8.激戦を制して
[ゴォォォォォォッ!!!!]
その男が構えて、拳を振り切るまでの、刹那、音がする。
一同が動きを止めて、身構えた。
「「「「「う゛う゛ッう゛!!!」」」」」
ただの拳が放つ音では無い。
我々は思わず腹に力を入れて奥歯を噛みしめる。
そして、その破壊力に恐怖する。
“爆散”
その言葉が当てはまる。
彼の拳をまともに受けた魔獣がバラバラになりながら彼方へと吹き飛ぶ―――だけではない。その骨肉は周囲の魔物の強靭な皮や肉を穿ち、骨を砕いて絶命たらしめる。そんな恐ろしい攻撃手段を、連続で繰り出すのである。我々の甲冑は血霧で赤く染まった。
ベルグリッド駐屯騎士団内で【魔族】というとイメージはノワールさんだった。我々は他を知らない。
誰もが彼女に惹かれた。このローア大陸でゼブル人や奴隷の獣人以外を見ることはほとんどない。その異国情緒に満ちた自由奔放で快活な美女はゼブル系の新領主と共に現れ、領内の防衛力をすぐに底上げした。これまで魔獣に襲われる危険があった場所での土木作業も、彼女がいれば犠牲者が出ない。最初に『黒装』を体感したエルゴン隊長からのお墨付きもあったが、実際はそれ以上だった。
魔力を他人に纏わせ、攻撃も防御も大幅に上昇させるなんて、我々とは発想が異なる。
彼女は美しく、ぶっきらぼうに見えて優しい。そして、戦うときは頼もしく、神々しい。
「ふむ、歯ごたえのない」
だが、彼の戦いを見て抱く印象は全く違った。
恐ろしい、と同時にカッコいい。
彼は攻撃を避けない。その黒毛は攻撃を弾く。
彼は小細工をしない。ただ真っ直ぐ、ストレートパンチを繰り出す。
ノワールさんと共に戦う時と同じ、高揚感、全能感が沸き上がる。
付いて行きたくなる何かがあるのだ。
月明かりをその黒毛が反射し、まるで甲冑でも着ているかのように見える。獅子のような獣の面に、ぎらつく紅い眼、丸太のような腕、ぶ厚い胸板、魔獣の死体の中佇む様子はおとぎ話に出てくる怪物を連想させる。
「こちらは、これで片付いたようですね?」
「え?……は、はい!!」
「では、あちらに合流しましょう。マドルも終わらせているでしょう」
その姿とは裏腹に理知的な話し方と声が、安心感を与える。
ふと、誰か尋ねた。
「あなたは一体何者なんですか?」
「私はロイド様の臣下。それ以上でもそれ以下でもない」
我々ベルグリッド駐屯騎士団はずっとロイド様の成長を見てきた。そして、この度生還の報せを聞いて歓喜したものだ。しかし、これだけの人物を配下にして戻って来るとは。
一体ロイド様はどうなっておられるのだろう。もはや想像も及ばない。
◇
このおれが遅れを取っている。
魔法でも、剣でも。
若様に教わった魔法と鬼門法/気門法の混合戦法ですら、彼女の技には劣る。
「……あの、私は味方、です」
「し、失礼!!!」
いかんいかん。
競ってしまった。悪い癖だ。
彼女はおれに見られるのが不快なのか迷惑そうな、困った顔をしている。いや、見ているのはおれだけではない。他の連中も彼女の剣技に夢中だ。
いや、なんだこの空気?
