13.王の耳調査ファイル【教会の敵ネロ】
皇帝直属部隊、王の耳はマルシャイ辺境伯領で起きた内乱について調査をし、関係者に話を聞いていた。調査の目的は戦場に出現した謎の男――ネロの正体を探ることである。
■帝国魔導学院所属研究員・オルホラ市分校教諭 モニカ・ストロベリー
今思い返しても、不思議な人だった。廃墟と化したオルホラの街で彼は街の人たちに石を投げられていた。
「どうして抵抗しなかったのでしょう?」
「わかりません」
わかっていることは彼が帝国軍の魔導騎士隊の対軍級魔法をレジストするほどの魔導士であり、リッチモンド卿を片手で倒す程の格闘術を持つという事。
「魔導士として清高十選クラスであることは間違いありません」
「あなたの前で見せたのは風、土、水、火、氷、さらに謎の魔法ですね」
「あれはもしかしたら雷魔法かもしれません」
天幕の中にいた時、雷のような一瞬の閃光を見た。光魔法ではない気がする。
「あと気が付いたことは?」
「彼が追詰めた魔物が消えました。彼は逃げられたと言ったけど、今にして思えばあれも彼の魔法なのかもしれない」
『氷結』で捕まえた液状の魔物もその後確認したら消えていた。それに、天幕で彼も消えた。リッチモンド卿から奪った鎧を残して。
「それだけの人物ならばすぐに見つかるでしょう。ありがとうございました」
「いえ……」
皇帝直属部隊、王の耳。彼らはおそらくネロを共和国人か、大森林のエルフだと思っている。でも私は違うと思う。
私が彼に説明した魔力・鉱物応用論は中央大陸では一般的な知識。爆燐鉱の保存条件や浮遊石を彼は初めて見聞きしたかのような口ぶりだった。エルフや共和国の魔導士が知らないはずがない。
だからわからない。ネロ、あなたは誰なの?
「婚約者が二人……」
「なにか?」
「あ、いえ何でもありません」
彼の声、あの態度や口ぶり。
二十代……いえ、もしかしたら十代?
■交易都市自治軍、南方迂回路侵攻軍 部隊長
彼は馬に跨り、剣を携え南のオルホラ市の方から登って来た。彼の剣技は進軍が停滞していた我々に勇気を与えてくれた。
「あなた方は今回の件で最も長く彼と行動を共にしたはずです。何か気づいたことはありませんか?」
「今にして思えば、彼は後ろに付いている我々に指示を出すとき帝国式の手信号ではなく冒険者のようなシグナルを出していました。分かりやすいので特に行軍に影響はありませんでしたし、彼の指示は的確で皆信じて従っていました」
戦い方も帝国式の剣術とは似ても似つかないものだった。だが冒険者の我流にしては洗練され、確固とした流派のようなものを感じた。一回思いっきり間合いを計り損ね、空振りしているのを見たがそうか。他人の剣だったからか。でも馬の扱いとか帝国騎士並に熟達していて鎧を着た彼はどう見ても帝国騎士だった。
それにリッチモンドなどと言う田舎騎士のことなど知りようもない。
「つまり彼は帝国軍とは異なる軍事教練を受けた可能性が高いと?」
「ああ、そう言えば、口の悪い部下が彼を称賛するつもりでスラングを使ったら、全く通じていませんでしたね」
「ほう、部下の方は何と?」
「『あなたに従う』という意味で、『おれのエリアスの○○に△して××してもいい』と」
その後部下は殴り飛ばされた。
「よっぽど上流階級なのか、それとも……」
「使わずとも意味ぐらい軍人なら上流階級でも知っています。これに過剰に怒るのは神殿の騎士か、帝国で暮らしたことが無いということですね。大変参考になりました」
■帝国東方軍将軍 カイゼル・ウルリア・ガウス
「彼が帝国軍人ではないことは一目見て分かった。そしてあの剣技はバルトに伝わる『瞬回』に似ていたな」
攻撃を捌き、その反動を攻撃力に加える柔のカウンター剣術。
「バルトですか?」
「もちろん、バルト人ではない。儂も最初は疑ったが、あの邦では魔導は武術と切り離されている。それに彼は気門法/鬼門法を使っていなかった」
バルトの武人とは根本的に戦い方のスタイルが違う。彼の戦い方は、勇敢で優雅だった。
「では、どうやって魔物を?」
「皇帝陛下直属の精鋭部隊が使う、魔導・近接戦闘法に似ていた。あれは剣や矛に魔法の短縮詠唱を加えて手数を増やす荒業。魔導学院でも推奨されている理想的な戦い方だが……」
魔法と剣を両方使いこなす者は稀に居る。遠距離から近接までを一人で担うオールラウンドな戦いができる者。敵に合わせ戦術を変えられる強みがある。しかしそれは魔法と剣を同時に使いこなすという意味ではない。剣を振り、魔法を放ち、剣を振り、と言う風に二つを同時には行わない。
