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7.紅燈隊第三席、帰還



 キリングエイプ―――猿の魔獣で知能が高く、草や木で自らを覆い、気配を消して森の中で獲物を静かに襲う。群れを成し、序列のある社会構造を持つ。


 その中の異質な個体がベルグリッドの森に一匹いた。


 それは他の個体より体が大きく、莫大な魔力を持ち、知性があった。


 その個体―――仮に【キングエイプ】と呼ぶ―――は人や魔獣と戦い、生き残る度に強くなり、学習した。そして自らが得た知識、武器の使い方を群れの仲間に教えた。だが、成長し巨大な力を得ても街は襲わなかった。それは動物的本能が危険を嗅ぎ取っていたからだ。しかし、ここ数カ月でそれも変わった。


(危険な者の匂いが薄くなった……!)


 好機と見るや魔獣を追い立て、街を襲わせるように仕向けた。人がどう対処するか確認するためだ。冬を前に大きな獲物が手に入る。期待は大きい。キングエイプはさらに群れの規模を拡大した。


 ところが、街の壁が強化され、街道は整備された。その間襲い続けたが、全て返り討ちにされてしまった。


(前より危険なにおい……)


 キングエイプはロイドやタンクという強者の不在を直感で確信していた。だがより厄介な者がいると気づいた。


 ノワールだ。

 

 街道の整備中、護衛の騎士たちは黒い鎧姿に変わり、群れで襲っても一人として傷つけることができなくなっていた。




 そして現在。

 焦ったキングエイプは、勝負に打って出た。ノワールが居ない宿場街を狙い、怪しい光魔法の高台を破壊し、まず少数で襲わせ様子を見た。

 

 手練れがいてその第一波は即、(ほふ)られた。紅燈隊だ。


 しかし、それによって油断したのか、紅燈隊は馬車で街を出た。絶好の機会だ。そこで、キングエイプは従えた全ての群れを投入した。もちろん馬車も襲った。支援が無ければ消耗戦で優位なのは数で勝る方だ。紅燈隊は隊を二つの班に分けた。街に戻る班と、殿を務める班だ。


 それは人が初めて魔獣に戦略で追い込まれた瞬間だった。


 キングエイプは勝ちを確信した。だが、殿の手練れは粘った。その誤算が、全ての計算を狂わせた。





 長引いた戦局、そこに猛スピードで迫る一つの馬車。


(戻って来た?)


 戦況を把握するため、辺りを一望できる高台にいたキングエイプは、その馬車に強い恐怖を感じた。その気配には覚えがあった。すぐ、ロイドのものだと気づいた。


(早く殺さねば……)


 まだ、奥の手はある。この日の為に多くの犠牲を裂いて捕らえて調教した魔獣がいる。それをここで使うと決めた。



 その時、ロイドの方から視線を感じた。闇夜、人が遠く離れたこの場所まで見えるはずが無い。


 だが、視線と共に送られてきた殺気がその考えを否定する。




 まばゆい閃光がロイドから発せられた。


[ドサ、ドサ……]


 周りの者が倒れていく。騎乗している四足魔獣もバタバタ死んでいく。

 背後にいた巨大な魔獣も死んだ。その胸には穴が開いていた。そして煙が上がり焦げ臭い。 ふと、キングエイプは自らの胸に手を当てた。

 


 妙に焦げ臭い。



 すでに心臓と体内の魔石を撃ち抜かれていた。


(……化物……)


 他のキリングエイプと同じく一切の関心も注意も引けず、何をされたのかも分からず死ぬ。生まれて初めて他の個体と同じ扱いを受け、自らがただの獣に過ぎなかったことを自覚した。




 魔獣に囲まれた紅燈隊はテトラ、メイジ―、ナタリアの騎士三名と従騎士六名だった。そこに姫の姿は無い。

 彼女たちは殿を務め、街の外に残った。その任は果たしたが大軍に囲まれ戻れなくなった。


「まさか、魔獣がここまで戦術的に戦うなんて!」


 第一陣 戦力を分析しながら敵を油断させる。

 第二陣 戦力を分断する。

 第三陣 殲滅。


 今、この第三陣による大量の魔獣によってテトラたちは街の壁に近づけなかった。


「あああ!! まだ、あんなに!」

「うぅ、誰か助けてぇ……」

「い、いやぁ!! 死にたくない!!」


 若い従騎士の娘の心が折れそうになる。辺り一面魔獣だらけ。彼女たちは完全に獲物だった。視界の悪い宵闇、戦力差、未知の経験。泣きながら必死に剣を振るう。


 しかし、生き残る術は限りなく無いに等しい。


「死なないよ!! 拠点を築いて防衛体制!! 時間を稼ぐよ!!」


 テトラが迫る魔獣をその巨大な盾で阻み、退けつつ、岩場に移動した。地の利を少しでも生かすため、岩場に登り、上から魔獣を撃退する。


「救援が来るまで耐えます! 気合を入れて下さい!!」


 普段、精神論を言わないメイジ―がそれを口にするのは追い込まれている証拠だった。しかし、追い込まれた彼女が頼りなく見えたわけでない。逆に、その剣は最小限で敵を突き殺すものへと洗練されていく。