「お前たち!! 戦闘中だぞ!! 集中しろ!!!」
情けない。やつらは彼女の美貌に見惚れていたようだ。確かに美しい黒髪、美しい顔立ち、扇情的な身体付きをしている。しかし、剣士として相当に鍛えていることが分かる引き締まった身体付きだ。それにしても流麗な剣裁きだ。ずっと見ていたい。
と言っても彼女が片っ端から斬っていくので、もう片付きそうだ。
「隊長はいいよなぁ!! 美人な奥さんがいるし!!」
「ブルボン家なんて玉の輿ししやがって!!」
「ローレル隊長はみんなの憧れだったのに!! みんなの!!」
「そうだ!! 抜け駆けなんて男らしくないぞ!!」
なんてことだ。あいつのせいで、こうも隊にまとまりが無くなるなんて。
いや、前からそうだったな。
「貴様ら!! 淑女にご助力をいただいているというのに、失礼な考えを起こすな!」
「「「「「あんただって見惚れてたじゃねーか!!」」」」」
「お、おれは剣技を見てたんだ!!!」
「浮気だー!!」
「ローレルさんに言ってやる!!」
「何もしてないだろ!!!」
ハッ……! ふざけている場合ではない。彼女もキョトンとした顔をしている。
「ウォッホン! さて、もう一つの隊は―――」
「あちらはドンがいるので大丈夫です」
「え? ドン……?」
「はい、私はマドルです」
「これは、申し遅れました! ご助力に感謝申し上げます!! ベルグリッド駐屯騎士団、第一分隊長のスパロウ・スペイド・ブルボンです!!」
「あの! 自分は同じく第一分隊のトーマスです!! 十八歳です!! 彼女はいません!!」
「ロイスです!! 同じく十八歳です!! 実家は果樹園です!!」
「コーウェンです!! もうすぐ正式に騎士になります!!」
「おれは―――」
おい、全員で厚かましいだろ!!
ん? どうしたんだろう。マドルさんの様子がおかしい。
「あの、どうかされました?」
「すいません。旦那様曰く、男性恐怖症という病なのです。男性に言い寄られると殺意が湧くんです。なので、ごめんなさい」
「「「「「「すいません……」」」」」」
全員フラれた。
この方がどこのどなたかは知らないが、ノワール殿のお知り合いなら多くは聞くまい。とりあえず、第二分隊と合流して一時領に帰還しよう。ノワール殿が向かっているなら逆に領の防衛が手薄だ。
「私とドンはこのまま進みます」
「え?」
「旦那様からかなり離れてしまった。すぐお傍にはせ参じなければ!!」
「旦那様?」
こんな人が仕えるなんてどんな大人物だろう?
会ってみたいものだ。
◇
人族は工夫が上手い。
ジュールやクリスやカミーユを見てそう思っていた。屋敷の料理人もいつも工夫を凝らして料理してくれる。人族は器用だ。だから、私の馬車から飛び出して、魔獣を蹴散らしていったロイドの魔法を見た時思った。
「人族って、何だっけ?」
工夫の次元を超えている。私の『黒装』に似た魔法を使った。でも無色透明。スピードが上がった。【原初魔法】は魔人の中でも【始祖】にのみ扱えると言われてきた。その消費魔力と扱いの難しさから、完璧に使いこなしている者を見たことが無い。
しかもそれだけではない。
複数の高度な魔法を一度に使い、制御している。
『風圧』による高速移動。あれだけでも風魔法を極めていなければできない芸当だろう。
極めつけは、崖の上にいた魔獣たちへの、超長距離放出型魔法だ。
速すぎて、私にも見えなかった。何か光の筋が見えた気がした。光魔法?
「さすがに、システィナが認めるだけのことはある。あいつとはケンカしないようにしよう」
たぶん得しないし、私より頭もいいだろう。立ち回りに無駄が無かった。ノロノロと馬車を進め、討ち洩らしが無いか確認しながら、寝ている女子たちを拾う。
「あ、あなたは……確かベルグリッド伯の……」
皆、私を呼ぶとき困る。確かに私は奴の妻でも、騎士でも、メイドでもない。なんだろう。食事と小遣いを与えられて自由にしているが、こういうのは……食客?
