3.王都へ
神聖暦八紀221年 12月3日
王都では人々がある男を今か今かと待ち望んでいた。
前日の昼に王都中を駆け巡った報せは民衆を沸き立たせ、翌日には広場に多くの人が詰めかけた。
ある少年は興奮に眼を輝かせている。待っている男は彼の憧れのヒーロー。
ある少女は落ち着きなく紅潮している。会いに来たのは理想のナイト。
魔導士見習いの学生にとって彼は目標であり、頂点。
熟練の魔導士にとっては革新であり、脅威であり、崇高でさえあった。
騎士見習いの者たちはその武勇に尊敬を抱き、己の夢を重ね合わせる。
警備に当たる王宮騎士たちはこみ上げる篤いものを感じる。畏敬と誇りだ。
神官や神殿に勤める者たちは感嘆に震える。胸に抱くのはただ感謝。
冒険者の大半が態度を決めかねている。だが彼らも湧き出す期待を抑えずにはいられない。
人が集まる円形広場。
この日ばかりは街に犯罪者は現れなかった。
それどころか、評判の悪いゴロツキが普段の不遜な態度を控えている。
娼館の女たちは肌の露出を控え、街娘のような姿に。
堅物の職人たちの中には初めて世事への関心で店を閉めた者もいた。
人気のない家。しかし盗みに入る者は皆無だ。
皆“その時”を静かに待った。
なぜか話す者も声を潜めて小声になった。
多くの者が集まり、争うことなく静かに待っている。それは異様とも言える光景だった。
それは彼らが聞いた報せに原因があった。
長らく表舞台に姿を現さなかった少年―――ロイド・バリリス侯が王都にやって来る。
それも、彼は道中、王女と王都方面宿場街を大量の魔獣から救ったというのだ。
それは誰もが子供のころに聞く、寝物語や吟遊詩人が語る伝承、英雄譚そのもの。
王宮騎士たちの壁によって、広場の中央に空いた空間には、謎の円盤が置かれている。
青い輝きは放つ黒い金属。
卵くらいの大きさ。
やがて時間になり、その場にいる者たちの緊張感が高まった。
皆、息を飲み、その瞬間を見逃さないよう心掛けた。
そしてその瞬間を迎えた。
円盤が突如光り、音も無く、静かに人型の実像を紡ぎ出した。光の束からゆっくりと男が歩み出た。徐々にその姿が明らかになる。
束ねられた茶髪。
高い襟が付いた伝統的な王侯貴族の服装。
金糸で上品に装飾された真っ白な羽織。
雅な工芸品を思わせる長刀。
腰に聖銅の大剣。
手にはギブソニアン家と王家の御旗。
「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」」」
歓声が上がり、ロイドはそれに応えるように二つの旗を掲げた。
それは、ギブソニアン家と王家との親密な関係を意味した。そして、王女とロイドの婚約を想起させるものとなった。余談ではあるが王都で話題のベストカップルはロイドとシスティーナである。
割れんばかり大歓声の中、ロイドは馬車に乗り、街を登って王宮へ向かう。荷台から手を振り、沿道に詰めかけた人々にも応える。
その姿は人々が最後にロイドを見てから大きく変わってはいたが、疑問を口にする者はいなかった。
王が派遣した王宮騎士に囲まれ、パラノーツ王家とギブソニアン家の旗を持つ元平民の青年。
人々のロイドに対するイメージは、「計り知れないことを平然とする」ということに尽きる。
ゆっくりと進む馬車が熱狂渦巻く民衆の中を進む。
王宮へ着くと、国王をはじめとする王族が揃ってロイドを出迎えた。その中にはシスティーナ姫の姿もあり、重なった旗に手を添えた。
「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」」」」」
再び、割れんばかりの歓声が響いた。
反乱から三カ月、魔物の王都襲来、帝国の激しい内乱、魔獣の異常行動。
それらのくすぶっていた不安を吹き飛ばすように叫んだ。
歓声は雲を裂き、空を介して王都の外のさらに先まで響いた。
2020/5/22 時系列整理のため移動 文章を分割