこっちの道で正解だったようですねー」
それを聞いて案内役の事務員は精魂尽き果てた。
ロイドたちは最初から山を迂回する街道を進むこと無く、馬で山を突っ切った。当然道なき道、障害物も多い。それらを魔法でつなぎ、切り落とし、吹き飛ばし、馬を飛ばせてあっという間にシタ村に到着した。
「ロイド、街道の方は調査しなくてよかったのですか?」
「ええ、あっちはジュールの管轄ですから……やりたくありません」
まるで敵軍の意表を突くために行う電撃的強行軍。
もちろん敵はいない。
ロイドはそれをただ時短のために行った。男は絶望的な気分だった。
(あ、甘かった……この人に常識は通用しないんだった!!)
山中の乗馬は常に落馬による死の危険がある。それを半日続け、すでに精神はすり減り、足腰は立たない。
元々デスクワークだった男には、過酷過ぎた。
(ごめんな、父さん帰れないかも……)
まだ半日しか経っていない事実を精神が受け入れられない。
なぜならこれからこの調子で何年もこのロイドに付いて行かなければならないのだ。
「あ、すいません。少し休みますか、ガイドさん」
「ガイドさん? あはは、私のことですか。そ、そうしていただけると助かります」
ちなみに彼の名前はカイトである。なぜロイドが上手いことを言ってやったような顔をしているのか彼にはわからなかった。
ロイドは切り立った崖の上から眼下に広がる村を眺めた。
シタ村は直線距離で、王都から馬で半日。しかし、正確な地図も無いほどの田舎。
豊かな森と穏やかな海。気候も北にしては温暖で、ロイドは上着を脱いだ。
「近くにこんな村があったとは。なぜ開発されてこなかったんだろう?」
「……あ、はい! ここは一応王領に当たるのです」
正確にはこのシタ村、もう少し西の山間にあるナカ村、北のサキ村とハテ村の四つの村を含む東北部全てが王領になる。王室の開発費のほとんどは王都と西のピアシッド山脈に費やされ、北部東岸のこの地域は手付かずのままだった。
「それに何か特別な資源があるわけでも、特産があるわけでもないので」
男はそんな田舎暮らしから抜け出すために、王都に赴き、猛勉強して何とか官職に就いた。妻子を持ち、真面目に働きこれまで順調に生きてきた。しかし、自分が田舎の出身だということは深い負い目だった。これまで一度も村に戻ったことは無い。
(なのに、まさかこの村の生まれであったために、こんな機会に恵まれるとは……)
彼がロイドの案内を受けたのは出世のためだが、村のためを考えてでもあった。
「そろそろ参りましょう。まず、私から村長に話を通します」
「お願いします」
◇
村人は猛反対した。
揉めている様子を上から見て取ったロイドたちは、彼が呼ぶ前に村人たちの元に下りて行った。
「もうしばしお待ちを!!! 必ず説得して見せますので!!」
焦るガイド。だが村人に囲まれて話し合いどころではない。
「説得っち、何勝手なことば言うちょっとか!」
「やっと帰うちょったと思うたら村さ潰っち?」
「やんくおんませってくってやっぞ」
ロイドとリトナリアは思わず立ち尽くした。
二人は村人が怒っていることだけしか分からなかった。
「何語だ? ロイド、わかりますか?」
「なんとな〜く」
まるで未開地に来たかのようにコミュニケーションの輪に入り込めず二人は困惑した。そんなこととは知らず、ガイドは村人を必死に説得する。
「皆、落ち着かんね! こっば偉いお人じゃけん、無礼ばあったらばいかんぞ。首飛ぶっとよ!! おら、頭ば下げんね!」
村人たちは二人に注意を向けた。
「バァカで、こん女ばエルフやけんね」
「こん国ばいつからエルフん国になっちょったとか?」
「戦争じゃ、村さ盗られんぞ」
村人たちはリトナリアを見てエルフが侵略に来たと騒ぎ始めた。
「じゃけんど、こったら美人に侵略されるんもよかたい」
「感慨深いね」
「そうね」
男衆はもじもじと空気が緩み、逆に女たちの怒りのボルテージが上がっていく。
理不尽に向けられる村の女たちの視線にリトナリアは一層困惑した。
「え? 何ですか?」
「どうやら皆さん、リトナリアさんが責任者だと勘違いしているようですね」
「……ロイド、もう言葉がわかるの?」
「なんとな〜く」
海外経験でロイドはあっと言う間に訛りを理解した。険悪だったムードがリトナリアの美貌でやや緩んだことを察し、彼女に直接的なボディランゲージを指示する。
「ほらリトナリアさん。媚び売って! 投げキッスとか、なんかしないと言葉わかんないんだからさ!!」
「なぜ私がそんなことをしなければならない」
「今、我々は村人たちに試されているのです。無害であることを証明するために、ここは一つ」
「……ロイド、他の女は騙せても、私には通用しない」
彼女はただ冷めた目でロイドを見返す。
「騙していないです。物は試し。営業に愛想は必須ですよ」
「誰が営業よ。私はあなたの思い通りにはならない」
遊び始めたロイドを尻目に、リトナリアが村人の元に歩み出た。
「鎮まれ!!!」
金級冒険者の覇気に村人たちは固まった。