「ハァァァ!!! 絶対に死にませんよ! 彼氏ができるまでは絶対にぃ!!!」


 ナタリアは天才的な槍をクルリ、クルリと駆使し、敵を払い、突き、切り裂き、広範囲を死守した。その集中力は普段のボーっとして怒られている姿からは想像のできないものだった。


(((((いつもそうしてればいいのに……))))))


 その勇姿に従騎士たちは見惚れた。

 そして、魔獣を退け続ける先輩たちに圧倒され、勇気づけられていった。


((((((この人たちとならイケるかもしれない!!)))))))


 そして、紅燈隊は踏ん張った。長時間その円陣隊形を維持し、崩されることはなかった。敵の魔獣は主にキリングエイプで、武装し剣や斧を振るってくる。それはただの魔獣の相手をするよりも厄介だったが、彼女たちは一対多数の戦闘訓練を繰り返し受けてきた。その防衛力は姫を護るために、何パターンもの戦局を想定し訓練して培われたもの。ワンパターンな猿の攻撃とは練度が違った。


 しかし、状況が彼女たちにとって好転したわけでは無かった。むしろ、長引くほど不利になっていく。気力を振り絞っても体力は回復しない。集中力にも限界がある。そして時折ほころんだところへ強い個体が攻めてくる。


「はぁ、はぁ……こいつらは誰かに指示されて動いている!」

「指揮官がいるってこと?」

「それで、さっきから的確に穴を……」


 徐々に迫る死に、上がっていた士気は尽きかけた。キリングエイプは仲間の死骸を足場にして岩場の上という地の利を潰してきた。これではただ囲まれているだけになる。


「う゛ッ……!」

「イザベラ―――あ゛ッぐぅ!!」


 まず、従騎士が力尽きた。すでに剣を握る力はなく攻撃をモロに食らう。

 それによって、完全に陣は保てなくなり、ただ魔獣に四方八方から襲われるだけとなった。恐怖が伝染し、一気に劣勢になる。


 その時、ついに決定的な攻撃が陣を襲った。


「あ゛うッ……っ」

「メイジーッ!!!!!!!」

「メ、メイジーさん……!!!」


(ここまでですか……姫様、申し訳ございません……)


 攻撃を受け流せずまともに食らい、剣を弾かれ、鎧が陥没した。メイジーは死を覚悟した。テトラは盾を捨て、鎚を振るい駆け寄ろうとする。ナタリアは身を守るだけで精いっぱいだ。 キリングエイプの一匹が倒れたメイジーの首に噛みつく。


「メイジー!! あきらめないで!! あきらめるなぁ!!!」



 テトラが必死に声を掛けるが、間に合わない。

 

 メイジーは眼を閉じ、首に触れる死を感じていた。




「……え?」


 しかし、それが優しく、メイジーの身体を抱え、思わず眼を開けた。


(だ、だれ?)

 

 長い茶髪の青年だった。見たことも無い青年が、自分を抱きかかえている。何が起きたのか分からず、メイジーは辺りを確認する。


 先ほどまで自分に噛みついて来ていた魔獣が他とともに首を斬られて死んでいた。そして、死んだと思っていた従騎士たちが並んで寝ていた。無事なようだ。そこにその青年はメイジー降ろすと、ナタリア、テトラの方へ向かった。


「え!? なに!?」


 黒い影のようなものが魔獣の群れの中を縫うように動いている。


 通った後、魔獣の首が宙に弾け飛ぶ。

 

 テトラは初めそれが人だと気が付かなかった。


「うわわ!! 誰だい君!!」


 その男は見たことも無い格好をしていた。暗黒を思わせる毛皮を纏い、長い片刃の剣でスルスルと魔獣の首を堕としていき、あっという間に周囲の魔獣を殲滅した。それを見て、戦っていた紅燈隊の面々はその場にへたり込んだ。改めて、その男の姿を見る。

 

((((―――か、かっこいい―――))))


 高揚感が胸を高鳴らせた。物語に出てくる英雄の如く、颯爽と現れ、敵を薙ぎ払い、自分たちを絶体絶命のピンチから救ってくれた男。


 思わず、彼女たちは居住まいを正した。


「あの……! あなたは一体……」

「全員か?」

 

 息を切らしてもいない。

 そのまだ幼い声に、痺れた。


「は、はい……!!」


 テトラが答えた。


「姫は中か」

「は、はい?」

 

