9.ゴールイン
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【神聖暦八紀221年 十一月二十三日 王都方面宿場街 街長宅 四階 貴賓室】
時刻 深夜。
淡い魔法の光に灯された貴賓室。カーテンを揺らし、部屋に夜風が吹き渡る。おれとヴィオラと姫は興奮を落ち着け、小さいテーブルを囲むように座った。
二人ともおれだと気づいてくれはしたものの、やはり二か月で四年分急成長しているおれの姿に戸惑っていた。おまけに勢いで姫にも抱き着かれたが、今まであんなことはしたことなかったので、思い直ったのか恥ずかしそうにうつ向いてしまった。ヴィオラはいろいろ聞きたそうにしているがおれが目を見るとウルウルとまた泣きそうになってしまう。それを見ておれももらい泣き、ああ、姫様まで……と言った具合であった。
「ちょ、ちょっとお顔を洗ってきますわ!!」
「姫様、私も行きます!!」
おれも行こうかと思ったが、恥ずかしそうに二人はさっさと行ってしまった。少し寂しい。泣き腫らしても可愛いのに変わりはないのだから、もっと見つめていたかった。
「二人とも、少し痩せたな……」
随分、苦しめてしまった。待っていてもらえたおれは本当に恵まれている。一人、椅子に腰かけ、重くなった体を背もたれに寄せた。
長かった。
目的を果たしたことで、緊張感から解放されたのだろう。感慨深い、本当にこれまでの道のりが、全て今このためにあったかのように感じた。
迷宮から落とされ、六頭竜と戦い、異次元に飛んで母様たちに出会い、魔の森を脱出してリベル家と共にバルトの政変に巻き込まれ、その背後にいた魔族と戦うことに。それが洗脳されていた彼らの解放者として「魔王」と呼ばれるに至った。
リースとマドル、セイランと共にバルト六邦を南下してエルフの森へ。あそこは大変だった。族長に気に入られて中々帰してもらえなかった。森を超えて共和国に入り、船を買った。国王のレオに戦いを挑まれて勝ってしまったせいで、お金は手に入ったがずっと相手をさせられたっけ。マドルとリースが冒険者になり、人族の文化を学ぶためにクエストを受け始めた。世界の端から端へ船で行くには専門化が必要だった。船頭を探すのが大変だったな。まぁ、怖気づくだろう。ほとんど世界縦断だからな。何とか船頭を見つけそこから海路を進み、嵐でドルズゥール島に流れ着いた。あの時は最悪だった。雇った船頭が島でお宝を探そうとしておれたちを利用していたと知ったときには島から出られなくなっていた。島が周辺もろとも迷宮だったので、攻略を余儀なくされた。
おれたちは力を合わせて島の最奥で骨だけになった海賊に出会った。あの人は何か言いたげだったが骨だけだったから何も聞けなかった。
緑竜列島の島を渡り次いで、いくつかの奴隷商船に襲われ、逆に売られそうになっていた獣人たちを解放した。帝国貴族も絡んでいたから正体がバレないようにするのが大変だった。
海賊や奴隷商人、ローア南部の傭兵たち、薬物を牛耳るカルテルが集う島で大暴れして、何か不名誉なあだ名と共におれたちへの不干渉と、こちらの定めた決まりの遵守を取り付けた。
そして、リヴァンプールの港に到着した。
感慨にふけっていると少しして、部屋の外が騒がしくなった。外にはメイドさんが数人待機しているようだったが、そこに誰か来たらしい。ドアを開けて入ってきた。この街を治める街長だ。見覚えがある。
「あ、あなたが、ロイド卿ですか?」
「人を見る眼が御在りのようだ」
初めて会った時の話、「利発そうなお坊ちゃんだ」と言われたので「人を見る眼が御在りのようだ」と返した。6歳の時だったか。
ついでにギルドカードを見せた。
「い、生きて居られたのか……もしや!! 外の魔獣を倒していただいたのは……」
街長が礼を述べている間に、二人が戻ってきた。
「ひ、姫様、ロイド卿の武功を称えなければ!! 街の者たちに紹介を!! 姫様もご無事なお姿をぜひ……」
「それは後ですわ!!」
「夜も深いので、休ませてください」
「街長、申し訳ないが三人にしてください」
そう言って、強引に街長を部屋から追い出し、また三人だけになった。
「……お、お茶を入れますね!!」
「そ、そうね。お願いしますわ!!」
二人は落ち着きを取り戻しはしたものの、まだ少し緊張している様子だった。しかし、そんな様子も初々しく愛おしい。
やはりここでだな。おれは心の準備を始めた。
ヴィオラがカップと紅茶を用意する。
その一つ一つの所作が―――例えばカップを置く時、必ず両手でそっと置くとか、茶葉を測る時首をかしげるとか、ヴィオラらしさがあって懐かしい。湯が沸くまで待っている彼女を見つめていると眼が合い、はにかんでくれた。そして顔が紅くなる。
可愛すぎる!!
