11.魔物へ
頭上に居たのは黒くて丸い物体。それが眼を開いた瞬間、赤い光線を放った。おれはモニカを抱えてすぐに身を隠した。
「あ、あれが魔物……? 人がどうやったらあんな姿に……」
「昔あんな感じのゲームキャラいたね」
「は?」
おそらく、魔物化したのは魔族だろうな。右目に映る魔力量と質がハメスのパパと似ている。奴隷を使って魔物化させたか。
さっきの爆発は光魔法なのか? わからんな。ビームって岩を爆発できたっけ? わからんな。
よし。殺そう。
「私が時間を稼ぎます。その間にあなたは北に走って下さい。待機している軍がいるので、できれば増援を」
「今の爆破で来る様子が無いのはおかしくないか?」
「……た、確かに」
「怖気づいたとか」
「帝国軍を愚弄するの? あなた……教会の手先!?」
話している間に位置がバレた。
赤い光線の攻撃をモニカを抱えながら躱す。
「おれは教会の敵で、帝国の味方ではない」
「何よ、もういい!!」
何する気だ?
モニカは飛んできた魔物と向き合うようにして構えた。
魔物の眼が光った。
「光よ、照らせ! 発光!!」
おお、すごい。
短縮詠唱で一度に五つも『発光』を発動させた!
まぁ、おれは無詠唱で五十は同時発動できるけどな!
って避けろや!
もうモニカを小脇に抱えることにした。
「おや?」
魔物が光線を出すのをやめた。あの魔力量ならレジストを受ける程の魔法では無かったはずだが。
原因は何だ?
「あいつは私が何とかするから早く逃げて!」
「ちょっと時間をくれ」
「何の?」
どうやって奴の攻撃を止めた?
彼女はあの赤い光線のカラクリを見抜いているのか? くそ、おれだってもう少し考えれば……
「ちょっと、何考えこんでいるのよ」
「だめだ。負けを認めよう」
「私たち戦ってた?」
光魔法は極めたつもりだったが、まだ知らないことはあったらしい。慢心を捨て去れ。教えを乞うのじゃ。
「なんで『発光』ごときであの攻撃を止められる?」
「奴の放っているのはたぶん爆燐鉱よ。外気に触れると一気に反応して爆発するけど赤い『光彩』で安定させることができる」
あの爆発は鉱物の特性で、赤い光は攻撃ではなく対象に爆燐鉱が付着するまで爆発させないためか。
「なるほど、だから『発光』で『光彩』の制御を不安定にさせたのか」
周囲に光源ができれば光のコントロールは難しくなる。
奴は体内から放出した瞬間爆発してしまうからその爆燐鉱を出せない。
「よくわかったな」
「……魔法と鉱物は専門分野なの。普段は研究職だしね」
「ほう、それで、攻撃は止めたが反撃しないのか?」
「できないのよ! 見て分かんないの? 『発光』を五つも発動させてるのよ!? 今動いたら死ぬ!」
この子、この状態でおれに逃げろと言ったのか。帝国人でもないおれに。
なのにおれときたら、ここの人間とは関りがないからと助ける気も無かった。
「今も、君がどうやってあの魔物を倒すか見たい、でも……」
「なにブツブツ言ってるのよ! 早く逃げなさいよ!!」
「実は、おれは君より強い。助けて欲しいだろ? ん?」
「なぜあえて聞くの? 嫌がらせ!?」
またさっきみたいに、勝手なことするなとか言われたらいやだし。
「あなたにあの怪物が倒せるっていうの? なら早くしてよ!!」
「わかったわかった、仕方ない仕方ない」
黒い玉は全身から黒いとげを射出した。どうやら光線以外にもできるようだ。四方八方に触手のように伸びたとげは岩を貫通し、一斉にこちらに迫った。
フン、この程度……
おれは腰に手をやり、思い出した。
「剣持ってきてなかった! うわっ……!!」
「ちょっと!!」
後ろでモニカの慌てる声が聞こえる。
大丈夫だ、心配ない!
