12.戦場へ
街道を道なりに北へ、馬で駆けた。左手に森が見えた。
その先の丘の上に街が見える。たぶんあそこが帝国軍の本陣だろう。その対面に位置する岩山が教会側の潜伏場所のようだ。近づくにつれ戦闘の爪痕が濃くなっていった。
転がっている死体には結構帝国兵のものもある。大分苦戦している。教会にも獣人やローア南部の傭兵たちなど戦闘に長けた者がいるらしい。森では軍隊の本領が発揮できない。これが夜になったら増々不利になる。急ごう、教会の本陣にいる指導者の男を倒し、指輪を破壊さえすれば全て終わる。
おれは森を左手に見ながらひたすら北へ進んだ。
途中道を阻む獣人や傭兵たちを斬り倒した。
「おお、ご助力感謝いたします!」
「あの勇士はどなただ?」
「あれは確か――」
おれの北進にいつの間にか他の帝国兵が付いて来るようになった。
「進め、進め!! 道はピコ村のリッチモンド卿が開いたぞ!!!」
「「「「「おおお!!」」」」」
ちなみにリッチモンド卿とはおれのことだ。この鎧とマントを拝借した将校は列記とした帝国騎士だった。幸い知り合いはいないようなのでバレなかった。
ちょうどいいので戦況を詳しく聞いた。
「我々南軍と森の北側を迂回した北軍で挟撃する予定でしたが、南は二匹の魔物と遭遇し隊列を維持できず乱戦に。北も敵本陣の岩場が要塞となっており突破は困難。しかし、リッチモンド卿のおかげで南の迂回路を奪取できました。これで砦を落とせます」
「ならば決着はすぐに着くだろうな」
「はい、本陣にはこのマルシャイ辺境伯領の駐屯軍と隣の交易都市から派遣された自治軍、それに北のヨーク公が派兵した公王軍が控えています。神殿の聖騎士部隊と東方軍で護りも盤石」
知らない間にかなり大きな戦争になっていたのか。これだけの軍に魔物で対抗しようとしたらしいが無駄だったな。
まもなく決着が付く。
敵本拠地前ではすでに森を突破してきた兵士たちが戦っていた。そこに南と北から合流した隊が一気に加勢した。
バラバラの軍のはずなのに、新たに加わった各隊が群体のように一糸乱れぬ動きをしている。
帝国軍の戦術はレベルが高い。
隊列を組み、一糸乱れず敵を討つ。
一方教会はいくつかの集団がバラバラに戦っている。獣人と傭兵と市民軍と動きがあってない。
これならすぐに突破できそうだな。
「ぐぁぁぁあ!!」
帝国兵が空に舞い上がっている。
手練れがいるようだ。
あれが敵の主力か。あれさえ倒せば一気に片が付く。
歩兵と騎馬の間を通り、その度に怒られた。
「おい、貴公はどこの部隊だ!」
部隊? そんなこと知りませーん。
すいませーん通りまーす。
「闘技包囲陣ーッ!!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
あ、やべ!
突然兵たちが隊列を変えて、円形に並び槍を突きだした。その中には黒い甲冑の帝国騎士とカマキリのような脚をしたもじゃもじゃの怪物。あとおれ。
あれが敵主力か?
魔物、まだ居たのか。
「貴様、包囲陣から出ろ!!」
いやそんなこと言われましても。出口が無いぞ。これは一対一で戦うための陣形。おれと同じことを考えてのことだな。
「はぁーーッ!!」
黒い鎧の男が魔物に矛を繰り出す。凄まじい連撃だ。
「「「「うぉぉ!!」」」」
「何という攻撃だ!」
「カイゼル将軍のあの攻撃を受け切った者は――」
一方魔物は鋭い前脚を使い、その攻撃を防いでいる。魔力ではなく身体能力の高さと鬼門法/気門法を高めた変化、それにあの容姿。元は獣人か?