「この男、ロイド・バリリス・ギブソニアンは国王プラウドよりこの地の港湾開発の任を受けて参った。この村の村長はどこか」
リトナリアの誰何に恐る恐る村長がやって来て、ようやく話し合いが持たれるかに思われた。
「か、帰れ、ここはわしらん土地ぞ。海ば切り開くっちゅうもんと話すことはなかたい」
「なんだと、海を切り開く?」
ロイドは村長の言葉に表情を変えた。
「海を汚して、わしら追い出すとやろ!?」
村長は恐怖に顔を引きつらせながらも引こうとしない。
(ああっ!! 村長……誰に抵抗しているのかわかってない!! 私がしっかり説明していれば)
ロイドの険しい表情にガイドは焦る。
「村長、そげん口聞いては―――」
「はは、この村も終めぇだな!!」
そこに突然、悪臭を放つ、見るからに毛色の違う男が介入してきた。
「港湾開発なんぞしたら、この村は消えて無くなる。あの入り江を切り開いておめぇらの家を潰すしかないからな!! はは、いい気味だ!」
「入り江……だと?」
ニタニタと不気味な笑みを浮かべるその男に村人たちは露骨に嫌悪感を顕わにした。
(あのおっさん、まだ居座ってるのか)
その男はいつのころからか村の北側にある岩だらけの荒れ地に住み着いていた。
どの共同体にも必ずいる寄生して生きる厄介者。
「おめぇら、住む場所が欲しかったらおれの土地を売ってやってもいいぞ! がはは!!」
「ばかこくでねぇ!! あん岩場ば勝手に住んどるだけやろ」
「こん恩知らずめ!!」
まるで場をかき乱すことが目的であるかのような煽り。
言い争いが始まり、ロイドたちの存在は無視された。
(ああ、もうめちゃくちゃだ!)
「無礼だぞ! このお方をどなたと心得る!!」
「あん、王都に行ったからって調子に乗りやがって。そいつが何?」
「うちら役人の言いなりにならんとよ」
「あの〜」
そいつ呼ばわりされたロイドがガイドに声を掛けた。
「ああ、大変申し訳ございませんロイド様!!」
「ロイド?」
村人たち中にいた行商人がその名前に反応した。
「ここに湾はあるよねぇ? 入り江じゃなくて、大きな船とか停泊できる感じのぉ」
「なかよ」
「ここら一帯には切り立った岩場と小さな入り江、あと一直線の浜辺だけよ
「ロイド様、なので、港湾施設を一から建設するのですよね?」
ロイドは絶句した。
自分の仕事はせいぜい湾岸の整備で、荷下ろし場を建てたり、護岸工事を指揮したりするだけだと考えていた。
しかし、北部海岸線に湾は無かった。
「あの、ロイド様?」
「一から建設……一から港どころか……湾を……人工的に……?」
口論していた村人たちが唖然として空を見上げた。
「そ、空を歩いちょる」
「「「「「ええ!!?」」」」」
ブツブツ独り言を言いながらロイドは透明な魔力で出来た階段を登り、そのままかなりの高さから辺りを見渡した。
見えたのは海に突き出した岩だらけの平野と真っ直ぐ伸びた浜辺。その間に小さな入り江。
「あの若さで無詠唱を使うロイドって……まさか、陰謀潰しのロイド・バリリス侯? 本物?」
行商人はリトナリアの方へと駆け寄った。
「では、もしやあなたはレッド・ハンズですか?」
「ム、その呼び方は好きではありません。私は金級のリトナリアです」
行商人はスコーンと膝から崩れ落ち、頭を抱えて天を仰いだ。目線の先にいたロイドを見て叫んだ。
「ああ、大変だぁぁ!!」
「ああ、大変さを理解した人がようやく!!」
ガイドと行商人が慌てふためく様子と、空を登っていったロイドのおかげで村人たちはようやくこれが横暴な徴税役人の地上げなどではないと悟った。
「魔法使いっち……ただの役人じゃなかか?」
「およ。魔法さ使える有名な人らしいたいね……」
「お貴族様とか?」
「そや! 大貴族ぞ!! 迷宮ば攻略されっち、神鉄の冒険者で―――」
ガイドはやっと、ロイドが何者かをあらん限りの言葉で説明した。
その説明が終わった頃、ロイドは降りて来た。
「あの入り江はあのままにしましょう。切り開くなんてとんでもない……時間がかかる」
「「「「「ロイド様〜!! はは〜!!」」」」」
「なにこれ?」
先ほどまでとは打って変わって、村人たちが深刻な様子で揃って頭を下げていた。
「数々のご無礼、誠に申し訳なかです。あなた様がかの有名な大魔法使いにして聖人様で在らせられるロイド様でいらっしゃったとは。平にご容赦をば」
「英雄様!!」
「大冒険者様!!!」
村人たちと村長は命乞いのための土下座をした。
涙や額からあふれた玉の汗で地面を濡らし、中には失神するものまで居た。
「あ、いえ。大丈夫です」
「「「「「「えぇッ?」」」」」」
心底どうでもいいと言った様子のロイド。
「それより、しばらく泊めて下さい。お願いします」
逆にロイドが頭を下げた。
ここまでお読み下さり誠にありがとうございます。↓スクロールしていただくと広告バナーの先に評価フォームがあります。最新話まで読んで下さった方のハマり具合、期待値がどのくらいなのか参考、モチベーションとさせていただきますのでぜひよろしくお願いします。