幕間 秋の狩猟祭
◇ ボスコーン家 従者 デイル
ボスコーン家の領地から、ここベルグリッド領までは馬車で六日もかかる。その道のりは決して楽なものではなかった。だが領主に命令されればおれに断る権利なんてない。
ここに来たのは子供を殺す依頼を出すためだ。
カサドの街には冒険者ギルドでは出せないような非合法な依頼を受けてくれる闇ギルドが存在する。
そこで【ロイド・ギブソニアン暗殺】の依頼を出した。
まだ六歳らしいが仕方ない。最近、平民から召し上げられたらしく、調子に乗って〈秋の狩猟祭〉にも出るというのだ。森での狩猟で多くの武装した集団の中、習いたての馬術で参加するなんて、「殺してくれ」と言ってるようなものだ。魔獣の牙で突けば簡単に事故で済む。護衛に魔獣寄せの薬を付ければいくらでも隙をつける。
依頼をすると案の定、闇ギルドの連中も土地勘のある地元の森での仕事を、あっさり承諾した。奴らにとってもおいしい仕事だろう。
だがおれは悪人じゃない。子供を殺すなんて良心が痛む。通りを行き交う人の眼がまるでおれを責めているかのように見えた。皆がおれを見ている気がしてすぐにおれはカサドを出た。嫌なことは忘れよう。おれは宿に戻って、酒を飲みながらペンを取った。
最近教わったやり方だ。日記をつけると嫌なことを忘れられる。嫌な指示をされたり、失敗したことを書くと覚える必要がなくなるからだそうで、実際効果があった。
教えてくれたのは、ヴィオラというメイドで、以前領主とともにギブソニアン邸を訪れた時、おれが一目ぼれした女だ。赤毛でハキハキと元気が良く、笑顔を絶やさない娘だった。
その彼女からある日突然手紙が届くようになった。なんでも主人から文字を教わったから、練習で手紙を書き始めたが、出す相手がいないのでおれに出したらしい。
普通そんなことするだろうか? 一度会っただけのよく話してもいない男にどうして手紙を出す? 紙は高価で普通は木札で連絡をする。わざわざ手紙をおれに送る理由は一つ。
―――彼女もおれに惚れている。
それをごまかすために練習と称して手紙を送るなんてなんと愛らしい人だろう。おれは夢中になって返事を書いた。その内容に領主タイルへの愚痴が入っていたからだろう、それで彼女から日記帳が送られてきた。
――――やはり、彼女はおれに惚れている。
せっかくなので会いに行きたい。だが、彼女のいるギブソニアン邸にはカサドの街からさらに三,四日かかる。寄り道はできない。やることを終えたから明日にはボスコーン領に戻らなくては。
◇名もなき暗殺者
ちくしょう!!どうしてこうなった!!
楽な仕事だったはずだ!!おれはただ、〈秋の狩猟祭〉に出てくるガキを事故死に見せかければそれで大金が手に入ったんだ!! 護衛の騎士はまいたし、おれはこの森を知り尽くしている。確実に殺れるポイントで決行した。ガキは慣れない馬を御すのに必死で、こちらには気づいていない。完璧だった。おれに手抜かりは無かった。
結果、おれは今、冒険者に取り囲まれている。それも並みの冒険者じゃない。三人が三人ともヤバイやつらだ。
最近上り調子のマスという山の狩猟民。まだ、銅級だが弓の達人だ。
〈血塗られた両手〉のリトナリア。金級冒険者でエルフだ。森で勝てるはずが無い。
〈ローア大陸一位〉のタンク。極銀級冒険者……運が悪いとかじゃねぇぞ、これは!!
どうして? おれに手抜かりはない。コイツに護衛の依頼がないかだってチェックしたんだ。くどいくらい慎重に確実にやれる仕事だけやってきたのに……
そんなおれの顔を見て何がおかしいのか、ガキがこちらをみて笑みを浮かべている。六歳のガキの顔じゃねぇ……ちょっと待て……
「お前……馬、ちゃんと乗れてるじゃねーかッァ……」
「どうも。不思議と馬には最初からうまく乗れたんだよね」
はめられた。だがここで殺されることはないようだ。誰が依頼したか話す。それがおれの命と等価の情報料。
おれは迷わず払った。
◆謀反人 タイル・セイロウ・ボスコーン
計画は完璧だった。なのになぜわしが断頭台にかけられているのだ? いやそもそも計画が失敗したからと言って、わしと〈ロイド暗殺〉を繋げる証拠など出るはずがなかった!
なんでデイルが日記なんてつけていたんだ!?
汚れ役をここ何年も任せていた従者のデイル。
紙は貴重だ。ただの従者の奴に買う余裕などなかったはずだ。だが奴が裏切っていた様子はなかった。忠実だったし、もっとひどい汚れ仕事も命じてきた。だからこそ今回も命じたのだ! それを奴は日記につけていやがった! おまけにカサドの街の冒険者たちが何人も、奴が闇ギルドがある通りに入るのを見ていやがった!
チクショウ、どうしてこうなったぁぁぁ!!
――――――[ザシュ……]
2018/08/30
再校正により分けた八話の後編です。
内容は同じです
4757文字→二話に分割しました。2020/2/29