「ぬぅ……!」
「バカな!」
ダメだ。あの騎士は相当な実力者だが、地力が違う。あの獣人の魔物はパワーとスピードが桁違いだ。技術で埋められる差ではないな。
おれは剣を抜いた。
「む、止せ!! 死ぬぞ!!!」
魔物はおれに気が付いて迫る。獣人の瞬発力と爪による攻撃。それを異常発達させたかのようなシンプルな強さ。あの速さでは魔法も避けられるだろう。
だがそれゆえ攻撃は単調で読みやすい。おれが剣を抜いて迫れば正面から受けに来ると思っていた。加えて連撃を繰り出す間、コイツは脚を止める。
『風圧』による高機動。
『瞬回』による受け流し。
コイツは動きに緩急が無いし、フェイントも無い。狙いは単調で読みやすく、動きが洗練されていないから腕の付け根の動作でタイミングもバレバレだ。
よっておれが攻撃を食らうことは万が一にもない。だがおれの剣も奴の喉元には届かない。奴もまだ戦いが拮抗していると思っているだろう。
攻撃を受け流して剣から激しく火花が散る。
と言うか、剣を削られていってる。いい剣だったが持ってあと数秒か。おれが剣士だったらピンチだ。
「残念ながら、おれは剣士じゃないんでね」
その間に無詠唱で魔法をたたみかける。四方八方から放たれる『風切り』に魔物の勢いは衰えていく。
「「「「おおおぉ!!!」」」」
魔物は攻撃しているのが誰か分からず混乱している。
どうやら戦闘経験はそれほど無いようだな。身体能力任せの移動と連撃だけしかできないようだ。
「ん?」
おれは違和感を覚えた。
この魔物は泣いているのか?
追い詰められた魔物の眼から涙がこぼれ、明らかに戦意を失っていった。
その顔は獣人の名残を多く残している。どことなく幼い感じがする。それに表情は覚悟や狂気からかけ離れた怯えに満ちている。
そう、まるで戦場に突然出された子供のように。
おれは『風の剣』を纏わせた剣で渾身の突きを魔物の眉間に放った。
「すまない」
魔物の顔にはおれへの恐怖がこびりつき、死による開放などと、とても言えない絶望を表していた。
周囲は勝鬨を挙げたが、おれには責めの文句に聞こえた。
平等と正義を掲げている癖に、獣人なら子供でも何してもいいと思っているのか? それを操って兵器のように消耗して……
狂ってやがる。
子どもを殺したかもしれない罪悪感。
おれに子供を殺させた教会への怒り。
それらはおれの脚を敵本拠地へと急がせた。兵たちは道を開けた。魔物が死に、逃げだす敵兵となだれ込む帝国兵。決着が付くまでにそう時間は掛からなかった。
◇
砦はあっという間に陥落した。おれは内部にいる首謀者を探し回った。
なんだ? やけに人が少ない。逃げたにしては……
「待たれよ、リッチモンド卿」
さっきの黒い鎧の……兵たちにカイゼル将軍と呼ばれていたな。
「カイゼル将軍閣下。早くここの首謀者を捕らえなければ」
「教会幹部はすでに捕らえた。だが指導者はいない」
いない?
すでに逃げた後だったのか。
そうか、ジュールとノワールさんが見たという時空間魔法。戦況が不利になれば安全に逃げ出せる。
しまった。おれの取るべきは戦闘ではなく暗殺。敵が攻勢に出ている隙に忍び込むべきだったか。
「今回の武勲は魔物を三匹討伐した貴公にある。だが……」
おや、これは……
「貴様は帝国軍人ではないな?」
バレたか。まぁあれだけ戦術を無視していれば当然か。
兵たちがおれを取り囲んだ。
「貴様は間違いなく今回の勝利に貢献した。ゆえにその正体を明かすなら、この件については不問とし、報奨金を授けよう。だがその兜を取らぬというなら本陣へは逆賊として連行することになる」
当然だな。
もしかしたらおれがこのまま本陣に戻って要人を暗殺するなんてことも……
ちょっと待てよ。
「さぁ、早くその兜を取り、正体を明かせ」
おれが迂回路を奪取した時点で勝敗は決まっていたはずだ。だがそれからしばらく教会側は引かなかった。あの魔物が切り札だったとしても、物量差が根本的に違う。
逃げる時間を稼ぐため?
いや、魔法で移動可能なら必要ない。
なら、何をしていた?