間一髪で黒いとげの攻撃を躱した。
『魔装』や雷魔法はバレるといずれおれだと気が付かれるかもしれないので使えない。
そこで残された攻撃手段は属性魔法。
『送風』で動きを早め、『風切り』で攻撃。
あれ、この手応えは……
「効かない?」
「ダメよ、あの外装はおそらく鋼鉄並の強度。風魔法の切断力では太刀打ちできない」
あれだけの硬度の外皮を身体から生成したのか。
根本的に生物として別種になっている。
「あの身体を浮かせているのは浮遊石。あの魔物は体内で鉱石を生成できるのかもしれないわ」
「なんだと!!」
便利だ!!
案の定、ウニみたいになった黒い魔物は口から何かを吐き出した。
「共鳴石!? 耳を……」
モニカの言葉は最後まで届かなかった。
墜ちた石は耳をつんざくような激しい音を発生させた。
周りの瓦礫が木っ端みじんになる。
ボトリと魔物が落っこちて来た。
「……へ? なに、どうなったの?」
驚くべきはおれの方だ。モニカは一瞥しただけで鉱石を言い当てた。それで十分。
共鳴石とだけわかれば最後まで聞く必要はない。おれも馬鹿じゃないんだ。石が落ちる前に、『土壁』で反響板を作って魔物の方へ向けて置いた。四方から音響の衝撃をまともに受けて気絶したようだな。というかお前聴力あったのかよ。
「あの一瞬でこんな精巧な壁を……?」
「さて……」
おれは魔物に話しかけてみた。
「言葉は分かるか?」
「魔族語! あなた、魔族なの?」
「いいえ」
「教会側でもなく帝国人でも無く、魔族でもない……?」
魔物は目をぱちくりさせおれの方を見ていた。
何となく頷いているように見える。
右目で確認したが、特に操られているような兆候は無かった。
「何しているの、早くとどめを……」
「うーん」
ここまで変わってしまえば、もう元には戻れないだろう。殺してやるが人の情けだ。
おれの迷いを察したのか、魔物が眼から熱線を放とうとした。
しかし、『魔の手』によりコイツの魔法は全て発動しない。
どことなく怯えているようだ。
「痛みを感じるか? 恐怖は?」
興味がある。人としての感覚がまだあるのか。どうやって鉱石を生成しているのか。生きた魔物の生態そのものを研究出来たら。
魔物はコロコロとおれから逃げるように遠ざかり、消えた。
「え? 消えた!」
「すまない、どうやら逃げられたようだ」
おれが『転移』で逃がしたんだけどな。
「撃退したってことね。ありがとう」
モニカは気が緩んだのか、年相応の笑顔を見せた。
守りたい、この笑顔。
頭をなでてあげたら一瞬で消えた。
「子供扱いしないでくださる?」
「ああ、悪かった」
「私これでも三十代なのだけれど?」
「ああ、悪かった」
フフ、そんな見栄を張るなんてまだまだ子供だな。
おれがそんな深夜のノリでモニカをからかっていると、馬が駆けてくる音が聞こえた。
「命令だ、コイツを引き留めろぉ!!!」
説明も無く、馬上から男が叫んだ。
コイツってなんだよ。
ここからだとよく見えないが、なんか人を飲み込んでるな。大きいぶよぶよしたものがバウンドしながらこっちに来る。
「まさか、また魔物だなんて……!」
モニカは絶望している。
もはやおれが頭を撫でてもなにも言わない。
「ぐぉぉ!!」
帝国軍人と思われる鎧姿の男が馬から転げ落ちながら剣を抜いておれに付きつけた。
「すまんがおれと共に奴の餌になってもらう!」
餌になっているのは後ろの兵士たちのようだが。
魔物に追いつかれ、剣で反撃するもその身体はぶよぶよと剣を跳ね返している。ああ、喰われた・
火魔法で攻撃する者もいたが効いていない。ああ、喰われた。
魔物は透明でうねうねと動く液状の塊だ。
「スライムだ」
「知ってるの!?」
これは指輪の意図的な魔物への変化なんだよな。
だが、何か引っかかる。
「ここまでだな」
鎧の男が空に向けて魔法を放った。
これは何かの合図?
「あの魔物は剣も魔法も効かない! ここで仕留めるには対軍級魔法の一斉発動で完全に消滅させる以外にない!」
そのための餌か。
あれ、今の対軍級魔法の、放ての合図かい?
