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幕間 十七年前

2020/5/22 分割エピソードの再投稿です



 控えめなブラウンのローブから黒いスカートを覗かせる栗色の髪の女性。

 鮮やかな深緑のローブを着て、ティアラを付けたブロンドの少女。

 その間に、黒い毛皮を着た茶髪の男。


「姫様、相変わらずお美しいわ……」

「笑顔が戻られた」

「もう一人の美女は誰だ?」

「あれがロイド侯とは、まるで一気に成長されたかのようだ」

「仲睦まじい。式はいつ頃かしら」

 

 しっかりと腕を組んだシスティーナは満面の笑みで、手をつなぐヴィオラは少し恥ずかしそうに手をつないで、三人仲良く庭を歩いてきた。


「お姉さま、ロイド様、ヴィオラちゃん、ごきげんよう」


 アイリスは席から立ち上がってあいさつした。


「ごきげんよう。アイリス楽しそうね。私たちも混ぜてちょうだい」


(あぅ、お姉さま……幸せを見せびらかしに来たよ……)


「……じゃ、私はこれで」

「あら、まだお話の途中だったわよね」


 ノワールは逃げられなかった。

 アイリスに袖を掴まれて、しぶしぶ席に着いた。


「妹の相手をさせてしまってごめんなさいね。でもお友達になってくれてうれしいわ」

「……そうか」

「お姉さま、大変なのよ。ノワール目当ての男の子たちが集まってきてしまって。でもこの人全然愛想がないから私が代わりにお話してあげてたの」


(え? そうだったのか? 追い払うために黙って睨んでたのに……)


「ノワールさん、先日はうちの者が失礼を。あれは強いものには挑まなければ気が済まない質でして」

「気にしてない。獣魔族はそういう種族」


 ロイドはリースからノワールのことをすでに聞いていた。

 だが、特に焦った様子もなかった。


「そういえばノワールさん、ジュール候とはどうなの?」

「どう?」

「お二人は出会ってどれぐらいなのかしら?」

「さぁ?」

「ちょっと、それぐらい覚えているでしょう? お姉さまにウソは通じないわよ」

「え?」


 ロイドを意識しすぎて、横にいたまだあどけなさが残る美少女の笑顔が、自分のよく知る者と同種のものだと初めて気が付いた。

 ノワールは戦慄した。


「正直な人は好きよ。ウソを付き慣れていない人もね。それでどれぐらい? 五年……いえ、もっと長い。十五年? ――より少し長くて……十七年かしら?」


「なぜわかった!? ……あッ!!」


 反応を読まれ、考えを言い当てられている。そう気付いて、とっさに顔を両手で覆うがもう遅い。



 心を見透かされているような感覚。

 それを最初に体感したのは、十七年前。


 ジュールと初めて出会った時だった。


 

 錆の魔王によって復活したノワールに命じられたのは帝国のゼブル湖岸にある迷宮都市の攻略だった。

 無限にも思える広さの古代都市。

 その最中心部でジュールと出会った。


 

 迷宮の最深部に封印されていた〈覇皇〉―――金の魔王。


 今から約三千年前、この男は中央大陸のあらゆる種族、人種の王だった。

 ゼブルの都市建設を始め、道や水道などインフラや法、税制を整備し、常備軍を設置した。当時、ゼブルは地上の楽園とまで称され栄えた。

 だが何よりも大きな事業は、万人が使える魔法――詠唱魔法の開発。


 そのために彼は、多くの魔人族の魂を元に一冊の魔本を造らせた。

 それは魔素による干渉力を強制力に変換させる強力な呪具。

 