 すると、それだけで納得した様子で街の方へと歩み始めた。




 魔獣の群れの中、奮戦する懐かしき我が紅燈隊を見つけた。 



 『思考強化』

 『完全魔装』

 『魔の手』

 『魔力視』

 『風圧』

 

 これを併用し、戦うのは久しぶりだ。だが、ここを最速で抜けなければならない。おれは目の前に立ちはだかる魔獣の壁を抜け、円陣隊形を組む紅燈隊に接近した。


 そして、即理解した。彼女たちがすでに役目を全うしたということを。姫はいない。


 円陣が崩され、何名か重傷、メイジーもやられた。まず、あちらだな。魔獣を斬り抜け、紅燈隊を救出した。


「うわわ!! 誰だい君!!」


 おれを見たテトラが誰何する。


 まだ、大量の魔獣がいる。

 それらを蹴散らした。


「あの、あなたは一体?」


 ナタリアが聞いてきた。説明している暇はない。


「全員か?」

「は、はい……」


 メンバーはテトラ、ナタリア、メイジーと従騎士が六名。分隊での構成だ。


(姫は街の中。籠城戦だな)


 街道の道筋が変わり気づかなかったが、ここはすでにベルグリッドと王都の中間にある宿場街と目と鼻の先だ。街からは戦闘の音が聞こえる。魔獣はまだ大量に溢れ、街に押し寄せ、群がっている。


「姫は中か」

「は、はい?」

「あ、あの、あっちは―――」


 街が危険だ、魔獣が押し寄せている、あなたは誰? 協力して欲しいなど、それぞれ話しかけてくる。だが、状況はわかっている。『思考強化』中は会話が煩わしい。事は一刻を争う。彼女らの周りにいる魔獣は一掃した。もう大丈夫だろう。ノワールさんもいるので説明はしてくれるはず。

 次は街にいる奴らの方だ。


 一応、去り際にあいさつだけした。


「……ただいま。おれはロイドだ」


 彼女たちはポカンとした顔でおれの顔見た。

 苦楽を共にした仲間だというのに、少し残念だ。同名の別人を見た反応だ。取り繕っている暇は無い。彼女たちを置いて、街道を駆ける。


 街の前で戦う魔獣で強そうなやつだけ先に片付け、街に入り込もうとする魔獣を一匹残らず殲滅して、壁を乗り越え、街に入った。そして、駆ける。


 戦況、退路、壁内のもろもろの情報から、おれはいくつかの建物に注目した。その内の一つに入った。


 


 そこで『思考強化』の効力が切れた。


 だが、問題ない。


「ッ!! 誰ですか!! 姫様下がってください!!」

「窓から……ここは4階なのに!! だ、駄目よ、ヴィオラ!! だ、誰か!!」


 街長の屋敷の四回の一室。


 そこに、システィーナ姫とヴィオラがいた。生きている。


 二人とも無事だ。





「やっとだ。やっと、会えた……!!」


 



 こみ上げる様々な感情。

 四年ぶりに見た二人の無事な姿。

 懐かしい声。

  

 手足から力が抜け、上手く歩けない。それでも一歩ずつ確かめるように、この現実が消えてしまわないように歩み寄った。


 暗い室内、ヴィオラと眼が合った。

 警戒した表情は徐々に緩んでいく。


「おれを呼んでくれ、ヴィオラ」


 驚き、涙を流しながらその表情は、四年も夢見た眩しい笑顔に変わった。


「……うぅ、お゛、お゛かえりなざいませ゛、坊ちゃま゛っ!!!」


 駆け寄ってきたヴィオラを抱きしめる。

 

「……ロイドちゃん?」


 初め事態を飲み込めていない様子でいた姫はおれの顔を見て、やはり、表情が変わった。涙が頬を伝い、手を広げ、震えながらゆっくりと歩み寄る。


「ただいま戻りました、姫様」


 おれは腕を広げ、姫を迎え、抱きしめた。


「おかえりなさい……私の騎士様……」


 二人を抱き抱えている。

 二人はその声も、姿も前と変わらない。

 おれとの歩んだ時の流れは違う。


 でも、変わり果てたおれを二人はロイドとして迎えてくれた。


 とても温かい。

 

 




 部屋に騒ぎを聞きつけた者が駆け込んでくる。しかし、泣きじゃくる二人のお姫様は状況を説明できない。


 そこに街から歓声が聞こえてくる。

 

 だが、それを気にも留めず泣きながら抱き合った。

 なぜなら、おれも泣きじゃくり何も説明などできなかったからだ。

 

 


 ここに、おれの四年に及ぶ長き旅は終わりの時を迎えた。

 



ようやく再会できました!!


まだまだ続きます。


最新話末尾に評価フォームがあります。まだという方はぜひお願いします!!

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