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10.帝国へ



 おれの名前はロイド。たぶん十七歳ぐらいだ。おれぐらいの年齢なら普通、下働きをしながら恋人を作って、夢を描いて、希望に満ちて……まぁ良く知らないが、人生楽しい時期だろう。


 どこで間違えたのか。


 おれはそんな楽しい人生からはかけ離れている。


 ハッキリ言っておれには最高の彼女が二人いる。聞く人が聞けば顰蹙(ひんしゅく)を買いそうだが、おれは二人を心の底から愛している。

 ならさぞかし楽しい人生だろうと思われるだろうが、ここから先が罠なのだ。


 全然休みがない。


 おれたちは結婚を前提に清い交際をしているが、一日に会えるのはせいぜい数十分。ひどいときはしばらく会えない。

 一言で言えば仕事に忙殺されている。

 

 どうしろと?


 おれの人生の九割は波乱万象の特番で使えそうな激動そのものだ。邪魔なものを消し、一心不乱に駆け抜け、ようやくたどり着いた安らぎ。

 それはあっさり否定された。

 

 どうやらおれはまたさらに厄介な、問題に巻き込まれるようだ。


 オーケー良いだろう。

 もう何度目か知らないが、また困難という壁を見事打ち壊して、前に突き進む!!


「なんだよ! アイツ、明らかに悪役っぽかったじゃないか! アイツ消せばもう万事解決で、ずっと二人といられると思ったのにぃ!!!」


 アイツってジュールのことね。

 

「旦那様、お心のお声がダダ洩れて居ります」


 マドル、そんなヤバい人見たみたいに見ないでよね、恥ずかしい。部下の前では毅然としていなければ。今更な気もするけど。

 大丈夫だ、おれはまともだ。伊達に試練のバーゲンセールの中をサバイブしてきちゃいない。


 だが、問題は歴然としてある。


 帝国で騒動を巻き起こしている教会勢力が神殿を打ち壊している。これは無視できない。

 仮に逃げちゃおうとしても、この騒動はやがて世界中の秩序を揺るがすというのだから逃げ場も無い。


「悔やまれる。あのままジュールに見下げられたまま、傍観者を決め込んでいた方がまだ良かったというのに」


「申し訳ございません、まさかこの身を魔王と結びつける情報がこれほど早く帝国軍に漏洩していたとは思いもせず……」


 リースは頭を下げた。見えたぞ。お前うれしそうな顔しやがって!! わかっていておれのことバラしたんじゃないか? アイツを焚きつけて、おれに勝たせようとしたんじゃない? その方がお前の戦う機会が増えますものね!!


 おっと、マドルその眼は憐れみかな?

 大丈夫、おれはまだ余裕を失ってはいない。


「いや、おれも気づかなかった。おれがお前たちといることで、周囲に魔王と () () を生むなんてことは分かりそうなことだったのに」

「誤解……?」


 なぜ首を傾げる?

 

 もうこれ以上面倒事は御免だ。


 どうすればおれはこの束縛から解放されて幸せを手に入れることができるのだろうか?

 

 もどかしい。こういう時母様に相談するのに、ややこしくなる前に帰らせてしまった。霧雨の料理が食べたい。


「そうだ、ジュールが何か計画があるというから待っているが、別に待つ必要はないな」

「はい?」

「錆の魔王を操っていた指輪が、教会を通じて神殿を攻撃している。ならその指輪をさっさと破壊すればいいんじゃないか」

「しかし、敵の居場所も何もわからず、ジュール候は情報を集めている段階なのでは?」


 世界各地の情報を集めるために起業するとかヤバいよな。あの人は本当におれの部下になったのか? だとしたらなんでおれは転生前みたいにブラックに働かされてるの?

 

 うーん、早く教会がらみの問題が解決してくれれば……あ、そうだ!


