6.対決へ
アイリス、ノワールとの茶会を終えロイドは王宮であてがわれた部屋に入る。
するとジュールがいた。
「それで、答え合わせといこうか。おれのことはどこまでわかった?」
ジュールは座っていたソファーから転がり落ちた。
「……!」
「おれを甘く見たな。ここは絶海の孤島。『転移』が使えないお前はおれの問いに答えなければ戻ることはできない」
ジュールはゆっくり立ち上がって、辺りを見渡した。
(この地形、空模様、生えている動植物、気温……)
「どこだここは?」
「質問してるのはこっちだ。おれの国に何の用だ、金の魔王」
それまで顔色を変えなかったジュールから笑みが消えた。
「あいつが話したか」
「いいや、考えればわかる」
ロイドは迷宮を攻略した。すなわち迷宮の機能を知っている。すなわち封印装置である。
その一つ、ゼブル迷宮都市は錆の魔王によって十七年前に攻略された。ノワールの話を総合し二人で行動し始めた時期を逆算すればちょうどそのころになる。
「錆の魔王によって復活したノワールさんを操って逆に錆の魔王を殺し、何食わぬ顔で現代に潜伏していた――そんなところだろう」
「ほう」
「わからないのは、おれとの関係だ。わざわざこの国の反乱を治めてまでおれを待っていた理由はなんだ?」
追い詰められたジュール。
「そこまでわかっていて、なぜ気が付かない?」
「なに?」
「お前は世界を見てきた。それなのに、ここに戻って来て嫁と仲良く安全な暮らしができるとでも思っていたのか?」
「なんだと……」
「お前があの二人と穏やかな結婚生活を送っている間に、二人は故郷を失うだろう」
ロイドの手はジュールの胸倉を掴んでいた。
「脅しのつもりか?」
「脅しと取るか。やれやれ、目を背けるなよ。お前は見てきたはずだ。この世で起きている異常を――各地で反乱が起き、それまでの体制が危ぶまれる。魔獣はより強く、より多くなる。魔物の出現、英雄の死、新興勢力の出現――そして何より、魔王の出現という異常」
ロイドは手を離した。
「リースが話したか」
「聞くまでも無く、いずれお前のことは世界中が知る。お前と周囲の安全を脅かすのはおれじゃない。お前自身だ」
ロイドは愕然とした。
自分が自覚していなくても、周りがそう認識していれば関係ない。
自分と魔族の関係で帝国と戦争になる。
反論のしようがないほどにジュールの言うことは正しかった。
(リースからおれにたどり着く……どうして考えなかった!? 戻ることに意識を向けすぎて、考えが及んでいなかった……!)
「助けてやってもいい」
「え?」
「その代わり、おれに力を寄越せ。そうすればお前が魔王と呼ばれていることを隠してやる。あの二人と結婚もさせてやる。世界も救ってやる」
差し出された手を掴むか……
ロイドは逡巡した。
「あれー? でもどうせもう二人魔王がいるんだろう? 今更ロイド船長が魔王だからって戦争になっちゃうかね?」
その場の緊張感にそぐわない、気の抜けた声。もちろんロイドでもジュールでもない。
その声を聞いてジュールは歯噛みした。
「おれなら、魔王が三人いることをむしろ利用するよね」
その声の元にあったのは骸骨だった。
ボロボロの海賊のような恰好をしたドクロが、カタカタと顎と動かしている。
その異様な光景にあっけにとられるジュール。
冷静さを取り戻したロイド。
「そうだよな。帝国は今パラノーツと戦争する余力なんかないだろう。それに、帝国もおれと戦争したくはないだろうな」
なんだあれは? という顔でドクロを見るジュール。
「だが間違っているぞ。魔王は四人いる」
「おいおい、キャプテンロイド。まさかその勘定におれ様を入れていやしないか? お前のことは好きだが、友達じゃないぜ」
「……海賊……まさか」
「もちろん、お前を当てにはしていないよ、パルクゥーン」
海賊王パルクゥーンは青の魔王。
四番目の魔王にして、略奪の限りを尽くした全海の覇者。
ロイドがジュールと転移した場所は、その青の魔王が眠る第四迷宮ドルズゥール島。孤島を囲う海流が侵入者を阻み、一度入れば戻れない。
(セイランめ、あえて言わなかったな。おれがロイドの上に立つのは不服か)
ジュールは予め共和国からパラノーツまでの旅程を聞いていたものの、セイランは一部を意識的に省いて説明した。
「キャプテン、まだ魔王の知り合いいるの? そりゃすごい」
「おれが会ったことのない魔王は、システィナ様が斬って首だけになった獣王だけだ」
「と言うことは……」
ロイドの背後、黒い毛皮が膨れ上がり、もぞもぞと動いた。
「真っ暗! ええ〜どこじゃ、なんじゃこれは……!!」
「あ、母様すいません」
毛皮をめくるとそこには煌めく白い髪の小柄な女性がいた。
「誠一……、なんじゃ、母を放っておいて今更呼び出しおって!!」
「母様、おかげさまで帰れましたよ」
「そうかそうか、ようやった! 良かったのー!! ……それでこの状況はなんじゃ?」
ロイドの顔を嬉しそうに両手で触り、しばらく、葛葉その異常な状況に気が付いた。
「白銀か」
「その名は好かぬ」
葛葉はジュールとロイドの間に割って入った。
「これはまた、随分と妖怪染みた面々じゃな」
「言うねぇ、お姉さん。おれはただ死なないだけの普通の人間だけどね!!」
「おれも死ねないだけで、普通の人間だが?」
「誠一や、付き合う人間は選ぶのじゃ。こやつら普通ではないぞ!」
「母様、あなたが言いますか?」
「キャプテンもたいがいだけどね!!」
ジュールはついに降参の意を示した……かに見えた。
その顔は元の不敵な笑みを取り戻していた。
2020/5/22 加筆修正 一話を二話に分割