そして淹れてくれた紅茶を飲む。
至福だ・
「ふぅー、おいしいよ、ヴィオラ」
「ええ、落ち着きましたわ」
「えへへ、お粗末様です」
おれたち三人は、会えなかった間のことを話した。
おれのいない二カ月半のこと、王都や領地の変化、おれのために動いてくれた人たちのこと。
二人と離ればなれになった四年。その間何があったのか、ここまでどのような旅路だったのか。
もう深夜だったが、話すことは尽きない。
と、そこへまた、邪魔が入った。
「姫様!! ヴィオラ!!」
オリヴィアを先頭に紅燈隊の面々がやって来た。
「みんな、無事だったのね」
「姫様、ひどい!! 忘れておられたでしょ!!」
「そんなことないわ。でも、無事だと確信していただけよ? 彼から詳しいことは聞いたから」
ボロボロの格好の紅燈隊は、おれの方を見て驚いた。
「本当にロイド卿なの?」
彼女たちは信じられないと言った表情でおれを見つめてくる。しかし、今はそれより―――
「みんな、その格好で部屋に入るなよ」
全員、汗を掻いておまけに魔獣の返り血や泥で汚れている。
「ぐっ、なんか今傷ついたわ」
「でも、確かに、みんな無事だったんだし、お風呂に行こうよ!」
「ロイド卿はどうしてそんなにきれいなのですか?」
「ロイド卿、あとで私のあばら治してください。後ででいいので」
「アラ? 浴場でしてもらった方が。ロイド卿一緒に入りま『『『入れるか!!』』』せん? フフフ、どうしたの皆恥ずかしがっちゃって?」
ピアースにからかわれ、みんなはそそくさと部屋を後にした。
上手く厄介払いできた。
「ロイドちゃん、みんなと入りたかった?」
「え?」
「ハッ! ロイド様は今や多感なお年頃。興味がないはずが……」
「いや、ないよ」
今更、彼女たちの裸を見ても気まずいだけだ。それに紅燈隊に入りたての頃はよくピアースやテトラにさらわれて風呂に入れられた。風呂温度を上げたり、湯を追加したり便利だからだ。今は自分たちでできるだろう。
「じゃあ、私たちも興味ない?」
「え?」
システィーナが蠱惑的な表情を魅せる。元々大人っぽかった少女は十五歳になるとすでに女性らしい顔立ちと体つきで、実に魅力的だ。凛として手が届かない、だからこそ求めずにはいられない。人を惹きこむ魔力が彼女にはある。まさに高嶺の花だ。そんな女性が大きな瞳でこちらを見つめ、囁くように誘うように話す。普通の男なら言いなりになってしまっているだろう。
ヴィオラに至っては二十二歳の大人の女性だ。出会った頃のかわいらしさはそのままに、グッときれいになった。加えて昔のような危なっかしさがなくなり、たおやかな印象になった。ここまで人の警戒心を溶かす人も珍しい。彼女はシスティーナの発言に自分も加えられて、ドギマギしている。きれいなお姉さんが恥じらう可愛らしい様子。これを見て見惚れない男がいるだろうか? いや、いるはずが無い。
そして何より、二人ともおれが愛する女性なのだ。
「興味がないわけないだろ?」
「え?」
おれは真っ直ぐ、システィーナを見つめ返す。
蠱惑的な笑みは驚きに変わり、凛とした居住まいは崩れ、顔を真っ赤にしている。
「そ、そんな見つめられたら、こ、困りますわ?」
優位性を保つために攻勢に出て、逆に主導権を明け渡してしまった彼女は顔を伏せてしまった。
「どうしたんだいシス? なぁ、ヴィオラ?」
ヴィオラに視線を移すと、彼女も耳まで紅くなっている。
「どうした? 二人とも具合が悪そうだ。疲れたならベッドで休んだ方がいい」
「「ベッド!!」」
いや、そんな反応されても、何もしないぞ。
今はね。
「ああ、前のロイドちゃんは、私が見つめれば顔を紅くして可愛かったのに」
