4.決戦へ(改稿版)
大歓声の中、熱狂とは無縁の冷静な目でロイドを観察する者たちがいた。
「クッソ、耳がイカれる!! なんて歓声だ。大げさすぎだろ」
「まぁこの国ではあの人は英雄だニャ」
「逸話の大半は本当かどうか疑わしいがな」
高い塔の上から遠見鏡を使って様子を伺う二人。一人は紙とペンでパレードの様子を書き記している。その隣で白い猫が二本足で踊る。
「さっきの『転移』は本物か?」
「ニャー、あんな便利な魔法があったらニャーたちは失業ニャ……」
「混乱極める情勢の中、多額の費用をかけて出迎えの儀を行った王家……これが裏目に出なきゃいいがな。どっちにしろいいネタになるな」
二人が作業を終え、荷物をまとめて速やかにその場を去ろうとした時。
「うわ、誰だ!」
「ニャニャ、しまったニャ!!」
いつの間にかそこに、三人目が居たことに気が付いた。
「我が主の命で参上しました。誰と問うなら、私も何をと問いましょう。帝国人とキャットピープルがここで何をしているのですか?」
「ん? まさか……おたくもしかして黒獅子かニャ?」
「ちょっと待て、主ってパラノーツに黒獅子の主がいるのか?」
リースは指を差した。その指はパレードの方を向いていた。
「まさか……ありえん。ロイドは人族だろ!?」
(それに、あのパレードからおれたちに気づいたってのか? なんてやつだ!)
「ふむ、帝国の工作員にしては緩慢な動き、軍人ではない。残念ですが一方的に拘束させていただく」
塔の縁に追い込まれた二人はリースの圧に屈し、弁解を始めた。
「待つニャ、やましいことはしていないニャ!」
「そうだ、記録を付けていただけだ!! おれたちは……カルタゴルト総合サービス、の者だ!!」
そう言って二人は書いていた手紙をリースに見せた。
手紙の宛先は『カルタゴルト総合サービス』となっている。
「情報屋でしたか」
リースの圧が消えたことに二人は安堵した。
「さて、どうしたものか。見逃す代わりに有益な情報をいただけませんか?」
「な、何の?」
「あなたと同じ帝国人で、この国の中枢に入り込んでいる男」
「……それって、あのジュール候のことか?」
その問い掛けを遮るように黒い靄がその場を覆った。
「これは……」
リースは一瞬で獣化し、その靄をかき消した。
だがその時には二人の姿は無かった。
「『カルタゴルトは国益になる情報を提供しているギルド公認の機関だ。だから干渉は避けるべし』……だって」
「ノワール殿……ジュール殿の命令ですかな?」
リースの背後にいたのは黒いドレスの女。
日の光を眩く反射する白い肌。爛々と紅い輝きが二つ。超常的存在がこの世の至宝を組み合わせて創造したかのような、神秘めいた厳かな容姿。その手には屋台の串焼き。
(…… なぜ串焼きを?)
「あと、『帝国の宿敵だった黒獅子のリースが、パラノーツに与しているという情報が――』……あ、あれ? 情報が――」
「広まっては困る?」
「……そう、それ!」
「なら追うべきでしょう」
(いや、何らかの取り決めにより、私の情報が統制されている?)
「ジュール殿が私の情報を買い取っているのですか?」
「……そうじゃないけど」
リースは階下の路地裏を走り去る二人を見つけた。
猫が自分の倍以上ある男を抱え上げてすさまじいスピードで走り去っていく。
(キャットピープルのあの速さ、今からで追いつけるか)
リースは塔の上から飛び立とうとした。その肩をノワールに掴まれた。
「追わなくていい。情報はついてはジュールに任せておけばいい」
「……それであなたのことも隠し通せるとでも?」
「何が?」
リースは手を振りほどこうとしたが、その手は外れない。
「覚えていませんか? 私は以前、あなたに会っている。暗黒大陸の北。不毛の凍結地帯、ホワイトアウトの中、あなたを眠りから起こした錆の魔王に、私も仕えていた」
ノワールの脳裏に、目覚めた時の記憶がよぎった。
「女の秘密を使って脅すなんて紳士じゃないな」
「当時はとても敵わないと感じたが、その差があの時のままか、ここで試させてもらおう。我らが古き王よ!!」
パレードの歓声に掻き消えて、二人の激突を知る者はいなかった。
◇
『――誰がケンカしろと言った? 罰としてしばらく大人しくしていてもらうぞ――』
思い出すとため息が出た。彼女はこの言い分に納得いかなかった。
「――横暴だ」
「何のこと?」
少女の問いに、ノワールは現実に引き戻された。
王宮の庭。
第二王女アイリスの隣に座り、言い寄ってくる貴族の男子たちや、お近づきになろうと寄ってくる子女たちの相手をさせられていた。
「そんなムスッとした顔をするものではないわ。ほ〜ら、あなたもとは美人なんだから」
「疲れる、キツイ、めんどくさい」
「もう! 私が社交の作法を教えてあげてるんだがら文句言わないで」
(そうだったか!? 私が露払い的な役じゃなかったっけ?)
ノワールはリースと戦ったことがジュールにバレたため、王宮内でアイリス王女の相手をさせられていた。実の叔父に誘拐されかけた上に彼女の護衛騎士〈緑玉隊〉は特に死者が多かったこともあり、しばらくふさぎ込んでいた。彼女が気を許せる相手は限られた。その一人がノワールだった。
自分を救ってくれた白馬の騎士ジュール。その片腕ともいえるノワールを恋敵と認識しつつ、一切歯に衣着せぬ言動が彼女は嫌いではなかった。
(第二婦人なら許してあげよう)
とか考えてからは心を開いて接するようになった。
「お前、ここにいて楽しいか?」
「え? あなたは楽しくないの?」
「あの辺りで肉を焼いたら楽しそう」
「……た、食べること以外に楽しみないの?」
ノワールもまたアイリスの純粋かつ率直な言葉に、多くを気づかされた。
(……言われてみれば私って、食べる以外に趣味ないな!! いや……)
「さ、散歩とか? それと……あとは空を見たり、見なかったり……アイリスは?」
「外の世界の話を聞くのが一番楽しいわ」
アイリスは不貞腐れたように俯いて言った。
閉鎖的な生活は十代の女の子には窮屈に思えてくる頃だ。
しかし、理由も無く王宮の外に出ることは許されない。
「いつか自分で見に行けばいい」
「無理よ。私はお姉さまみたいに上手くできないもの」
「ならできる奴に頼めばいい。お前の周りにはできそうなやつが二人もいる」
「二人?」
「ホラ、そのうちの一人が来た」
二人が座るテラスに、三人がやってきた。
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