 詠唱魔法の存在はそれまでの人族と魔族の力の不均衡を安定に向かわせ、争いを大幅に減少させ、魔獣による被害も激減した。


 しかし、この魔本は覇皇と共にゼブル都市に封印された。


 魔本を受け継ぐと考えていた後継者たちは、迷宮と化したゼブル都市の攻略に散財し、我こそが後継者だと争い始めた。


 覇皇はこのころより魔王と呼ばれる。


 この世に一時の平和をもたらしたが、その後長きに渡る争いを生み出したと、後の皇帝たちから忌み、嫌悪された。

 しかし彼らは自分たちの時代においても、変わることなく詠唱魔法の恩恵を受けていた。そのことには触れない。


「史料の中の人物とこうして相まみえるとは不思議な感覚だ。もっと老齢な姿を想像していたが、若さも魔本の力かね?」


 錆の魔王は尋ねた。

 金の魔王は二十代の青年の姿をしていた。その治世はもっとずっと長いはずなのに。


「……余が生きている限り、この本は機能する。それを神々も望んだということだ」


「つまり、貴様を殺せば魔本の効果は無くなると?」


 古代の遺物を集める錆の魔王は、ノワールの力で金の魔王から魔本を奪おうとした。しかし、錆の魔王は己が古代の力に精通し、自らも強力な魔導具を有するが故に、金の魔王の力を甘く見た。


「不死の呪いを解き、余を殺せたとて、本は手に入らぬ。この本を欲するなら恵んでやろう。ただし、余との遊戯に勝てばな」


 知識欲をくすぐられた錆の魔王はそれを受けた。


「いいだろう、だがゲームの内容は我が決める」

「フフ、許す」

「では……この女に、己しか知らぬ問いを出させる。正解した者が勝利とする」

「了承した。勝者は敗者から望むものを得る。それで良いな」


 この時、錆の魔王は勝負をする気など無かった。魔導具で操っているノワールになら自分に有利な問いを出させることができる。または、彼女の答えを自分の解答に合わせるよう仕向けることもできる。

 要するに八百長だ。


「……ゲームが終わって、私が殺すのはどっちか当ててみろ」


 ノワールはそう短く問うた。

 錆の魔王は勝ちを確信した。指輪に手をかけた。


「当然、金の魔王、貴様が死ぬ」

「余は貴様が殺される方を選ぶ」


 ノワールは金の魔王に歩み寄った。黒鋼の武装はいとも簡単にその命を刈り取るだろうと思われた。しかし、彼女はただ、男の横から錆の魔王を睨みつけた。


「敗者は貴様のようだな」

「バカな、なぜだ?」


『……――不死の呪いを解き、余を殺せたとて、本は手に入らぬ――』


 初めに交わしたこの言葉は罠。

 そもそも、魔本の力は個人で解ける程生易しいものでなかった。魔人の魂を元に生み出されたその魔本の力は“神の法”にも等しい力があった。

 魔本を開いた時点でノワールにかかった操作の魔法は魔本の力に上書きされ、彼女は自らの意志で発言できた。


「貴様が正々堂々知恵比べを受けぬことは予期して居った。余の勝ちだ。報酬にこ奴をもらう」

 

ノワールは錆の魔王から完全に開放され、金の魔王のものになった。


「なぜだ? 考えを読んだのか? 我と貴様は今初めて出会ったばかりのはず!」

「……教えぬ」


 金の魔王はそっと本を閉じた。それにより、戦いを禁じていた魔本の呪いは消え、錆の魔王はノワールの放つ無数の羽根に穿たれ、絶命した。



 ――かに思われた。

 身体には無数の穴が開き、顔に生気は無かったが、錆は立ち上がり、魔法を発動させた。何やら聞いたことの無い言葉で詠唱し、空間にひずみが生じた。


 

 異界の門が開かれた。



 幽体となった錆の魔王は門の先に手を伸ばし、何かを掴んだ。


 ノワールには何が起きているのかさっぱり理解できなかった。

 一方金の魔王は想定外の事態に困惑しながらも、すぐさま門を閉じるためにはどうすればいいか考えた。


「破壊しつくせ!」


 ノワールはこの時初めて魔本による強制力を体感した。


 それは無理強いではなく、お願いに近かった。それも彼女にとって無下にできない性質のもの。彼女は一先ずそれに従った。


 膨大な魔力を黒い粒子へ変え、錆の身体を覆い、押しつぶした。


 反動で霊体の錆は掴んだものを手放した。

 金の魔王はとっさにそれを魔本に封じた。


 錆の霊体は消滅した。そしてその野望も潰えた。




 ――かに思われた。


 跡形もなく破壊した錆の骸、塵の中から、指輪が異界へ吸い込まれていった。


「「指輪?」」


 二人は言いようのない不安を抱いたまま、迷宮を後にした。

 向かったのは神殿。


 この時慈愛の神エリアスにロイドの魂を引き渡した。




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『ゾンビにされたので終活します × 死神辞めたので人間やります』
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