彼の戦い方はそんな不完全なものではなかった。魔法と剣技を同時に操っていた、完全に魔法と剣技を融合させていた。あそこまでの練度は冒険者を含め見たことが無い。
「あなたは砦で彼に兜を脱ぐように言い、包囲したが逃げられた。闘ってみてどうでしたか?」
「見てわからんか?」
「?」
「どこも怪我して居らん。儂は相手にされなかったのだ。他の兵も謎の武術で引き倒され、気が付いたら包囲を抜けられて居った。馬で追ったが風魔法で加速され追いつくことはできなかった」
触れた瞬間、無力化され倒されていた。ダメージは無かったが、儂は悟ってしまった。この男には敵わないと。
魔法、剣、組手、馬術全てで圧倒されたのだから当然だ。
■東方軍総司令、神聖ゼブル帝国第一皇位継承者、アルヴェルト・ガルニダス・ヴァルドフェルド皇子
奇妙に思ったのは森の南に突然活路が生まれた時だった。報告ではリッチモンド卿が破竹の勢いで敵の待ち伏せを打ち崩し、一気に敵本拠地まで進路を作ったという。
「開いた活路を無駄にする理由はない。私は本隊を南に送り、中央にも増員した。夜になる前に勝負を掛けたかったのでね」
「殿下はリッチモンド卿をご存じで?」
「彼には戦場から逃げた魔物を引き留める役を命じていてね。私は自分が殺した男の名を忘れる程冷血ではないんだ」
「しかし彼は戻り、さらにガリウス将軍が倒せなかった魔物を倒した……」
始めはそれほど気にしていなかった。敵の策略とは思えないし、父上の差し金だろうと思った。ガリウス以上の騎士を持っているのは父上ぐらいのものだ。
「敵の砦に帝国の旗が立った頃。リッチモンド卿とモニカ女史がここに来て、彼のことを教えてくれた。リッチモンド卿は彼が私の命を狙っていると、モニカ女史は戦うべきではないと忠言した。しばらくして、兵が報告に来た」
彼は帝国軍の連絡員であり、信用のある人物だった。だから私も表の騎士たちも彼が持ち込んだものを怪しまなかった。見ても何かわからなかったからね。
「彼は敵の砦で発見したとその鉄の筒を私に見せた。あのまま中に何が入っているか好奇心に駆られてのぞき込んでいたら、今頃あの天幕のようにぼろきれにされていただろう」
外が慌ただしくなり、私が外の様子を確認しようと動いた時、その兵は私に筒の先を向けた。違和感はあったが、何をされているのか知ったのは、全て終わった後だった。
稲光の後、兵は筒を落とし、その瞬間けたたましい音が鳴り響いた。
「そこにネロが入って来たわけですね?」
「ああ。彼は私が誰かも知らなかったようだ。それでも全力で私を救いに来た。彼はモニカ女史の前で実力を隠していた。それらは後ろめたさではない。彼はそれなりの地位にいる公人ではないかな?」
「他国の貴族と言うことですか」
「まぁ、ここまでわかっていればいずれわかるだろう。陛下お気に入りのあの郵便屋を使えば」
彼は私に礼儀を説いた。
私が名乗ると、彼は少し迷ってから、名乗る代わりに忠告を残した。
『教会には魔物を生む能力、空間を飛び越え、一瞬で移動する能力、他人を操る能力を持つ男がいる』
その後、鎧が崩れ落ち、彼の姿は無かった。
彼は私に名乗れないことを気に病んで、情報を渡したのだ。つまり性格は誠実。だが他人に成りすますのはそれに反している。自分の信念より大義を優先するタイプだ。この場合大義とは神殿を守ること。正体がわかると神殿を守れない。すなわち彼は帝国の支配下の外の人間。
魔族や獣人ではない。
バルト人でも共和国人でもエルフでもない。
「……! ローア人かな?」
「まさか、ここまでやって来ますか?」
「空間を一瞬で移動する能力。それを彼も有していたとしたら」
「他国に干渉するでしょうか? あの国は何かと叛乱が起き、そんな余裕はないのでは?」
パラノーツ王国。
確か、国王の弟が謀反を興したとか。
その時巻き込まれて全属性無詠唱を可能とした少年騎士が迷宮で死んだ。魔導士協会が悔やんでいたね。
「確か、ロイドと言ったかな」
「少年騎士ですか? 確かに能力は当てはまりそうですが、あの男は若く見積もっても十代半ばです。少年騎士はまだ成人前に亡くなったかと」
「ふむ、なら地道に探しておくれ」
だが、ローア人の可能性は高い。
東に目を向け続けていたけど、視野を広くするべきかな。