「おれが現地に行って、探して破壊すれば解決だ。言っちゃ悪いが、ジュールのやり方は回りくどい」

「全否定ですね」

「そうと決まれば、出発だ。徹夜になるが問題を棚上げにして置くよりいいだろう」

「お供します」


 リースとマドルがいたら帝国兵に敵だと誤解されそうだな。


「ダメだ。お前たちまで居なくなったらバレるだろ。それにもう夜中だ。マドルは寝なさい。お肌のためだ」

「……いずれにしてもバレるのでは……」

「バレたときには全て上手くいっている。よし……」


 おれは粗末な服とローブを着た。


「どうだ?」

「逆族の輩にしか見えませぬ」


 忖度を覚えろよ、リース。


「あの〜旦那様にはこちらのローブの方が……」


 マドル、悲しい目をしないでくれ。あと君、おれのこと全肯定だったのに崩れて来たな。

 真っ赤な高級生地に金糸で刺繍が施されている。

 そんな高いローブを着てたら目立つ。



「武器を置いて行かれるのですか?」

「その大太刀と聖銅剣は目立つ。おれだとバレれば、帝国領内で勝手に戦闘したと後で難癖をつけられてしまう」

「難癖ではありませんがね」

「ジュールの話が本当なら、十七年もかけてその指輪は大してこの世を動かしていない。錆の魔王の時も失敗したんだし、大したことはないだろ」


 みんな大げさすぎ。

 とっとと片付けて、空いた時間で二人とハネムーンだ。



 転移してみたら、周りが瓦礫だらけだった。


「ここはどこだ?」


 共和国から帝国に行く冒険者たちに転移用の魔法陣を持たせてギルドに運ばせた。ここはその一つ、マルシャイ辺境伯領のオルホラと言う街にある冒険者ギルドのはずだが……


 街だったと思われる廃墟の中で、転がっている人々と、叫びながら歩く者、運ばれている者、茫然としている者。


「戦争でもあったみたいだな」

「みたいじゃない。こりゃ戦争だ」


 ぼろを纏った傷だらけの男だった。


「帝国が何もしてくれないからこんなことに……」

「この惨状は帝国が?」

「……おれたちに聞いたって分かりっこない。気がついたらこうなっちまっていた」


 男はそのまま座り込んで動かなくなった。


「誰か、その男を捕まえてぇ!!」

「ん?」


 女が男を必死に追いかけている。男の腕の中には貴金属を入れる箱。泥棒だ。


 おれは男の前に躍り出た。


「それをその女性に返せ」

「う、なんだてめぇ、関係ねーだろ!!」


 男はナイフを出して斬りかかって来た。

 

「ナイフは嫌いだ」


 斬りかかって来た勢いで顎を拳で打ち抜いた。


「ぎゃは」


 ひっくり返り、動かなくなった。


「ありがとうございます」

「いいえ、気を付けてください」


 女は箱を持って足早にその場を去った。


「いいことしたつもりか?」

「ん?」

「そいつにはけがをした息子と嫁がいる。だが治療の出来る神殿まで行くには金が掛かる。今は首都は包囲されてて入れねぇし」

「だから盗んでいいと?」

「お前はあの見ず知らずの女を助けて、コイツの家族を殺した。立派だな」


 瓦礫の山の影から蔑んだ眼を向ける者たち。

 彼らは街の住人なのだろう。

 この男のことを知っているから止めなかったようだな。


「ならあの女性から盗んでいいのか? 彼女にも同じ大切な人がいて、その為に金が必要だったらどうする?」

「あいつに家族? 元からアイツは盗みばかりする性悪だ。よくわからねぇで偽善者ぶるからそうなんだよ」


 荒んでいる。

 彼らにとっておれのようなものは敵に見えるのだろう。


「悪かったな。さっきの女を捕まえて箱をこの男に渡せば許してくれるのか?」

「いいや、許して欲しいなら死んで詫びろよ」

「そうだ、勘違いした偽善者め!」

「人殺しの悪党!!」


「そんなことより、ここで何があったか教えてくれ」

「そんなことよりだと!」


 おれは彼らの受けた不条理に対して何もできないしする気もない。理性を捨てて、獣のように吠えれば気が紛れるのかもしれないが、弱い奴が吠えてもただ鬱陶しいだけで何も変わらない。

 

 そう言ったとして何が変わるというんだ。


「おれたちには声を上げる権利も無いってのか!!!」


 それをおれが聞く義務があるとでも? とぼけるなよ、わかっているくせに。お前たちが怒りのはけ口を必要としているからって、おれがそうなってやる義理はない。


「何があったのか、説明できる人はいないのか?」

「黙れ! この生意気な野郎を誰か畳んじまえ!!」


 おれに近づく者はいなかった。


「お前たちがそこにいるのはお前たちの意思だ。その立っている場所からおれに飛び掛かってくることもできない。どれだけわめいても淀んでいるだけの連中に過ぎない。そのお前たちがおれに説教か? どの立場でものを言っている?」


 石が飛んできた。

 

 こいつら……おれが手を出さないと思って付け上がりやがって。

 こっちは眠いのを我慢して、魔力を節約しながら動かなければならないというのに。


「待ちなさい!!」


 ん?


 そこに現れたのはローブを着た少女だった。


「皆さん、今は争っている時ではありません。隣人が傷つき、家族が帰らぬ人となり、苦しんでいる仲間がいるのにケンカですか? その体力があるなら他にすべきことがあるでしょう!!」


 不貞腐れたように、人々が移動を始めた。



「あなたも、彼らの気を逆なでするような言動はしないで」

「それより、君は何者だ」

「そういうのヤメテ。全く……この街で魔導士をしていたモニカです。あなたは?」


 見たところまだ成人して間もない子供だ。

 それなのにあの発言と影響力。この街では信頼されているようだな。ひょっとしてかなりの実力者か?


「ここで何があった?」

「ハァ……こちらが名乗ったのに名前も教えないの? 本当に無礼ね」

「ああ、悪かった。おれは……ネロ」

「そう。ネロ、魔物が現れたのよ。教会戦力が投入した魔物の兵」


 魔物の兵だと?

 ジュールの子飼いにしている調査員が見たという、化け物のことか。

 指輪が魔物を作れるなら、増々早めに見つけないと……


「私の質問に答えて。ここに何しに来たの?」

「探しものだ。それより、その魔物はもう殺したのか?」


 魔物の変化は一定じゃない。おれも二匹しか見たことが無い。


「いえ、分からない」

「は? じゃ、逃げたのか?」

「魔物がなぜ逃げるのよ。今探しているのよ。ここから北東の森で帝国軍と教会の市民軍が戦闘しているのは知ってるわよね?」

「いいえ」

「どうやったら知らずに居られるのよ。まぁいい。その戦場からこちらに移動したという報告があって、すぐこれよ」


 つまり、魔物の進路にこの街があり、着たらこの状態だったということか。

 魔物を追うか、それとも戦場に向かうか、どうしよう。


 お、雨まで降ってきた。


「うわぁ、なんだこれ!」

「きゃ、これって……」


 降って来たのは血と臓物だった。


 空を見ると、黒い丸い物体がこちらを見ていた。


「いるじゃないか、魔物」


 呆然としている少女をとっさに抱え、おれは身を隠した。赤い光線が元居た場所を爆破した。







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