幕間 神の視点
迷宮から本来蘇るはずのない魔王たちが現代に現れた。
金と情報の力であらゆるものを支配してきた【覇皇】、ジュール。
原初魔法を用い、魔族の奴隷を救済した【黒鉄の乙女】、ノワール。
史上最高の知力と史上最強の武力がコンビを組んだ。
その結果、約十年でこの世に新しい情報ネットワークを生み出し、世界の三分の一を一つの総合商社でリンクさせた。
二人がパラノーツに到達したころにはすでに約九割のギルドにこの【カルタゴルト】の窓口が設置された。始めは地元の商業組合に反発されたが、実際金の管理は冒険者ギルドの方が安全で便利だ(冒険者ギルドに強盗する者はいない)。名もなき地方の商業組合が発行した証券は換金できるところが限られるのに対し、カルタゴルトを介した証券はどこでも利用できた。
人々は自然とこの企業を生活に役立てた。
だが、真の目的は違った。
金と情報による支配。
それは神々が危惧するまでに拡大する一方、教会打倒のため、神殿を護る立場で動き始めたことを神々は歓迎した。
ところが、そのトップであるジュールとロイドの接近は予想不可能な混沌。
魔法神アリアは危機感を抱き見守っていた。
「まさかこうなるなんて……」
彼女は予期せぬ事態に困惑した。
「――たった今ドルズゥール島で信じられないことが起きた」
そう言ってアリアは他の神々に映像を見せた。
そこにはジュールとロイドだけでなく、ノワール、葛葉、パルクゥーンがいた。
「想定以上にロイドの力が増した。その影響力も……。ロイドが加わったのではない。ジュールがロイドの下に就いた」
「え? あいつが?」
ジュールを良く知るシスティナは驚いた。
「何かおかしいの?」
ロイドを推しているエリアスには自然なことに思えた。
「傲慢で偏屈で性根がねじ曲がった奴です。素直に誰かに従うような男じゃない」
「ロイドもまた、この時代において魔王として覚醒した。だが、それが世界に明るみになる前に、魔王を統べるまでになった」
「すごいわ。ロイド君!」
《喜ぶべきではない。これは今までになかったことだ》
知恵の神ダナンが警告を発した。
「良いのか? 一人の人間がここまでの……」
「もはや、この青年は我々の力を越えるのでは……」
「だから魔王を蔓延らせるのは反対だったのだ!!」
「この男が秩序を乱せば誰も止められんぞ」
ロイドに対し、危険視する声が神々の間で高まった。
「だが、教会から神殿を護る力になる」
「もしジュールが死ねば詠唱魔法は無くなる。それがどれだけ危険なことか」
「ノワールが暴走する危険もゼロじゃない」
「葛葉が自由にあちら側とこちらを行き来している。ゆがみを生んだらどうする!?」
肯定的意見は少数だった。
「だからと言って、我々が彼らに協力することも、彼らを止めることもできないはず」
「結局のところ変わりはしない。神殿に身を寄せる者たちを導き、ゆがみを生む者がいれば、その時は‶天上の者たち〟に対処させる」
「我々が地上に直接干渉するべきではない」
釘を刺されたのは受肉によってロイドやジュールに協力したエリアスとシスティナ。
しかし、エリアスはあっけらかんとした顔で言った。
「でも、もし、ロイド君が時代の流れを変えたら、もう魔王の時代を恐れることも無くなるかも」
楽観的。誰もがそう思った。だが、そう単純に断じることもできない。
それほどにロイドは特異な存在。
アリアは一同を前に見解を述べた。
「彼はこの世の人間ではない。奴と同じように……。だからこそ、数千年間、我々が棚上げにしてきた問題に終止符を打てる。少なくとも、彼以外に、この負の連鎖を終わらせる力と資格を持つ者はいない」
反対していた者たちも、彼女の主張に反論はなかった。
「彼は世界を救うわ。絶対そうです!!」
《そこまで言うなら、エリアス、万が一のときはお前がロイドの存在を消滅させよ》
どこからともなく聞こえた姿なき声。先ほどの知恵の神ダナンとは異なり、ずっと強く響いた。
「万が一などありませんから」
ロイドをめぐって神々の対立がにわかに浮き彫りになり始めていた。
肯定か、否定か、傍観か。
地上だけではなく天界も大きく動き始めようとしていた。
2020/5/22 文字数を削減 加筆修正