「お、もう終わったのか早いな」
街の方から魔獣の気配が消えた。
多分、二分ぐらいか。
なら、とっとと街に入ろう。
「何が、どうなっているんです? あなたは何かご存知ですか?」
と、ポニーテールの金髪。
「何かとは?」
「先ほど、ここにすさまじい力を持った方が来たのです。それで……私たちを、まるで勇者のようにお救い下さったのです!!」
ほう。勇者ねぇ。
「かっこよかったねぇ!!」
と、チビの茶髪ショート。
確か、ロイドはこいつらの仲間じゃなかったか?
「あ、私の盾!! 見つけたぁ!!」
「ああ、あの人は街の魔獣と戦っているのでしょうか? また、会いたいです…‥‥彼氏に……」
と、前髪パッツンの金髪。
「きっとあの人が私の運命の人」
「ちょっと、何でさ! 私でしょ!! 婚期的に!!」
「ええ、テトラさんもう二十七歳でしょ。彼は若かったですよ?」
何だこいつら。
「あの男は、ロイドだ」
「ええ、お名前は聞きましたわ。まさか、彼と同じ名の勇者様がもう一人いるなんて!」
なんだコイツら。ロイドが2人いると思っているのか。
「あいつはお前たちの仲間のロイド・バリリスナントカだぞ。もう戦ってないぞ。見ろ」
街の壁が見えてきた。
「うそでしょ……」
「……まさか、さっきから静かなのは……」
「ロイド? さっきのロイド様がバリリス侯?」
「あっはっは、ロイド君は十二歳だよね?」
「皆さん、攻撃を受けた娘なんですけど見て下さい」
と、若い娘。
「「「傷が、無い。あああああああ!!!」」」
「うわぁぁ!! 何だよ? 危ないだろ!!」
何だホント、さっきまで顔を紅潮させて興奮してたのに今度は真っ青だ。忙しいな。
「私の運命の人がぁ……ああ、お腹痛い。なぜ私は治してくれなかったのですかロイド卿……」
「第三婦人は無理ですよね……ハァ」
「ロイド君、でかくなってたね!! イケメンになってたね!! いやぁ、お姉さんのこともらってくれないかなぁ!! ハハ、ハハハ……ムリだよね」
◇
「ピ、ピアース!! 生きてる!!?」
「フフ、ええ、なんとか……」
まさか、ここでこれほどまでの戦闘になるなんて。
「魔獣の大規模行動。危なかったですね。でもオリヴィア、見たかしら?」
「あなたも見た?」
街に押し寄せた魔獣を冒険者、駐屯騎士、そして私たち王宮騎士の総力で立ち向かった。戦略的な行動をするキリングエイプが戦いを長期化させた。でも、戦局が劣勢になった時、魔獣の軍団に変化が起きた。
騎獣していたキリングエイプや、討伐難易度が高い魔獣から次々と首が落ちていった。それにより一気に攻勢に出た私たちは、雑魚だけの烏合の衆を討伐し、勝利したのだ。
「キリングエイプの首を落としていたのは、長剣を持った男だったわ。結構イイ男…‥‥ちょっと若いけど、おいしそうな―――」
「ちょっとやめてよ!! もう!! でも、本当に何者だったのかしら!?」
「さぁ? 助かったのだし。褒美を出せば名乗り出るでしょう?」
「でも、どうして今いないのよ!?」
「街の中かしら?」
初めて見る動きだった。あれはマイヤ(元)隊長に似ていたけど、もっと速く、もっと小刻みで、正確だった。
胸が高鳴る。
戦いの後の高揚感だけじゃない。
この国にあんな傑物がまだ居ただなんて。もし、彼に会ってお話ができたなら、今の私に足りないものを埋められるかなぁ?
「オリヴィア、あれ」
「え?」
その時、魔獣の死骸をかき分けながら馬車が走ってきた。ただ、馬がいない。
「ななな!! 何!?」
「あら、テトラたちじゃない?」
「おーーーーーい! みんな生きてるよ!!!」
姫とヴィオラの安全のため隊を二分した。
こちらも危なかったけど、どうやらみんなも彼に助けられたようね。よかった。
よし、みんなで姫様とヴィオラの所に行こう!!
いつもありがとうございます!