「ロイド様、本当に大きくなられたのですね」
「二人とも、今のおれは嫌か?」
「いいえ、成長を見られなかったのは残念だけど、今のあなたの方がもっと好きですわ」
「はい、素敵な男性になられて、とても素敵です」
良かった。やはりここで、決めるしかない。おれは懐に用意していた物がキチンとそこにあるか確認した。
「シス、ヴィオラ」
「ロイドちゃん」
「ロイド様」
[バダァァァアン]
「シスゥーー!!! 無事かぁーー!!! あっ……」
おれたちだけの甘い空間にけたたましく勝手に入って来たのはシャルル王子だった。
光魔法による交信が途絶え、駆け付けてきたらしい。
「うおおおおぉ!! 誰だキサマーーー!!!!」
見知らぬ男が妹に手を出していると思ったのか、シャルルは斬りかかってきた。それをハイウエストが止めに入り、なだめてギルドカードを見せてようやく納得した。
「いや、しかし本物だとすれば、今までどこに? それにその姿は……?」
シスとヴィオラにした説明をまたしようか迷っている間に、風呂から上がってきた紅燈隊が戻ってきた。そのまま寝ていればいいものを。
「おおい!! なんだその恰好は!!」
「ななな、なぜここに蒼天隊が!!」
珍しく皆、甲冑を脱いで、寝間着姿だ。湯上りの乙女たちの無防備な姿に、蒼天隊の男連中の眼が釘付けになる。
「だって、メイジ―さんが一人だけ破廉恥な格好で出ていこうとするから」
「いえ、私はロイド卿に骨折を」
「とか言って誘惑する気だぁ〜!!“私の運命”とか言ってたし!」
「い、いえ!! 違います!! テトラこそ、“第三婦人にもらってくれないかなぁ”とか言ってましたよね!!!? ッ〜〜イ、イタイ」
「いや、それは私じゃないし! ナタリアだし!!」
「まぁまぁ、みんな殿方の前ではしたないですよ?」
と、扇情的なネグリジェにガウンも着ないでいるピアース。
「「「「「お前が言うな!!!」」」」」
季節は冬である。
「だって、んんぅ体が火照ってぇ」
「だまりなさい、色情卿。とにかく―――」
騒がしくなって、迷惑顔をしているおれに気づいてくれたオリヴィアが部屋から出るように促そうとしてくれた時、またもや別の客がやって来た。
「主殿!!」
「旦那様!!」
「外に来てたから連れてきたぞ」
魔族が三人。リースとマドルとノワールさんだ。
「お、お前ら」
「ご無事でしたか。おや、そちらが」
「あ、私たちは出ていた方が」
「戦いが終わったら宴だろ? ここが会場か?」
本当にパーティが開けるぐらいの人口密度だ。騒がしいが、どうやら皆おれの帰還を喜んでくれているので無下にもできない。
「みんな、迷惑をかけました。訳あって、この二カ月半でおれは約四年旅をしました。姿は変わり、信じられないかもしれませんが、おれは紛れもなくロイドです。今後も、おれはこの王国に仕え、この旅で得た実りある経験を役立てたいと考えています」
口を挟む者はいない。
おれは覚悟を決めた。
「そして、許されるなら、おれはここにいる二人と、結婚したい」
「「……え?」」
こんなみんなの前で言う気じゃなかったが、仕方ない。もう十分先延ばしにした。もう一時も待てない。
おれは跪いて、懐から指輪を取り出した。
「二人とも、生涯を懸けて護り、幸せにすると、このパラノーツの古い神々と神殿の十二神に誓います。結婚してください」
「「はい!!」」
こうして、おれはシスティーナ姫とヴィオラと家族になった。
いつもありがとうございます。結婚してひと段落ですが、蜘蛛モドキ、帝国、教会、バルトのその後、バルトからパラノーツまでの道中、逃げたルーサーのその後、タイタンが封印している〈厄災〉等まだまだ書きます。
よろしくお願いします。