おれたちいるのにやる気かい?
「案ずることは無い。我々の尊い犠牲で、数百、数千の命がぐぼぉぉぉ!!」
とりあえず切っ先を向けられていては何もできないので、倒させてもらった。
「ええぇ なにしてるのよ!!」
「いい剣だなー。将校かな?」
他の兵を飲み込み、一瞬で消化したスライムは粘液を放出した。
どうやら標的をおれにしたようだ。別にお前の獲物を奪ったつもりは無いんだけどね。
粘性の液体を『水流』で捕らえ受け流した。
「う、上手い!」
この液体はまぁ酸だろう。
水流で濃度を薄めたのに瓦礫が一瞬で溶解したところを見るとかなり強力な濃硫酸だ。
「本体が通ったところは溶けてないわね」
「表面の液体は気化しない、表面張力の高い液体。その内部にあの濃硫酸」
実際スライムを見ると生物として異様だな。
ばるんばるんとこちらへ迫る。
と、その時、空が真っ赤に燃えた。
いや、頭上に現れた巨大な炎。
やる過ぎ。街ごと魔物を葬るつもりですか。
「これは……」
炎は空で掻き消えた。
おれが消した。レジストして鎮火した。
「どうして……?」
「こいつは火に強い。あの程度の火力では倒せる保証がない。なら」
おれは『氷結』でスライムを凍らせた。
内圧を高めて粘液を出したり、弾性を生かして移動は出来ても、個体になれば動けまい。
「は、早い! 無詠唱で風、土、水、火、それに複合属性の氷まで……あなたは一体何者?」
おっとやりすぎたか。
モニカの興味を引き過ぎた。
「すまないがおれには結婚予定の恋人が二人いる」
「すまないって何が?」
「あと五年しても気が変わらなかったら……あ、やっぱ忘れくれ。その方が君も幸せになれる」
「ひょっとして、馬鹿にしてる?」
「いや、君に魅力が無いと言ってるんじゃないんだよ?」
「私を怒らせたいのね? そうなのね?」
そうだね。
この子は勘がいい。
「おれたち、距離を取った方が良さそうだ」
「倦怠期の夫婦か!」
モニカは自分で言って恥ずかしそうにしている。おれも君ともう少しおしゃべりしていたいけど、今は仕事優先。おれは魔物を狩りに来たわけでも帝国に加勢に来たのでもない。
教会を消す。その為には不本意だが、ちょっと工夫しないと。
将校の鎧をはぎ取って帝国兵に化けた。
「あなた、何してるかわかってるの?」
「おれは戦場に向かう。おれのことは忘れてくれ」
「ちょっと待ってよ、ネロ!!」
モニカを置いておれは北西の戦場を目指した。
少し歩くとお馬がいたので乗せてもらい、街の外に出た。
◇
暗黒大陸西方。魔境。不死王の城。
「ハメス様―!!」
「封印の間に妙なものが……」
「どうしましょう……」
全く、この城も騒々しくなったものだ。我を呼びに来た娘たちの招きで以前父上を封印していた部屋へ。
「……魔物か?」
そこにいたのは黒い玉のような物体と、透明な液体のような物体。
対照的な姿形をしている。
「おそらくロイド様が送り込まれたのだ」
「ええ、なんでこんな怪しげなモンスターを?」
「ふむ……」
目が合うと、黒い玉は目を泳がせスゥーと奥へ移動した。それに続いて液体もぶよぶよと逃げた。
「なるほど、教育済みというわけだ」
さすが我らが王。
魔物ですら手懐けてしまわれるのか。
「だが、念のためレティアとハルマートに見張らせ……これこれ不用意に近づくな」
娘たちは魔物共に近づいた。だが、魔物は攻撃する素振りは無い。
「ちょっとかわいいかも」
「ハメス様、私たちもお世話していいですか?」
「勝手にするがいい」
黒い玉、液体の魔物では呼びにくいので娘たちが名前を付けて世話をすることになった。
「よろしくね、カオス! アクア!」
我に魔物の感情など分からぬが、どことなく喜んでいるように見えた。