指輪の能力は、人を魔物に変える力、空間を操る魔法、それに――洗脳。
「悪いがアンタらに構っている暇はない」
「何だと?」
おれは取り囲んだ兵を蹴散らし、森を突っ切って本陣に向かった。
無論おれの後ろを帝国兵たちが付いて来る。おれの方は『送風』で加速した馬だからぐんぐんと進み彼らを置き去りにした。
確か、この戦いには交易都市自治軍とヨーク大公国軍、それに神殿騎士と東方軍が参戦している。兵が紛れ込むにはうってつけだ。
それにこれ程の軍をまとめている総督はかなりの位の要人のはず。皇族か?
狙いは皇族の暗殺。
確証は無いがそれは推測と予感に従い本陣に急いだ。検問はキチンと敷かれていたがこんなもの魔法で潜り抜ける方法はいくらでもある。と言いつつおれは馬で強引に突破した。今は時間が無い。
本陣が敷かれた街ではすでに勝利に浮かれて喝さいが響いている。
「あれか?」
丘の上に立ち並ぶ天幕の中に色が異なるものがあった。
「なんだ貴様、無礼であろう!」
他の兵とは違う精巧な装飾が施された鎧。精鋭部隊による護衛。間違いない。
「止まれ、貴様反逆者か!!」
「ならば斬られても文句は――ぐはぁ!!!」
ここで時間を取られるわけにはいかない。おれは『思考強化』を発動した。
「誰かそいつを殺せ!!」
騎士たちを蹴散らしながらおれの強化された思考と五感が天幕の中の状況を認識した。
今まさに天幕の奥にいる男に、帝国兵が大きな金属の筒を向けていると音で分かった。視認する前にそれが何か、匂いで気が付いた。
なぜこの世界にあんなものが?
一瞬思考が逸れたが、暗殺犯がその人差し指に手を掛ける前に天幕の外から『紫電』を放った。男は感電しその筒を落とした。
[ダァァン!!]
けたたましい炸裂音が響いた。
おれはすぐさま天幕の中に入り、状況を確認した。
玉座の前で立ちすくむ男と見覚えのあるおじさんと見覚えのある少女。その前にはうつぶせに倒れている帝国兵。傍らに落ちているのは間違いなく、銃だった。
「そなたもしや、余を救ったか?」
やけに物分かりのいいおっさんだ。
「後ろを見てみろ」
三人とも振り返りぎょっとした。天幕には無数の穴が開いており、調度品はバラバラに砕けている。
「クッ……で、殿下お怪我はございませんか!?」
表で倒した精鋭騎士が入って来た。意識を断ち切ったはずだが根性だな。実力差はわかっているはずなのに、これは忠誠心か?
「殿下、この男の鎧は私からはぎ取ったものです。この男こそ賊です」
本物のリッチモンドが叫ぶ。
「いえ、今殿下をお救いになったでしょう。賊はその男です」
モニカが庇ってくれた。
なるほど、おれが偽リッチモンドだとバレていたか。
彼らもおれがこの男を狙うと思い、報告に来ていたところだったのだろう。
「殿下、この方が先ほどご報告しました街を魔物から救ったネロです」
モニカ……マズイな。彼女の前で雷魔法を見せてしまった。
「その方の活躍は報告で受けて居った。南の迂回路を切り開いたリッチモンド卿とはそなたのことであろう? それに余の命を救った。帝国人でも魔族でもない。おまけに我が精鋭を一瞬で突破する剣技と、先ほどの魔法。何者だ?」
「人に名を尋ねる時はまず己から名乗るのが礼儀だ」
男は一瞬驚き、他の者は青ざめた。
「ふむ、確かにそうだな」
「「「「このお方は東方軍総司令にして神聖ゼブル帝国第一皇位継承者、アルヴェルト・ガルニダス・ヴァルドフェルド皇子で在らせられる」」」」
騎士たちがおれに剣を付きつけながら言ったが、皇子は手でそれを制した。
「それで、余は命の恩人である貴公が、どこの誰なのか教えてもらえるのかな?」
野太い声でゆったりと話しかける壮年の男は、歳に似つかわしくない無邪気な笑み
を浮かべていた。